season 3 四季の国 

□貴様に
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「得て不得手はあるものの、貴様もダミーぐらい作れるのだな?」

前置きをすっ飛ばして、ピカが核心を突く。いつもなら、枝葉から喋りだし、本当に言いたい幹の部分を次第に俺に連想させる話術だが。それだけ、答えを急ぐということだ。

「まさか。お前、俺に似たのに襲われたとでも言いたいのか?」

「・・・ああ」

油断したのだ。

デッキに出たところで、俺が待ち構えていたとでも勘違いしたのだろうか。それにしても、うっかりすぎるだろう〜初動が遅れた為に、気持ちの隙間をこじ開けられ、賊が至近距離からナイフを振り回したということか?

 俺に姿かたちだけならば、いくらでも似せられるだろう〜だが、醸し出す雰囲気だとか、動きだとか、纏ったオーラだとか、そういったものがあるはずだ。それまで似ていたと考えられる。その全てを「貴様もダミーぐらい作れるのだな?」の一言でピカは言い表しているのだ。

「そいつは、降りたのか?」

 ピカが顔を背けた。

「殺ったのか?」

 ピクリ。肩が動く。

「お前、俺に【無かったことに】を使わせるために呼んだのか?」

 立ち止まった。駅の構内。しかも発車まで残り7分程度。ピカは真相を話すつもりは無いらしい。この状況で、他人に接触せず二人だけで深い話しをするのか?相当〜言葉を選ぶことになる。


「とりあえず、こっからは込み入った話になる。黒の円を呼び出せ。俺は自分の意思では張れないからな」

「・・・黒の円が欲しい・・」

 鈴を転がしたような涼やかなピカの声が俺の脳を直撃する。
 
「もっと、小さく」

 電話ボックスほどの円を張ったのだが、ピカに注文をつけられる。言われた通り、円を狭める。ほとんど身体は密着する程になり、ようやくそれでいいと言う顔をした。 
 
 桜の老木の影に文字通り、身を隠す。

「聞け。一度しか言わん。消去の能力は頻繁には使えない。しかも条件が厳しいんだ。同時刻にある程度の範囲に俺が居ればそれが叶うというお前の読みは正しい。だが、残念ながら、それには俺が直接関与していないとダメなんだ。俺とお前、そして対象者の3人だけ。車両にはたくさんの人が乗っている。それら無関係な人間を巻き添えには出来ない。これが基本だ。分かった上で、質問は?」

「だったら、今すぐだ。円はもういい!」

「お前、自分の説明は後回しかよ」

「ああ」

 舐めるように斜面を駆け上がり、ホームを蹴り車内に戻った。

 4両目最後尾の通路側の男は、まだそこに居た。





 



 ********************



 ああ。似ていなくもない。麻黒い肌。胴長短足ちょっと前の日本人の平均的な体型。ボサボサの黒髪。無精髭。黒っぽい服装。

 突然の攻撃があるやもしれん。奴の間合いはどれほどかわからぬ以上、迂闊に至近距離へは近づけない。自分は奴の居る座席とは反対方向から来て、車両中程のピカの席へ縫った。その時、早る気持ちが意識を先にピカへ向かった。後部座席に、こんな奴が眠っているとは。何も感じなかった。

 推測

 @俺に似せるということが出来る、能力者
 A俺に似ている為に、術を掛けられた一般人
 Bその他


 @の場合、以前にどこかで遭遇していなければならない。Aならば、掛けた犯人は既に下車しているか、まだ乗客の中に紛れている。Bは今は置いておく。


 簡単な遠隔操作から仕掛けてみる。

【呼び出し】の印を結ぶ。(香車、来い!)

 3つ後ろの座席の床から、香車と呼ばれた駒が生えてきた。






************************






「バショウ、今いいかしら?」

「ああ。どうした?」

「シャドウがセントラル駅に居るわ。クラピカと落ち合えなかったってことよね?」

「はあ?レーデルからセントラルまで7駅だぞ、それを隈無く探せってのか?見かけたシャドウを捕まえて訳を吐かせる方がよっぽど早くねぇか?」

「そうね。でも、少し変なのよ」

「何がだ?」

「腕時計をしているの」

「えっ?奴は、何も身につけない筈だ。ホントにそれは奴なのか?他人の空似ってことは?」

「わからないわ。少し調べてみる。バショウ、時間を頂戴」

「了解。何かわかったらまた連絡よこせよ」







*************************
 

 クラピカは、これまでの出来事を頭の中で整理する。

 


 それはレーデルの手前2駅でのことだった。
受け渡しはホームに停車した1分間。多少のズレはあるものの、鞘は、それも踏まえて早めにホームに立っている筈だ。
 荒地の魔女そっくりの大きな女が乗り込んできた。通路を身を斜めに進みつつ、空席を探す。あいにく好みの窓側はふさがっており、諦めて細身の老人の隣に落ち着いた。ゴロゴロと引いてきた荷物は通路に置き去りだったが、気をきかせた紳士が私に会釈をし、私も了承の会釈を交わした。ぴったりと私の隣の座席足元にケースは収納され、私は拘束された。

 ダミーをデッキに派遣し、鞘を待つことにした。ところが奴はそこに居たのだ。
 受け渡し駅の前から乗り込んでくる理由を知りたかった。喋らないダミーと私は場所を入れ替わった。
 受け渡しの品をと右手を差し出した途端、ナイフで切りつけられたのだ。「何の冗談だ?」返事は無かった。咄嗟に変わり身を使い、ダミーと入れ替わり、ダミーを消した。
 恐ろしさで早鐘のように打ち鳴らす心臓。
(私が、鞘を、間違えるか?)

 これは、先日、奴自身が感じた感覚なのだろう〜(俺がピカとダミーを間違えるのか?)と。
 気がつけばレーデルは過ぎ、私は大きな女の荷物で出口を塞がれたまま、影を呼んだ。
 しばらくしても、早鐘のように波打つ脈は収まらず、荷物を凝視して驚いた。直接見たわけではないが、この波長は生きている、”それ”だった。それの名を今、明かすわけにはいかない。確かめもせず、私が名を呼べば、本物ならば起こすことになる。その後、眠らせる術を私は知らないのだから。
 大きな女が移動し、入れ替わりに影が生えてきた。「呼べ。俺はすぐに駆けつける」その言葉が、これほど心強かったとは。だが、素直になれない私は窓の外を見るフリをして、じっと鞘を観察した。

 ダミーか本体か?迷う姿に、かくれんぼうの鬼が自分の鼻先を通り過ぎる感覚と錯覚する。

 ささやかに私と共鳴していたケースの中の”それ”が、一瞬、思考を後退させたのかもしれない。

 依頼者の待つリノまでに決着がつくものなのか?印を着け今は泳がすべきなのか、鞘の意見も参考にしたい。

 形代がケースに上手く潜り込み、この件は後回しとする。

 さて、私が間違えた後部座席の男、香車と呼ばれた駒が、確認に行く。
 






*****************


 足音も無く、香車が男に近づく。もう、5、6歩で並ぶという距離で止まった。僅かに男を覗き込み、

「静かなること」  

呟くと、それまで動かなかった男の唇が震え、

「林のごとく」  応えた。

 香車は、念の為に「山の如し」と呟く

「動かざること」  応えた。


 確認できたのだろう〜引き返して来た。

シャドウにヒソヒソと報告をしている。

 シャドウは一瞬、鋭い目で男を睨むと、素早く懐で印を結び、香車と男に息を吹きかけ、形代を貼り付けた。

 香車は手近な通路側の座席に折れ曲がり座りこむ。強制的に座席に押し込められたという感じだった。

「自分の駒だろうが、あまり雑に扱うな。見苦しい」

 つい、感じたままの本音を毒付いてしまった。


「雑になど・・ただ、今はピカ、お前が王だというだけだ」

 うまく言いくるめられた形になった。肩に手をまわされ、気の緩みで、それを拒みもせず、自然に列車からもう一度ホームへ降りた。

 


 アナウンスが、発車時刻をコールする。



「ここで降りるのか?」

「ああ。今回は、いくつもの罠が張られているらしい。わざわざ捕まりに行くことはない。この先、列車でしかリノへ行けないという話でもあるまい。今は、急がぬことだ」

「そうか」

 確かに、私は発車時刻をイコールタイムリミットとして考えていた。見方を変えろという忠告だ。そして、香車と男を形代で結んだということは、私の知らないシャドウの秘密にもう一歩迫ったということだ。
 
 それは、私が大きな女のスーツケースの中身を明かすことと、交換条件になるのだろう〜。

 信頼とか信用の前に、こんなにもお互いの事を知らないという事実。そこに愕然とした。

「いいかピカ。追い込まれると視野が狭くなる。これは誰でもそうだ。だが、問題を深く掘り下げる前に、立ち位置を変えろ。逆に犯人だったらどうする?とか、複数だったら黒幕はどこにいる?とかな」

「ああ」


 足がつかぬよう、わざと購入したキップを改札機にくわえさせる。スルリと足元の影になりすまし、通過した。何食わぬ顔で正面を見つめ、狭いながらもやや広場になったロータリーへと進む。

 音信不通〜と、文句を言われぬ為にも、ここで一本、連絡を入れておくべきだろう・・。バショウにするか、センリツか・・・。ここは、心音など聴かれて、要らぬ詮索は勘弁願おう。

 短い通話を済ませる間、やや間隔を置いてシャドウは物陰に身を潜める。SPの身のこなしというよりも、見守る親のそれだ。

「 聞いていただろうが、一応〜バショウから先方には今回、断りを入れるよう伝えた。ドタキャンなど本来は私の趣味ではないがな」

「時と場合による」 まるで、それでいいというような静かな答えだ。

 時折吹き抜ける風で、花びらが舞い散る。山からのそれには湿り気を感じた。


「雨が来る?」


「その通りだ」



 タクシーでも良かったが、細かい話が出来ない。レンタカーをチョイスする。
 言葉は分かるが、指を怪我していてサインが出来ないと申し出ると、気のいい店員が、快く代筆してくれた。カードの限度額を今月超えそうだからと、現金で支払い、ようやく左ハンドル車が用意された。



 ボムッ!


 革張りのシートに腰をおろし、分厚いドアを閉め静かに電気で発進する。このまま真っ直ぐ上り坂まではエンジン音はしないのだろう〜

しばらく走ると、本日二度目の影縫いで、助手席の足元からシャドウが生え、ようやく二人きりになった。




「貴様に、緋の眼の訳を話そう」

「ああ。俺も、香車との話、形代のカラクリを説明しないとな」


 斜め前を指差し、そこで一旦止まれと。


 後続車は居なかったが、ハザードを点けて右路肩へ寄り、停車する。どうした?と、横を向くと、厚い唇で塞がれた。


 私は、今、王の筈だ。なぜ?貴様に主導権を取られる?一瞬の疑問も、舌が歯列をこじ開け中に進入すると、どうでもよくなった。

 空が雨雲で覆われ、フロントガラスに大粒の雨が音を立てている。シャドウが一瞬先に私の耳をふさぐ。地鳴りに続いて、鋭く太い火柱が今来た駅のあたりへ落ちた。


「貴様、予想してのことか?」

「さあな。山の天気は変わりやすい。春は特にな・・」





 どうやら、私は護られているらしい・・。









 問題はいくつかある。ひとつひとつ整理して、目の前のものから片付けていこう。

 耳を覆う手が退けられ、心配そうな顔が目の前にある。ねだってもいいのだろうか?声は出さず、唇だけで言う。

「もっと・・」




 わかっている。と、貴様の手が私の首の後ろに潜り込んだ。






------------  了  ------------










   ゆっくりと梅雨〜夏に続きます。

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