短編   風の舞

□風の舞 ・芹・寒・蕗
1ページ/1ページ

クラピカの部屋にお邪魔している。
無駄のない・・と言うか、生活感が無い。防音仕様の窓のない部屋。壁は穴の空いたパネルが貼られ、さらに用心のためになのか?一面の壁を天井まで本が積み上げられている。おそらくレオリオの持ち物だろう〜。

 クラピカって、ベッドで寝ないんだ・・。一人がけのソファとオットマン。小さなサイドテーブルがあるだけだった。その横に、見たことのある黒い革張りの手帳と、ペン。デジタルとアナログの両方を表示した長方形の時計。部屋の照明は天井にシーリングライト、ピアノの上に自由に向きを変えられる、マイクスタンド型のライトがひとつ。
 
 床はもともと靴のまま上がる部屋らしく、打ちっぱなしのコンクリートに、古い合版プリントのクッションフロアだったみたいだ。レオリオがレンタルしたというピアノは、ミュージシャンが小さなステージなどで使う、一番コンパクトな、でも形がグランドの電子ピアノだった。それでも、入口がひとつしかないこの部屋に分解して運び入れ組み立て、重量に耐えるような床に部分的に補強板を敷いてあるんだから、レオリオとしては、かなり頑張ったんだと思った。
 白黒の鍵盤の上を、クラピカの10本の指が100本あるみたい。左右の手が追いかけっこをしている。指先から手首、腕、肩へと視線でたどる。金糸が肩から顎のラインをくすぐる。前後に身体を揺らす動きに合わせて。ページをめくる時だけ片手での演奏になる。でも音は絶妙に途切れない。たまに指先を確かめるように下を向くだけで、ほぼスコアを見ている。渡したのはブラスのフルスコア。それを今、クラピカは頭の中でピアノ曲に書き直して音に起こしているのだ。凄いと思う。
 メインの主題から展開、そこへ全く別の色の主題が割り込んでくる。このページから次へ進めないのは、練習していたブラスのメンバーも同じだった。自分が旋律だと胸を張って吹いていた楽器にいきなり覆いかぶさるように我こそは旋律だ!と、別の楽器が吹き始めてしまい、全体のボリュームが膨張してしまう。どこで譲り合うのか?解釈に苦労している最中だった。当然、時間は正確に過ぎて行き、もう、演奏会前!というありさまなのだ。この曲は投げて、無難に演奏会を乗り切ろうか?という話しも出た。センリツさんに相談したら、クラピカという名前が上がったという訳。自分も、クラピカが居たらなぁ〜と思っていた。それで、抜け出して誘う為に飛んできた。

 って、クラピカに話をしたいんだけど〜。キットもう、言わなくても分かってくれたよね?

 どうやら次のページに進みそうだ。おれは右に立って楽譜を追う。すると、クラピカの目が(左に立て)と言ったので、後ろを通ろうとした。けれど、なんとなく、やめて、ピアノの弦をぐるっと回って歩いた。小さめのグランドだし、何歩も変わらないからいいや。でも、見てしまった。

 クラピカの背中に、優しい光の羽が生えているのを。

 ビックリした。でも、声を出しちゃいけないし、それをクラピカは知らないみたいだったから黙っておこうって、何故だろう?一瞬で、そう決めたんだ。

♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦

  カツン

 爪が鍵盤を弾いた。

 音が

 止まった。 











「チュワ、今、いいか?いや、電話じゃダメだ。
アレ、まだあるか?
使ってないんだな?
じゃ、それを持って来い。必ず。
場所?ああ。30分後だ。
大丈夫。
アイツはピアノを弾きだしたら気の済むまで終わらねぇ」

 鍵はクラピカも持っている。
いつものようにガラステーブルに洗った灰皿を伏せて置く。
買い置きの新しいタバコを置いて出ればすぐ、持って出れば泊まりの合図だ。
これは元々ディーの習慣。
それをそっくり真似ているだけのことだ。
クラピカが混乱した時、「ほら、それはオレだ」と嘘をつく為の。









 話がうますぎないか?

 私がレオリオと同居しているのを知っているのは限られた人だけのはずだ。なのに、突然、キルアが現れる。そして、ゴン。まさかヒソカまで揃うとは。何らかの話のやりとりの直後、敵対していたと思われたキルアがヒソカを誘い外へ出た。ゴンは計画的に行動するタイプではないから、策のメンバーではないはずだ。いや、そう、私が油断すると思って?だが、演奏会の予定も本当だし、実際、この曲は難しい。不思議だ。初見にしては、次のフレーズの予測が出来た。まるで弾いたことのある曲のようだ。作者の作風か?
 リビングにはレオリオひとり。

 まずい


「ゴン。これは私が引き受けよう〜」

「ホント!?ありが」

「ひとつ、頼みがある」 ゴンの目を凝視し短く簡潔に伝える。

「レオリオを止めてくれ!」







「ゴン、お茶を一口飲んでいけ」

「わぁ、なんか意外だね。クラピカ。古い習わしも知っているんだあ」

「習わし?」

「うん。ものすごーく急いでいる時ね?お茶も飲まずに出ると、バタバタ気が焦って喉は渇くしロクなことが無いって。それよりも、ゴックンってお茶を一口飲む余裕っていうのかな?それでちょっと落ち着いてやっていけそうでしょ?昔はホントに次にどこで水分補給なんかできるかわかんなかったってのもアリだよね?くじら島では、おばあちゃんがね、それでも急ぐ時は、ミントの葉っぱを一枚、喰んで行けって。わあ、キッチンにミントの鉢植えもちゃんとあるんだね?レオリオも知っているんだ〜」

 お喋りしていると、緑茶がマグカップに少しだけ注がれて出てきた。あっそうか!

「あの、日本語と武道の先生に習ったの?あ、いただきますっ
じゃぁ、行くねっクラピカまで動くと、わけわかんなくなっちゃうから、此処に居てね!」











 バタン

 勢いよくドアが閉じられ私は独りになった。

(古い習わし、ミントの鉢植え・・ニホンゴとブドウの先生
、お茶・・)

 頭の中に暗雲がたちこめた。急須に残った茶を普段遣いのマグに注ぎ、キッチンに立ったまま飲み干した。茶葉の香りが鼻に抜ける。途端、ビリリと両腕に通電した。


『行儀が悪いぞ。湯呑に注いで左手を添えろ』 頭の中から声がする。

    パリン

    盛大にマグを割ってしまった。

拾おうとするが、金縛りに遭ったみたいに動けない。不思議と恐ろしいという気はしなかった。

『お前が怪我をすれば、皆が悲しむ。特に指先には気をつけろや、ピカ』

「ピカ・・・?」

頭の中で、いや、眼球のすぐ後ろから暗記の為のフラッシュカードが高速でめくられているような感覚に襲われる。
 髪を切れ、ビスケが上手いぞ、俺とビスケを入れ替えろ!
おねだりとは珍しい、身に付けるモノだ、すぐ傍にいる、いつでも、ナカッタコトニ、ホットの緑茶、ほかの誰にも見せるな、お前、もしかしてウサギか、名乗らぬとしても、呼び名ぐらいあったほうが便利だろう?キラキラかピカピカか選べ、暗証番号を覚えているか、お前、そんな格好で寝るのか、密室は嫌いか、ドアは開けておこう、どれぐらい好きか5分じゃ足りない、なんて顔しやがる、そう、闇に溶ける、イナイモノニ成るそれが絶、バリアを張る、そう、それが円、見えなくする、これが隠、受身のときは接する面を硬にそれ以外を柔にするんだオーラの移動、そう、それでいい、桜の枝に着けておこう、いつかまた隠れ家で暮らせる日が来るといいな、

「ああ・・・っ!ああっ!!」

 膝を折りかがみ込むことも許されず、ただ、しっかりと背中から抱き抱えられる。知っている。知っているんだ。私は、この感覚を。そのおおよそのフォルムも。

 ただ、顔が名前が思い出せない。

 私をピカと呼ぶ、ただひとりの男を。






 



 えっと、何から申し上げましょう?まず名前でしょうか?

 お久しぶりです。私、シロでございます。次に場所ですが、わかり易く文字に起こせと宿主に言われました。どうしましょう〜。簡単に言えば、こちら側の川の土手です。

 踏み入れたことのない新しい街で、ビル街から一本間違って道を曲がったら、川に出てしまった。まぁそんな場所です。正確には、その対岸なのですが。
 皆さん。闇雲に出かけたりしませんよね?では、こんな例えでは如何でしょう?お出かけ前に、身だしなみを整えますでしょ?鏡を見て、綺麗を目指して頑張りますでしょ^^その、鏡の裏側でございます。ほら、結構近いでしょ?

 さて、うちの子、ああ、グレと呼ばれております。本当は素直で良い子ですのよ。ただ、用心深くて、面倒くさがりです。聞こえていてもお返事なんてしませんし、ほとんど喜怒哀楽というものを表に出しません。宿主に、そのように鍛えられました。今は、宿主の大切なヒトを表に還す際に形代としてオトモをしております。
 そのグレが、大騒ぎしたのです。宿主の驚きといったら、凄いことでした。咄嗟に、私に愛用のライターを押し付けて
「失くすなよ!身につけておけ!」 です。

 それから文字通り、留守番です。何処にいても、たいして変わらないとは思いながら、この川の土手に佇んでおります。時間の感覚はありません。絵的な景色で言いますと、夕焼けが川面に映って哀しいぐらいに綺麗です。

 ジョーカー(ババ)は外出中です。

 
 シロでした。


-----つづく-----



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ