season 3 四季の国 

□序章 春〜桜の頃
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 「ふん〜うん〜ふんふんふん、ほっほ〜」

 やけにご機嫌なバショウの鼻歌は、やがてハミングになり、そして、ほっほ〜になった。


 「ご機嫌ね?どうしたのかしら?」

 午後のお茶には少し早かったが、この調子では到底、仕事どころではなさそうだ。若干、鎮静作用のあるカモミールをブレンドした。どうせ説明しても分からない。覚えようともしないでしょうね?ボスとちがって。

 「センリツ〜。やっと、俺様の力を認めてもらえそうだ。やぁ〜今年の運勢は大吉だったんだ。正月にひいた、神籤のことなんか、4月にもなると忘れるもんさ。だが、俺様は忘れてねぇ。何でも、物事はプラスに考えんとな!ほっほぅ〜」

 少々手荒にカップを受け取ると、バショウにもやはり熱かった様子。だが、今のバショウはカップよりもさらに熱いオーラがみなぎっている。一瞬、眉をひそめたが、すぐに熱さも構わず口をつけた。これがボスならば、息を吹きかけなくても良い程に、冷めるまで、香りを楽しみながら茶葉のブレンドを聞き、それに対してのウンチクを語るところだ。

 「ふう〜ふう〜っ。いや、思ったより熱かったな。ってか、罰ゲームだろ?熱湯って」

 「あら、いつも通りよ」

 「それゃどうも」 そりゃ、が、それゃ、になっている。どうやら舌をやけどしたらしい・・。

 「ボスは、何て?」

 ニヤリ。広角が上がる。眉がピクンと跳ね上がる。話をしたくてたまらない、まるでギャングエイジの男の子だ。
 無理やり飲み干すと、プハッと盛大に熱い息を吐いた。


 「『お前を頼りにしている』だと!嬉しいじゃねえか!あの黄色い影法師じゃなくって、俺様だぜ?」

 「黄色い影法師だなんて、本人の耳に入ったら、半殺しよ?」

 「わはは!ちげぇねぇ!」


 ピン♪ 


 ジッポーの蓋を弾きながら、喫煙室へと軽やかな足取りでバショウが出て行った。








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 『明後日午前9:47分。セントラル経由の上り特急列車が到着する。停車時間は約1分間。その間に受け渡しを行う。最後尾の車両のデッキで待つ』
 
 『必ず』    短く返信。

 4月4日、9:47、最後尾 必要な言葉を頭に入れ、メールの送信も受信記録も消した。読み返す必要は無いし、もしも落としたり盗まれたりした時の用心だ。


 駅名を言わずとも、到着時刻でわかるとの判断だ。朝の通勤時間を1本外したのは有り難い。さらに、デッキで待つのはおそらくピカのダミーだ。本体は近くの車両に居て、シートから動くまい。本体から10m以内であれば、微細な遠隔操作も可能。喋りこそしないが、唇を動かしたり瞬きまでしやがる。目にかかる前髪を耳にかける仕草は、俺でもホンモノと見間違う。この前の仕事で、それをやらかしてしまったのだ。怒ったピカは、文字通り氷の一瞥で、この俺に向かって小さく絞り出すように一言。

「そうか、貴様、ダミーでいいのか」

 これにはさすがに堪えた。

 仕事が続くなど、依頼の中から、こちらから選んでやる辞めるを決めているのだから、ありえない話だが、センリツによれば、「すぐに次の仕事にかかれ」とのことだ。やれやれ、ピカは、相当怒っているってことになる。まあ、既に俺とピカが別行動をとっているってだけでも、俺のフラストレーションは限界に近いが。

「呼べないような状況に成らなければいいだけだろう?」
 
 四六時中、傍に居る必要は無いのでは?という表向き耳に響く言葉。その裏の「窮屈だ」の方が聞こえてしまう。ピカは限定の念に掛かってやるから、普段は自由にさせてくれと、当然の権利を主張してきたに過ぎない。

 依頼者とは、山間の街リノで落ち合う。俺の役割は、遠巻きにピカを護衛、ピカは基本、単独で行動する。つかず離れずの脇にはバショウを配置。センリツはオフィスに居て、中継、掌握をする。たまにピカに呼ばれて現場にも赴く。いつものパターンのはずだった・・・。


 9:46 遅れもなく定刻に到着を知らせるホームのベルが鳴る。
 
 9:47 最後尾の車両が停止し窓の小さなドアがスライドした。

 デッキには人影は無かった。



    やられた!ピカ?



 思わず飛び乗り、あたりを確認する。




 手すりに血痕。 床にはキラリと紫のイヤーカーフが落ちていた。拾おうと、屈む。フロアが茶色でわかりにくかったが、金糸がそこかしこに散らばっている。ナイフだ。

 推測。

 デッキに出たところで、待ち伏せに遭った?
この血がピカのものだとするならば、鼻先かすめてナイフを振り回しやがったか。ピカが応戦できなかった理由は何だ?すんでのところでかわすも、髪は切られたってことだ。もみ合って耳飾りが落ちたのか、ピカが俺へのメッセージとしてわざと落としたか。

 賊は? ・まだこれに乗っている。・前の駅で降りた。


 センリツに計画変更の 「7」 を送信した。





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 推測。

 ダミーではなく、本体がデッキに来る必要があった。何故だ?ピカ・・。何があった?俺に何を伝えようとしている?

 何通りもの仮説を立てる。どうしても思考は悪い方へ悪い方へと進んでいく。ダメだ。逆を考える。俺が賊ならどうする?手前の駅で降りたと見せかけ、実はこのまま乗車している?ピカが手負いだとすれば、駅の構内といえども人目がある。単独の場合は、このまま意外と近くの席に潜んでいるかもしれない。
 複数犯ならどうだ?その場合は、降りるだろう。そのためには待機する駅を事前に仲間に知らせる必要がある。

 待てよ。たしか、ピカのダミーは2時間保つ。だったら、今から車内を調べ、ダミーを探せばいい。幸いこの車両は最後尾だ。進行方向へ向かって通路を歩いてみよう。





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 7両編成のこの列車は中核都市セントラルでほとんどの乗客を降ろす。そこから先は乗客の層も服装、所持品も一変する。山岳地帯に入る前のニノア駅で一旦、引き込み線に入る。そこで西から来た機関車と2両の客車の車両と連結する。客車の両端に機関車を接続し、例えるならば両方が頭のミミズのような感じになる。山の周囲をぐるぐると回りながら登るのではなく、斜面をジグザグに振り子のようにスイッチバックしながら登るのだ。進行方向が何度も代わり酔いやすい。当然、時間を食う。ここでは、普通列車以下の速度だ。
 問題は、ニノアで車両の点検作業と、乗客の確認も兼ねて15分〜20分間の停車時間があることだ。レーデル駅から飛び乗った俺は言わば無賃乗車だ。
 ニノア以前、できればセントラル手前でダミーを見つけ次第、下車すべきだと結論づける。まて、ニノアでは、車両のドアが開放されなかったか?この季節、桜の時期と紅葉の時期だけに運行される臨時列車だ。先週TVで紹介されたばかりだ。ワゴンの土産物売りが並び、田舎の朝市のような画が浮かぶ。どうりでセントラルからの乗車客が多い。
 発車ギリギリまで外へ出て、また飛び乗るか・・。その場合、見つけたダミーが今度はえらい荷物になる。いっそマネキン人形のように
無機質ならいいが、蝋人形ばりの精巧さだ。最悪は、タイムリミットが人前で起こった場合だ。霧散していくピカ人形を人前に晒す訳にはいかない。

 うだうだと頭の中で考えながら、4両目にさしかかる。






      居た。





    え? 今、呼ばれたような気がした。



『 呼べないような状況に成らなければいいだけだろう? 』 あの言葉がよみがえる。



 
 チクリと胸が痛んだ。





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 カップを下げ、洗い終わると同時だった。

 「7」

 シャドウからのメールだ。



 (何かしら?)



 「バショウ?ちょっと見て欲しいの」

 「何だ?」

 「クラピカは?」

 「たしか私用でセントラル方面に向かう筈だが?護衛を付けるまでも無ぇ〜って、それで俺は待機だが?」

 「確認を取って。でも、移動中なら電源を切っているかもしれないわ。時間を置いて何度かお願い」

 「了解」

 

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 セントラル方面と聞けば、バショウならすんなり、セントラルという街が頭に浮かぶのだろう〜。でも、わざわざ方面と言ったのなら、その先へ用があって出向くと聞くほうが正しいのかも。
 線路は続いているが、そこから先は州の管轄になる。いわゆる赤字路線だ。たしか、毎年、廃線の候補に挙がっているが、住民の足を取り上げるのか?と、地元の・・なんて言ったかしら?覚えにくい名前の議員が中心になって抗議し、今は春と秋の季節列車として定着してきたところだ。
 数に限りがある限定とか聞くと、そのレア感から、客は興味をそそられる。最近はTVの特番でも放送されたばかりだ。
 クラピカが、烏合の衆の中にわざわざ紛れてまで出向く理由が、もうひとつわからないわ。

 何かあれば、連絡をよこすだろうから、待つしかないのだろうか?子どもの帰りを待つお母さんのような気分に浸り、センリツは、小さくフッと笑った。

 「考えすぎかしら?私も過保護が伝染ったのよ、影法師さんの」







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