season 3 四季の国 

□光と影 〜 夏の章
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*** 消えない記憶 ***



熱い。

 俺は、空を見上げている。正確には手足を大の字に広げられ、縄で括られ、ご丁寧にもその縄先は地面に打ち付けられたぶっとい杭に繋がっているのだ。両手足の縄抜けは、初歩の筈だった。
 
  俺は、嵌められたのだ。

 日照り続きだったが、久しぶりに空に雲がかかってきた。太陽が遮られる頃には、俺の目はすっかりやられ、瞬きのあと、乾ききった瞼は開けるのをやめた。

 それでも、修行は終わらない。いや、見捨てられたと言った方が正しいのかもしれない。嘘だ!遅れているだけだ、キット、助けが来る。
思い直し、あと10だけ心の中で数えることにする。

 8    9    10

 空気が湿り気を帯び、風がゆるく鼻先をかすめていく。干上がって亀裂の入った棚田には、育たずにススキの穂のような稲の苗が立ち枯れし突き刺さっている。その枯れ穂がサワサワと一斉に音を立てた。


 雨。



 縄抜け用の縄は、藁を編んだものを使うのが常。だが、今、この四肢に巻いてあるものは、ヤマナシのツルだった。こいつが曲者だ。水にぬれるとぎゅっと絞まる。痛さも痺れでわからなくなった。俺は口を大きくあけ、降ってくる雨つぶを少しでも逃がさぬよう、捉えた。恐る恐る目を開けると、ネズミ色の空から放射状に雨が降ってくるのが見えた。
 足あとを隠す為に、今は誰も来ないと分かった。
 今度は雨が止むのを待った。




 誰も来なかった。





 誰も・・・。




*******************




「ぐはっ!」

 
 嫌な夢を久しぶりに見てしまった。


 目の前にピカの青い目が心配そうに覗き込んでいる。ただ、言葉は無い。俺がベッドを盛大に揺らしたおかげで起こされたのか?それとも少し前に起きていたのだろうか?ふと、見合った後、説明するのも面倒になった。プイと寝返りを打ち、ふて寝を決め込もうとすると、左の手首を掴まれた。

「この傷と関係あるのか?」

「何でもない・・」

「私は関係あるのかと聞いているそれでは答えになっていない」

 元の仰向けに俺を戻すと、ズケズケと俺に跨った。そして、両手首を掴み、頭の横に縫いとめる。俺がピカに組み敷かれるというレアな体勢だ。

「なんだ?今日はお前が攻めか?そうゆう嗜好も悪くはないが?」

 

 破れかぶれに言い放つと、心なしか切ないような寂しいような目をした。ピカは狡い。言葉よりも顔の表情よりも、自分の目が、どれだけ優秀な語り手なのかを知っている。両手首が自由になったが、俺は跳ね除ける気はしなかった。おとなしくコイツに捕まるのも悪くない。
接触を嫌うくせに、俺にだけは傷の手当てをさせる。それが、手当てなのか、どこからが愛撫なのかは、俺にはわからない。Tシャツの上からでも分かる。ピカのヒンヤリとした指先が、鎖骨をなぞり、胸のケロイドの傷あとへ降りてくる。

「くっ」

 息をつめ、目を閉じ、ピカの好きにさせる。
サラリと金糸が頬をかすめ、やがて柔らかな唇が、そっと喉仏へ落とされる。次にフッと耳に息を吹きかけられると、もう、煮るなり焼くなり王様の好きにしてください!という気分になった。降参の旗を立てる様に、俺の中心部がもちあがった。唇に待っていると、意外にも身体に乗っていた重みが消えてしまった。

(これさえも、夢?)

 ハッと気がつき、ベッドから上体を起こす。


 今、確かにここにあったピカの身体は、平行に並んだ向こう側のベッドにあった。


(俺は、イカレテいる)


 改めて、ピカ中毒、ピカ狂になっている自分を自覚した。

 


*******************






何度も寝返りを打ち、だらだらと横になっていた。それでも少しは眠りに誘われた。

 次に起きた時、ピカの姿は既に無かった。俺を起こさぬ様に気を遣って、静かに出たのだろう。先に、センリツと打ち合わせがあるような口ぶりを思い出した。




 生憎の雨。11時から定例会議だ。事務所兼バショウの寝座となっている雑居ビルの6階へ向かう。最寄り駅の名は明かせないが、まぁ、そう大きくも小さくもない街にある。駅前のロータリーを避け、高架を潜るように伸びる道は、向かい側がオフィスビルこちら側はネオン街ときっちり線引きされている。アリの巣のように枝分かれしている細い道を4ブロックほど進むと、ネオン街と住宅地の曖昧な境界線が来る。夜のお勤めの女性の安アパートだったり、モーニングを提供出来る小洒落た喫茶だったり。間口の狭いパン屋は実は奥が製パン所になっていて配達や外注だけで本来は生きていけていたりもする。
 その製パン所の2階に直接出入り出来るようにと、後から外壁に付けられた鉄の階段を上がる、見慣れぬ男を目の端で捉え、咄嗟に身を翻し物陰に隠れた。

(今の男、俺に似ていなかったか?)

 しばらく息を潜めていたが、ドアの閉まる音がしただけで、気配は消えた。気のせいか・・と、息を吐く。

「動くな!」

 左腕を掴まれ背中に強く締め上げられる。壁に押される。アイスピックが構えられ、尖った先を目に向けられている。

(俺が・・後ろを盗られた)


 動揺した。
 

 
 



****************



 クラピカとシャドウ、この二人は少しの移動でも、行動を共にすることはない。少なくとも私やバショウの前で、二人だけでの会話をすることもしない。だいたい、二人共、無口だし、会話というよりも、不反応ならば了解というだけのことだ。

 今朝も、先に事務所に来たのはクラピカ。私は、目的地が同じならば二人で一緒に来ても良いのでは?と小さく呟くと、歳も風貌も違う二人が揃って歩くだけで、他人の興味を惹いてしまうだろう?と、軽く、気のない返事が返ってきた。それが、ホントに微かに聴こえるレベルの呟きだったから、クスッと思わず笑ってしまった。怒らせちゃったかしら?と、慌てて、心音を聴いてみると、華やいだマーチのテンポを打っていた。
 
 依頼のリストを画面にアップする。(より切迫している状況の事案を優先してランク付けをする。報酬金額の高い順ではないところが、クラピカらしい)照明を落とした部屋に、PCの液晶の光だけがクラピカの顔を明るく浮かび上がらせる。残念。伏し目がちな表情は、長く伸びた前髪が隠し、反射して光る綺麗な目を拝むことは出来なかった。

「レモネードをもらえるだろうか?」

「ええ、お易い御用」

 体調はやや下り坂というところだろうか・・。ドア一枚隔てた給湯室へ向かいながらそんなことを思う。お母さんのような気分、贅沢ね。クラピカみたいな綺麗な息子〜なんて。ステックシュガーを4分の1だけ入れた。グラスの底に氷を落とし、その上からレモネードを注いだ。

「えっ?」

 振り返ると、滅多にここまで来ないクラピカが立っていた。私に向かって早くと手を伸ばしている。(子どもだ)

「すまない。行儀が悪くて・・」

 (まあ!)

ストローではなく、グラスに直接口を付けている。珍しい。一気に飲み干すというのも。まぁ、冷たい飲み物だから、冷めるのを待つ必要はないのだが・・。

「クラピカ?」

 カラン  

ごちそうさまとグラスを私に向けた。
今、何かを言いかけた。が、それを辞めた。


 心音を聴いて、驚いた。


 クラピカ? それは、・・何の覚悟?




****************


 



「クラピカとシャドウ。ありゃ、ただ、師弟だからってだけじゃない、な〜んかあるんだろうな」

「バショウ?」

 どうしたの?給湯室からクラピカが表の事務所に戻り際に、裏の奥まった部屋からバショウが姿を現し、この剣幕だ。もしかしたら、レモネードの所から見られていたのかも知れないと思い、ちょっとぞっとした。


「おやおや。ビックリしなさんな。まさか、センリツともあろうお方が、オレの足音やら起きだした気配に気がつかないな〜んて、ありえねぇ〜。どした?何かあったのか?おっさんが寝坊したとかか?」

聞こえたクラピカ本人が間髪入れず切り込む。

「奴が私の指定した時刻に遅れるなど、ありえない」

 目の色こそ変わっていないが、これはかなりのレベルまで怒っている。私は、今は黙って二人をかわるがわる覗う。

「煽って悪いが、よう〜クラピカ。その自信はどっから来る?いつからおっさんとセットに成っちまった?」 もう少し先まで口に出せば、この4人の関係は簡単に崩れるだろう〜さすがに後半の言葉は飲み込んだ。だが、ニュアンス的には充分クラピカに伝わってしまったのだ。

 気まずい沈黙が流れる。一秒がこんなにも長かっただろうか?ゆっくりと瞬きをしたクラピカの虹彩は、色変わりを始めていた。だが、静かで細い声で話だす。選び抜かれ並べられた言葉で。底なしの怖さが覆いかぶさる。

「センリツ、バショウ、君たちの能力を知ってしまった以上、お互いを監視し、護る為にも、協力し共存したほうがベターだと考えてのこの場所だ。私をリーダーに押したのも、たしか・・君たちだったと認識している。私はともかく、師匠〜シャドウの影口はよしてくれ。奴は一切の不満も口にせず、若輩の援護にあたっている。最も、奴の狙いは私だがな・・」

「狙い?!」

「詳しくは言えないが、一言で言えば、今も、私はルーキーであり、注視していなければ暴走の危険があると、おそらく、もっと上から言われてしかたなく付き添っているところだ・・私から言えることはこれぐらいだ。・・悪かった。これからは好きにしていい。・・解散しよう・・」



「「クラピカ?!」」




 !なんということだろう!

敵を認知した。 そう思わせるような冷酷な目でバショウとそして、私を見下した。足がすくむ。まるで、氷の上に立たされているようだった。これが、ついさっきまで嬉しそうにレモネードを飲み干したあの子だろうか?まるで、目の色の数だけ、クラピカの中に違う人格が住んでいて、クルクルと表に出てくる順番が変わるようだ。

 一歩も動けない数秒で、そんなことを考えた。

 
 バタン



 派手にドアが閉まる音を最後に、クラピカが消えた。




***********************




「行ったな・・」



 ヤレヤレというジェスチャーをし、バショウが私に話しかける。私は、頭と気持ちの整理がつかない。

「えっ?」


 変な返事になってしまった。


「こうでもしねぇと、探しに行けねぇだろ?」

「あなた。ワザと?」

「クラピカが自分で言ったじゃねぇか。『 奴が私の指定した時刻に遅れるなど、ありえない 』つまり、何かあったんだろうよ。おっさんは、とにかくクラピカを最優先だ。前もって予定も入れている。時刻もわかっている。それに連絡も寄越さず、遅れる訳がねぇ。つまり、今回、ちょっとヤバイんじゃね〜の?その証拠に、滅多に成らねぇ緋の目になりやがった」

「ケンカ別れみたいな事、言わなくても」

「はっ?あからさまに、協力するぜ?とでも言うのか?逆に頼みづらいだろうが〜。何年、クラピカと組んでいる?」

「バショウ!」

 

 騙されたのは、私だった。


 マーチの心音さえも、偽りだったのかしら?


「書類のチェックは?」

「終わってるわ。すぐ、次ってことは無いみたい・・」

「了解。じゃ、俺たちは待機しつつ、情報収集といこうか」

「わかったわ。どうしようもなくなって、クラピカが頼ってきた時に、助けてあげられるようにね」

「危なっかしいからな。うちのリーダーは」

「そうね。素直じゃないし」

「まったくだ!」

 
 乾いた笑い声が、人数が半分になってしまったことを強調していた。
 今は、ここが拠点だということを、クラピカが忘れないで欲しいと願った。

 

********************

 

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