短編   風の舞

□風の舞 ・ 花 終章
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ほぼ、等価交換。それがクラピカの入れ替えや移動の条件だ。それには、動かそうとする向こう側の物体の成り、形を知っておく必要がある。つまりは、見たことあるものしか動かせない。これが最大の欠点。過去に、俺は、このことを知らずに大きなミスをしてしまった。

「俺とビスケを入れ替えろ!」

あの時、クラピカは、ビスケと俺の両方を頭に描いた。そして、俺を飛ばす力を7、小さなビスケを呼び寄せるのに使う力を3としたのだ。ところが、ビスケは実際、大きな女だった。ジョーカーの前で、小さな振りをしていたビスケだったが、まさか、サイコキネシスを自分に掛けられるとは心の準備が出来ていなかったのだろう〜咄嗟に、大きく(元に)戻ったのである。
 読みが甘かったと後悔した時には【無かったことに】を発動した後だった。
 

 相当な体力を消耗したことを、隠れ家の桜の木に知らされる。できる限りの事を頼むと、桜は一晩で花びらを全て手放してオーラをピカに注いでくれたのだった。あの桜はもう咲くことは無いだろう〜。

 ピカは今、俺の顔や名前がどうこうよりも、茶封筒の中身の名無しの薬を向こう側へ葬ることに集中している。さて、具体的にそれは何処なのか?距離は?

 そこで、俺はシロに預けたライターを思い描く。シロは多分、勘が良いから、なるだけこちら側に近い場所、例えば河原とかに来ているだろう〜。あれは、グレと違い、歯向かったり逆らったりしない。今、意味が分からずとも、そうした方がベターなんだということを経験で知っているのだ。
 
 俺の愛用のジッポーをピカは何度も見ている。煙を嫌がるピカの前で記憶の刷り込みの為に、繰り返し吸ってやった。灰皿の合図も。予備のタバコを持って出れば泊まり、置いて出ればすぐ帰る。さて、これだけ集中していれば、少しのキッカケさえあればそろそろ発動出来るはずだ。


 俺は、レオリオの予備のタバコをガラステーブルから落とした。









 パサリ

 それは、完璧に意志を持って落とされた。

私に連想しろと言っている。タバコとくれば、ライターだろうか。より具体的なフォルム、手のひらに馴染む質感、落ち着く重さが次々に浮かぶ。難問を前にピッタリと当てはまる公式を見つけた瞬間の霧が晴れるような感覚。やがて出来る自信に繋がった。

 私は、より具体的に、連想のキーワードを枝分かれ細分化するために、封筒からアルミパックの薬を取り出した。それをダイニングからガラステーブルへ置き直す。そこに居る、何者かに、応えた。

 よくできました、とでも言いたげな、柔らかな風がうなじを抜ける。それは舞うように、私の頬を優しく包む。本当の名は最初から知らなかった。ビスケは、たしか、黒ちゃんと呼んでいたし、他の先生は、名など呼ばずにセンセイで。ただひとり、ウイング先生だけが、貴方と呼んでいた。

 しばらく能力を使えないでいた。ありったけの力で、この薬を葬る。それでレオリオやその友達の名誉と安全が守られるというのであれば。私の能力など無くなってもいいと思う。

 足元から熱が上がってきた。ゆっくりと右手を伸ばし、ガラステーブルの薬を指差した。


 パン!!






 







 成功だ。

 ガラステーブルの上に、ジッポーが絶妙なバランスで立っている。勿論、憑いて来たハズの奴を呼んでみる。『シロ、返事は?』

『はい。お陰さまで、此処に』

『グレのところへ行ってやれ』

『ありがとうございます』

承知しましたと応えるところだろうが、まあいいか。さて、これで本当に水入らずだ。

 ピカが、ガラステーブルに寄ってきた。その間にも頭の中から連想が止まらないでいる。ピッタリとシンクロしている今、姿表しするには、今を置いて他に無い。

 ジッポーを持つ指を想像している。そうだ。こんな指だ。それから手首、腕、さすがに服を着ている姿にしてくれよ。ああ、良かった。たくしあげたシャツを連想したな。よしよし。
着ていた服はどうせ、そうだ黒だ。ちょっとはお洒落に決めさせてくれよ。久しぶりの生身の姿だ。肩、首筋、お前の思い出の中の俺はそんなに大きな男なのか?そこは違うと素直に修正してやろう。おそらくレオリオとの暮らしで、レオリオのサイズが標準とでも思ったか?ああ。足も、それほど長くなくて悪かったな。おいおい、靴ぐらい履かせてくれよ。まぁ、日本式の靴を脱ぐ暮らしを覚えているということか。足の指の形まで克明に覚えているのだな。そうだ。第二指が親指よりも長い。小指は申し訳程度に、しかも横向きに生えているわ〜お前、そんなところは・・・まあ、いいだろう。用があるときは大きく出来る。
 ピカが最後まで悩んでいたので、顔は俺がほとんど自分で構築してやった。まだだ。白人のような肌の色では無かったはずだろ?ピカ・・・。怖がるな。
『禁止されているということは、それが答えだ。やってみろ』



 









 やったことが無い。これほど不確かで怖い事は無い。だが、裏返す。それが答えかも知れないなら!

 落ち着いて、よどみなくワンフレーズで言い切る、だったな。

『月夜に青い薔薇が咲き、鏡の中の針が重なるとき、飛べない魚が走り出す』

 繰り返してやる。

『月夜に青い薔薇が咲き、鏡の中の針が重なるとき、飛べない魚が走り出す』

 どうだ!?

『月夜に青い薔薇が咲き、鏡の中の針が重なるとき、飛べない魚が走り出す』


 そして、その時、ババに聞いた12本の薔薇の言葉を思い出した。
 感謝
 誠実
 幸福
 信頼
 希望
 愛情
 情熱
 真実
 尊敬
 栄光
 努力
 永遠



 青い薔薇は、その中には無い。だが、唱えなければならないでいる。青い薔薇、英語で直訳すれば「ありえない」だ。そんな馬鹿なというようなニュアンスでもある。だが、だこらこそ
その花言葉は・・・

「奇跡!」









 目の前の白い人に血が通っていくのがわかる。浮遊していた心が、そのヒトガタに収まっていく。立たされていた姿から、自分の意思で立っている姿に成る。部屋のあかりに照らされていても出来なかった影が生まれる。触れたら、消えてしまうのだろうか?だとしたら、どうすればいい?いや、私はどうしたいのだ?
 思うままに。


 唇に、キスをしてみた。



 思ったよりも冷たい唇に戸惑う。が、消えたりはしなかった。ゆっくりと、閉じられている瞼が開く。漆黒の瞳に私が映っている。心を込め、アルファベットの4番目の発音をする前に、今度は向こうから塞がれた。








-----------  完  ------------






【あとがき】

   きっかけはヒソ誕で書いた風の舞でした。
 いろんなことがありました。とても楽しく書かせて戴きました。ありがとうございます。 
 その後、ゴンが頼ってきたブラスの予餞会は無事に出来たのか?短編集 月の詩にブルームーンとして記しました。よろしかったらそちらもどうぞ。    
                 二色 恋

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