season 3 四季の国 

□誤差
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「私みたいなハンター崩れなら、探せばいくらでも居るわ。センリツには、ちょっと若い頃、世話になったことがあってね」

 州境の山道に差し掛かる。右手に奥に赤い屋根の丸太小屋、小さなレストランが見えてくる。寄るらしい。
降りて軽く何か食べないか?それともサンドウイッチぐらいならテイクアウトで車内で?と聞かれ、降りると返事をする。

 車線から丸太小屋には広すぎる駐車場へ緩やかにハンドルを切る。バックを確認のため、大きく振り向きざまに私の顔をまじまじと見る。いつもならばミラー越しなのだが。

「まともなご飯は、何時食べたんだい?せっかくの美人が台無しだよ」

「っ・・美人・・」

「バリバリ男でもないだろう?」  鼻で笑われた。


 ボムッ!

防弾仕様になっているドアが、重い音をたてて閉まる。運転手が5mほど遠のくとロックされる。

 ギュイン♪

まるで待てと支持された犬のようだ。ロックされ、ドアの取っ手についている防犯センサーが静かに青白い光を点滅させる。低い石積みの階段を足早に駆け上がる運転手は何度か来たことがあるのだろう〜慣れた手つきでドアを開け、奥の席を目指した。

 カロンコロン♪

出入り口のドアに付けられた熊よけのベルが間抜けな音を鳴らす。山小屋から出る男性客とすれ違った。私の横を通ると、待ちきれぬようにタバコに火をつける。煙が風に乗り私に届く。思わず振り返ると、男は軽く会釈をした。私は男性の方へ小走りで近寄ると、思わず声をかけた。

「失礼。その煙草は、どこで?」

「えっ?」

「煙草」

「ああこれ〜切らしたから、売っているか聞いたんだ。そしたらこの店は禁煙で。・・・すみません。さっきも、こんなふうに店を出た途端、呼び止められたもんで・・。なんだか不思議な気がして」

「呼び止めた人は、どんな背格好でしたか?」

「男だ。黒髪で目も・・歳はちょっとわからないな。これでよければと渡されただけで」

「その後、その男性は?」

「さあ、わからないな。ありがとうと受け取ると、それからは気を取り直して、腹ごしらえするつもりで店に入ったから」

「そうですか。お引き止めしてすみません。どうもありがとう」

「いえ。それでは」


 男は駐車場を抜けてその奥へ歩いて行った。
しばらく背中を見ていたが、こちらも気を取り直して店に入る。階段脇の奥まった一角に、座って待っている運転手と目が合う。
 
「遅いよ。何かあったのかい?」

「駐車場の奥には何がある?」

「キャンプ場。ちなみに、広すぎる駐車場は冬場のチェーン装着に必要なの。この先、急に雪深くなる。路肩に寄せてあわててチェーンを着けるバカもたまにいるけれど、後続車がいい迷惑さ」   なるほど・・

「煙草・・」

「煙草なんて、誰でも」

「ちょっと見かけない銘柄なんだ」

「匂い?」

「ああ。同じ匂いだった」

「あんた、鼻も利く訳?私なら気にも止めないけど」

 
 とにかく、何か食べろと言われ、適当に注文をした。待つ間、シャドウの行動をあれこれ考える。目の前に料理が出されるまで、集中する。ねほりはほり聞いてきたが、私が聞こえていないとわかると運転手も話しかけるのをやめてしまった。

 近いのか?・・貴様、今、どうしている?


*******************



「エリカ」

「はっ?」

「聞いてないね〜人の話を。呼び名だ、私の」

「エリカ」 呼び名か、本名では無いということか。だが、少し助かった。私の頭の中のアドレスを入れ替える。S、センリツの指名する運転手からE、の列に。Bのビスケ、Cの自分、Dの師匠、そしてEのエリカ。妙に綺麗に納まった。

「何が可笑しい?顔と合わないってんなら、本人が一番よく知ってるとこだから、言わなくていいよ。センリツが付けた呼び名だから、センリツ以外から呼ばれても返事はしてやらないんだ。まぁ〜あんたはしょうがない。そのセンリツが大事にしているボスだからね」

 促されるままに、目の前の皿に取り掛かる。一見、ボリュームがありすぎると思った大ぶりの碗も、中は野菜がほとんどだった。南京、里芋、牛蒡、人参、葱、ひとくち頬張ると何とも言えぬ出汁が鼻に抜ける。修行時代の食事を思い出す。飛魚と干し椎茸でとった出汁、しいたけはそのまま、これでもかと言うほどゴロゴロと具に成りすましていた。『収穫されて干されてカラカラになっても、再び水に戻せば出汁になる。そのまま旨みを吸収して味が染みるんだから、へこたれないっていう意味では、優秀な奴だな』私には褒め言葉の一つも無いのに、たかが椎茸にそこまでの賛辞を並べ立てる師匠に腹が立ったものだ。
 
「何、ぼんやりしている?ホント、さっきから大丈夫かぃ?青い顔だよ」

 私は・・・何を・・・

「すまない。エリカ、何でもないんだ」

「へえ〜。あんたの声で呼ばれると、耳障りがイイもんだ。センリツの言っていること、少しわかる気がするよ」

「ここからは、ひとりにしてもらう」

「考えがあるんだね?いいよと言いたいところだが、山越えまでは付き合わせてもらうよ。おそらく車の心配をして言ってくれているんだろうから〜先に言えばよかったね、セダンはここに置いて、四駆に乗り換える」

「よろしく頼む」

「あいよボス!」


歳はセンリツぐらいだろうか?エリカをどう位置づけるか、私の中でまだ、素直に受け入れられないでいる。
 信頼していいものなのか?だが、過去に何度も緋の眼がらみで嵌められた経験が、私を臆病にしている。


**************
 



 車窓からは背の高い針葉樹が消え、岩肌にへばりつくような低い松のような木が見えてきた。曲がりくねる岩だらけの道は、時折ガツンと硬い石にタイヤが乗り上げ割り砕きジャリになる。

 ザザッ

 大きな岩の裏側には、笹のような植物が茂っていた。これ以上の標高になれば、おそらく高山植物か、コケがやっとだろう。風が山肌を吹き降ろし、湿った空気が細く開けた窓から車内に充満した。
 
 雪深い里を嫌でも思い出す。


「エアコンを付けてもいいかしら?」

エリカの声が遠くで聞こえる。パワーウィンドウがピッタリと外と内を仕切る。ほどなく適温に冷え、一気に睡魔が襲ってきた。気圧がやや下がったのだろう。唾を飲み込み耳鳴りを防いだ。

 運転は、上手い。エリカは、これまで窮地に幾度となく駆けつけてくれた。ある時は仕事終わりに、シャドウを伴いホテルまで送らせたこともある。


「ボス・・ボス?」

エリカの声掛けに、反応出来ない。重い瞼は、開けることが出来なかった。

 耳だけは起きていて、しっかりと聴こえているのだ。ただ、反応し、意思返しが出来ない。

 

 何かの暗示に掛かったのか?それとも薬だろうか?
 拉致と表現するには、それは、あまりにも丁寧な扱い・・と感じられた。
 敵ではない。信じたい気持ちがそうさせているのだろうか・・。


****************


「遅かったわね」   どこかで聴いた声だ。どこだろう?

「私の仕事は、ここまでです」   丁寧な言葉を使っている。目上か、年齢か?


 ドアが外から開けられ、もたれかかっていた私の身体が傾く。知っている腕に抱かれ、そのまま暫く歩いている。どうやら、建物の中らしい。目隠しをされているわけでも無いのだろうが、どうやっても開けられないでいる。今ならば、子どもにも私は殺られそうだ。このまま、谷底に突き落とされても仕方がない、やり残した事が、けっこうあったな・・と、覚悟を決めた時だった。


 柔らかなベッドに身体を下ろされた。



 と、そこへ誰か入って来た。靴音から、女?と見当をつける。歩数を数える。意外にも広い部屋らしい。

 用心深いその(仮に)女は、数歩手前で立ち止まり私の顔を見ている。聴こえていることに気づかれたか?全身に嫌に力が入った。




******************



「しばらく、アンタにその子を預けるわ。何をしても構わないけど、殺るのは無し」

ベッドの脇にでも立っていたのだろうか?気配を消した男が、頷くのがわかる。靴音の女が続ける。

「・・・何か思い出すといいわね、黒ちゃん」

 意味不明な一言を添えて、靴音が遠ざかる。どうやら、部屋から出ていったらしい。

 え・・・?

黒ちゃん呼びをするのは、ただひとり、ビスケだ。私の記憶している声とは少し違ったようにも思える。まぁ、目をつぶって聞いていた訳じゃない。情報の収集量は視覚が聴覚よりも勝るのだから、耳だけで聴いた場合は、こんなもんなのだろう。

 その黒ちゃんが今、私と同じ部屋に居るのだ。本物だとすれば、探す手間が省けて良かった、となる。しかし、何か思い出すといいわね、とは何だ?

 記憶が?

 外的要因、何らかの衝撃によって一時的に飛んでいるのか。心的要因で消したい記憶が消されたか。消したい記憶が私の事なら・・・

 笑えた。


 頭の中がぐるぐる回る。消したい記憶を故意に消せないで生きているのは私だ・・。

 ベッドに横たわり、ふいに笑ったのだから、誘ったと取られても不思議ではないだろう・・・。

 ついさっき、谷底に突き落とされても仕方がない、と覚悟した刹那、もう一度抱かれれば良かった・・と、少し、思ったのも事実。同時に、こんな時に考えるのは、意外とつまらないものだと自分の脳みその腐れ加減にイラついた。

 
 黒ちゃんと呼ばれた男がベッドに腰掛ける。マットレスが凹み、そちら側に少し顔がかたむく。

 目を開けて確かめたい。何かの暗示がされているのだろう〜開けようとする程、瞼は硬く睫同士が接着剤でも塗られた様に、開かなかった。

 殺されはしないらしい。だが、この沈黙が怖い。もし、本物の黒ちゃんならば、私を呼んでみろ!前のミッションで、簡単なミスをしていた。その後、私の本体とダミーを見間違う。何かの不調なら私に訳を話せ。行き先も告げず私から離れた理由を聞かせろ。何人もいる、お前に似たアレは何だ?分身が暴走している理由を聞かせろ!


(分身の・・・暴走・・)


 本体が、めちゃくちゃな指令を出したか、分身が本体に還れなくなったか・・。

(心が、壊れたのか?)

 念の崩壊・・

(忘れたのは、やはり、私の事か・・)

 涙が一筋、頬を伝う。

 
 男が、それを手で拭った。その手を私は掴んだ。ビクッと驚いた手は、私の手を払い除けた。結果、パシッ!と弾かれる格好になった。

 拒否されるとは思いもしなかった。一瞬で、その場の空気が凍った。

 私の中に、男が占める割合というものが意外にも多かったらしい。文句を言いながらも、常に私に寄り添い、護り、行先を照らしてくれた。だが、今、この男の中に、私は存在しない。

 圧倒的な空虚。

 名を呼び、優しく触れてくれた手は、他人のそれだった。

(声・・私は、声は出せるのだろうか?私が呼びかければ、本物かどうか確かめることも出来る)

「・・・シャドウ・・・」

 声と言うよりも、息だけだ。もう一度。

「・・シャ・・ドウ」

 これではダメか?

「ディー」

 ダメか?

「貴様、私を忘れたのかっ!」

 思いのほか、大声になってしまった。だが、明らかに男が反応した。



************




 



 男が私の顔を凝視している。そして、顔が近づく。瞼にそっとキスを落とされる。ジンと胸が熱くなる。私を忘れたシャドウが、他人の顔で私を抱こうというのか?
 どうにも言葉に出来ない、悔しさで締め付けられる。

 キスされた場所が、熱い。

 目が開けばいい。貴様をこの目で見てやる。どんな顔をして私を抱こうと言うのだ?

 髪を撫でつけ、その手のひらが頬を伝い顎のラインをなぞる。ゾクリと胸がざわつく。この指が次に辿る場所も、私は知っている。

 殺されはしない。ならば、いっそ、緋の目になってやろうか?そのためには私も感じ、楽しまねばなるまい。

 破れかぶれな感情が、私を完全に支配した。


 私に跨り、胸まで降りていたシャドウの髪を撫でる。驚いた男は、顔をあげたところを、しなやかに両手でなぞってやる。そのまま顔を掬い上げ、唇を重ねた。厚い唇を舌で割って入る。簡単に歯列をなぞると、誘いに乗るように相手の舌が絡んでくる。ぐるりと回し、深く入れ込んで来たところを吸い上げる。同時に逃げられないように後頭部をしっかりと押さえる。片方の手で背中を撫でながら、大きな野獣を躾けるように、次第に私がリードにまわる。

 ゴロリ、上下の体位を入れ替える。手探りで男のシャツの前をはだけさせる。男にもう一度
瞼にキスをされる。暗示が解ける様に、目の前に景色が広がった。目をあけることが出来たのだ。

 私が、手負いに見えたのだろうか?この男は、熱い手のひらをしきりに私にあてがい、気を送っているのだった。本当は、記憶が飛んでいるなど、嘘で、私はビスケにからかわれているだけ、そんな錯覚にさえ感じる。

 だが、うるさいくらい、何度も何度も私の名を呼んだ声は、一切聞けなかった。

 ダミーでも抱く様に、悲しいくらい丁寧な扱いを受ける。新しいオモチャを与えられた子どものような顔で、私をただ、黙って抱くのだった。

 名を呼ばれないことが、実際、こんなにも堪えることだとは思わなかった。

 背に回った手が、次第に腰に降りてゆく。

 くるり
 私が下になる。

 息が荒くなってきた。自由になった手で、相手の中心で硬くなったモノをそっと小指から1本づつゆっくり握り締めてやる。

「くっ・・」


「それが、私にかける声か?」


 人差し指で先端をなぞると、先走りがしたたる。それを指で受け止め、塗りつけるように根元から擦り上げる。男の尻がキュッと締まり、もう少しで最高点に達する。

 掴んでいたモノから一気に手を離してやった。
 その手で、私は自分の胸をゆっくりと撫で回し、フッと相手に息を吹きかけてやった。



 いかせてくれと、男の目が懇願している。


「まだだ」




***************

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