season 3 四季の国 

□ひとひら
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 車内の案内放送など、最近は聞いたこともない。さすがに季節の臨時列車だ。細やかに次の停車駅、目的地がどこならそこで下車を促す。さらに次のニノアでは、車両点検と連結の為に15分〜20分の停車があることを予告する。さらにその間、車両のドアはホーム側が全開になる。乗客はホームに自由に降り、郷土の物産を満載したワゴンを見て回るようにとの念の入れようだ。

 レトロなチャイムで放送が終了すると、ピカのダミーの通路を挟んで斜向かいに腰掛けていた大ぶりな婦人が、よいしょの掛け声とともに大きな腰を上げ立ち上がった。どうやらダミーの隣、座席の足元にまるでピカを窓側に閉じ込めるように置いてあるのは、自分の荷物のようだった。ゆっくりと四角いケースに近づき、つま先でキャスターのロックをガツンと解除する音が鳴る。スルリと取っ手を引き上げゴロゴロと通路に引っ張り出した。

 去り際、婦人がダミーに、舐めるような視線を送った。勿論、ダミーは1ミリも動かない。
車両の前後、どちらのデッキに出るか、同じぐらいの距離だ。婦人はキャスター付きのケースを自分の前に引き寄せてしまったため、自分が前の俺側のデッキを目指して肩を揺らしながら進んでくる。道をあける意味で、俺は一旦デッキに戻るか、空席に腰掛けることになる。他の乗客と出来るだけ接触はしたくない。窓越しにカーブした進行方向〜その先にトンネルが見えた。
 婦人が荷物に振り返りながら、身体全体をみぎひだり揺らしつつ一歩一歩進み出る。俺からダミーまでの距離を目測。トンネルに入る一瞬、車両の照明が灯る前に、影縫いを使った。




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 ダミーの隣、まさに先程まで女の荷物があった場所へ抜き出る。屈むような姿勢のまま、足首、つま先、足の裏まで実体化するのをじりじりと待った。何故かこの時は、意識の方が先に走り、実体が遅れて転送されたように感じた。
 凡人には一瞬の事。誰一人気がつきはしないだろう〜。
 ようやく縫い終わり、頭を座席から出さぬように注意しつつ、尻から向きを変え静かにシートに収まった。

 ゆっくりと瞼を開くと、確かにダミーはそこに居る。しっかりとピカを形作っていることから、作られてまだ時間が浅いことにひとまずほっと胸をなでおろす。これならば、ニノア駅に着いた時に、一時下車してもいきなり気化することは無いだろう〜。

 それにしても・・・これがダミーとは、自分を形作る〜具現の基本だと教え込んだ自分をも騙す精巧さに改めて舌を巻く。

肩にかかる金糸。残念ながら向こうをむいてしなだれており顔は見れない。窓際の席で肘掛に置かれた腕。春物のジャケットの袖口にギリギリ見え隠れするは薄手のニット。さらにそこから細く伸びた手首。白いそれに浮き上がる青い血管。その質感までどうやったら再現出来るのか?力が抜け、かるく閉じた細い指。

 ガクン と一つ大きめに車体が揺れた。

 レールの繋ぎ目が、山の気温で大きめに開いていたのだろう。赤字路線と聞くが、点検は徹底しているのだろうか?ほどなく次のトンネルにさしかかる。窓ガラスに目をやると、まるでそれを待っていたようにダミーが頭を起こした。俺は、俺は、次を期待する。それに応えるようにダミーの目が開いた。


  俺は、金縛りに遭った。


 とてつもなく美しい。俺だけに見せる、緋の色だ。







 本体!?ピカッ・・・




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 いくつかの短いトンネルが連続する。車両とレールの摩擦音が耳にうるさい。緋の目のピカが俺を見据える。その刺すような視線に、驚きと感動、そして恐怖をも感じる。その目には俺はどう映っている?お前は俺をどう思っている?知り合い程度か?それとも仲間か?いっときの師か?いや、キット、この目が答えだ。

 ピカの手がそっと俺の手の甲に触れた。一瞬、金属のようなそのヒヤリとした感触に、戸惑う。誘われるままに、首の後ろに腕を回し、

 

 そっと唇を重ねた。










 ニノアへ到着すると、わらわらと乗客たちが下車していく。やや褪めてはきたが、まだ虹彩の色が際立つ。俺はピカを隠すように通路に背を向ける。
 車両最後尾通路側で完全に寝ている一人の男を残し、人が減ったところで、ピカに話しかける。

「何があった?」

 思いつくままに単語が唇を動かす。だが、それは発音になる前に思いとどまり固く閉じられる。ここまで動揺したピカは、そう見たことがない。

「少し、歩くか?」

 女の荷物のせいで、ほぼ窓際に閉じ込められる姿勢だったことを思い出し、気分転換を提案する。

 かるく頷く。

「よし、ゆっくり立て」

 どれぐらい前から緋の目になっていたのだろう〜指先の冷たさも気になる。乗り物酔いに手をかすようにホームに降り立った。
 



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 ppp ppp ppp
 



 シャドウから、通話だ。

「はい」

「ええ」

「了解」




「何だって?」  バショウが怪訝そうに聞く。

 心音だけを聴かせて、それで終わりの通話だった。クラピカを見つけ出し二人セットになっていることに胸をなでおろす。バショウには知らせないでということだろう〜。

「7は、間違いだったんですって。それだけ言ったら切ったわ」

「シャドウか?奴は機種を変えたばかりだったな?使い慣れねぇと、間違うわな。ハッハッハッ!」

「そうね、操作系なら、キット手に馴染めば速いわよ。そう思わない?」

「やべぇ。そういやぁ〜操作だった!」

「そうよ。だから、最初だけだと思うわ」

「バショウ、ここを、お願いしてもいいかしら?私も少し、外に出てみたいの〜桜の時期って短いでしょ?」

「ああ。構わねぇぜ」

「ありがとう。遅くなるようだったら連絡するわ」




 
 セントラル経由で、向かうならば、ニノアあたりが浮かぶ。だが、それではあまりに平凡、というか、ニノアでは列車以外の交通手段が無い。策を練るとすれば最低でもWアクセスは必要〜ならば、山岳都市だが、高速道に乗れて、小さいながらも空港もあるリノはどうだろう?
 どちらもハズレという場合、すぐに動けるセントラルで中継、待機ということにしたほうがベターだわ。
 今回は、バショウがお留守番ね。




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 平地よりも遅い桜が、線路脇の山の斜面に枝を伸ばしている。老木の下には等間隔に植えられたまだ若い木の姿もある。時折、そよぐ風に、早く咲いた花は、その形を保てずに空に飛び立つ。


 ホームから緩やかな斜面になっている。改札までの間をわざと長く取り、その隙間に市が立っている。朝つみのイチゴ、蒸気を上げる饅頭、照りのいいタレに漬け込んで串に刺した肉を焼く匂い、隣には硬いパンを売っている。きらびやかなガラス細工、この地独特の目の細かな刺繍の入った雑貨。
 
 先程よりもしっかりと歩けるようになったピカは、介添えの手を振りほどく。それらの土産物ではなく、先ほどの大きな女、いや、席を塞いでいたあのスーツケースを目で探している。

「中は緋の眼だと?」

「わからない。もしかすると、それ以上だ」

 獲物を目の前に、それでも手を出せずにいたのだ。俺との約束は、どうでもよくなったに違いない。

 五月蝿がられぬ程度につかず離れずの距離でピカと同じ向きに足を進める。俺は懐に指先を入れ、かるく印を組み形代を取り出す。人差し指と中指で形代を挟んだまま、懐からは出さずに留める。ピカの足元から一瞬、ラベンダー色の微かな光がリング状に広がるのを見た。探し物をする時、ダウジングの鎖だけとは限らない。ピカだけに感知できる薄い円のようなものを張るのだ。そのレーダーに、例の荷物が、


      掛かった



 ピカが視線を外さずに、指先の動きだけで俺に指示を出す。
 
 フッ と、息を吹きかけると、散る花のように舞いながら、目に見えぬ形代は、ケースの上面に降り立ち、雪のように溶けて消えた。






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