season 3 四季の国 

□共鳴
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 ガツッ

 乗り上げた男の膝蹴りが私のみぞおちにヒットした。不意を付かれ、生身で受け止める。
 油断した瞬間、両手首を掴まれ、思い切りバンザイの体勢に持っていかれた。シーツに縫い止められるような、まるで今から吊り切り裂かれる屠殺場の牛のような最悪の気分に顔がゆがむ。
 高飛車な態度に出ても、どこかで、許されると甘えていたのだ。どうやら、男を怒らせてしまったらしい。以前、私を抱いたヒソカは、私のこの屈辱的な顔を「そそる」と表現した。私のもっとも嫌いな体勢だ。それをこの男が知ってか知らずか、両手首をひとまとめに片手で余裕で押さえつけ、空いた片方の手で指が、私の胸や脇腹やその下までをも駆け回る。あるいは胸に顔を埋める様に、グリグリと頭を押し付け、すでに尖っている胸を吸う。

       チクリ

 甘噛みされ、フッと息を吐く。私の中心も降参の旗を立てるように反り、先が男の腹で擦られる。

 両手首が解放される頃には、跳ね除ける体力は残っていなかった。スイッチが切れた様に、おとなしく男のリードに身を委ねる。下に降りていった指が、穴を発見する。焦らすように浅く第一関節までを入れ、つま弾くように細かく動く。

       足りない。

 太ももを抱くように、さする手の平が、感じやすい内股へ滑り込む。

 ビクッ   ビリリと電気が走り、足に力が入る。

 ガッ    容赦なく左右に大きく開かされた。

 舌が敏感な皮膚を伝う。硬くなった中心へ近づく。

「はあっ」

 口の中に含まれた。

右手二本の指で、根気よくほぐされた蕾は男の指の付け根までくわえ込んでいる。同時に左手は私の胸にあり、しつこくこね回している。

 全身を男に委ね、好きにさせているこの格好の自分を、もうひとりの私が冷静に部屋の天井付近から見下ろしている。照度の落とされた部屋の光が、日のそれよりも紫がかって見える。どうやら、虹彩の色変わりが始まったらしい。

 男はそっと指を引き抜くと、次の行動に移る。刹那、私の目を・・・



   見た。




 驚きと、恐怖と、感動・・そんなようなものだろうか?男の感情が私の頭の中に流れ込んで来る。乾ききった地面に雨が吸い込まれるように。与えるだけだった気を交換するかのように、奴が私の気を吸い込んでいくのがわかる。

「欲しいか?」

 黒く潤んだ瞳が、ひとつ、瞬きをした。


 これはイエスの意味。貴様が教えた。思い出したのか?きっかけは掴めたか?

本来ならば、攻め側が使う言葉なのだろうが。入れてもいいという許可を出してやる。


 受け入れながら、もう一度静かに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。天井の私が複数の分身の気配を感じる。この光景を壁に成りすまし、静かに見ているのが居るのだ。趣味の悪い奴らだ。
 だが、目の前の情事に興味深々で、私には気がついていない。

「ああっ」

 脳天を突き抜かれる。感じながら、頭の中で、分身たちをひとまとめに本体に収める策を練る。目は閉じたまま、見たい色を簡単には見せてやらない。しばらく男の好きにさせる。

 臭覚や聴覚、肌に触れるものの触覚が急激にあがる。そう、これが完璧な緋。

 男が私の頬を撫で愛の無いキスが降ってくる。もう少しだ。至近距離で目を開け、この体勢で過去見をしてやる!暴走する分身など要らない!と、一喝すれば、多少なりとも効くはず。

 何があった?破れかぶれになるな。私が居る。貴様を必要としている。私と身体をつないでおきながら、今、貴様の心は何処にある?




**************


「それで?シーラ・・・じゃなくって、エリカは何か言ってたかい?」

「特に、何も。私が必要ないと判断した。予備知識が無い方が、見たままを素直に受け入れられるという場合もあるだろう?」


 私は今、ビスケと話をしている。先ほどのベッドのある部屋からは、中庭を挟んで対角に位置する。どの部屋からも中庭に出られるような造りになっている。重厚な石張りの床は頑丈だが、冬の寒さは半端ないだろうと推測する。
 ベッドにシャドウを置いて来た。しばらくは眠っているだろう・・そんなことを考えながら、来た方向へ振り返った。

「また、拾ったのよ」

「また?」

「ええ。これで何体目か、数えるのも面倒臭くなった。たぶん、無意識だよ。巣に帰る〜そんな気持ちなのかしらね?もっとも、私は家というものを持たないから、一定の場所に居るわけじゃなくてよ。それで、あいつはおそらく、探させていたんだと思う」

「分身にか?」

「そう。でも、分身にも活動のエネルギーが要る訳。広範囲に複数となれば、それを養う本体は消耗するわ」

「なぜ?私にそのことを隠す?」

「そうね。一番、言いたくないんじゃない?実際、相談されてどうこう出来る訳?」

「ものによる」

「でしょ?だから奴はひとりで、まあ分身たちとと言うべきか、やろうとしたんだろうね。そして、弱っているところへ、変な邪魔が入った。そんなところかしら?こっちもあんたをここに連れて来るまで、結構〜時間を食ったのよ。直接アポを取る訳にもいかない、周りを1人づつバラして、1人にしなきゃならなかった。分身に気がつかれない為にね」

「シャドウの分身なのに・・」

「中に、意思を持っちゃったのが居るのよ。そして、ソイツが自分こそ本体だ!ってね。バカな話でしょ。お陰で、このザマ。戻れるのだけでも集められれば、本体の体力も電池の容量が増えるみたいな〜計算通りというわけにはいかないけど」

「分身の数がわかるのか?」

「え〜っ?アンタが知らなくてどうするの?私、知らないわよ」

金、銀、香車、桂馬、飛車、角、よく聞くのはこれだけだ。歩の数が分からない・・。板面通りか?元々居ないのか?歩は敵陣に入ると成ると言って裏返り金と同じ動きが出来る・・そんなような話しを聞いたことがある。その先を聞いていない。だから金だけで初めから歩は無しでいいのか、数は大事で、それも金と数えるのか。
 だいたい、シャドウが何体の分身を扱えるのかなど、話すのもダブーのような雰囲気を醸し出していた。念の詳細など、恐ろしくて聞いてはいけないものと解釈していた。もっと話すべきだったのだろうか・・。シャドウを必要だと言っておきながら、実は何も知らないという現実。ならば今、そこから目を逸らさず、向き合おうと思う。


「あさってが半月だ。意味、分かるね?」

 言われた言葉の重さに、私は黙って、頷いた。

*****************

 



*******************


 シャドウの能力について、私が知る少ない知識と、ビスケの補足で今日を迎える。

 相変わらず、名を呼びもせず性欲だけは人並み以上だ。このスケベ親父の壊れた心をつなぎ止めておくだけの魅力が自分には有るのか?もしかして、傍に居れば誰でもイイのか?少し疑わしい・・。

 ただ、時折みせる、哀しいくらい愛おしむ表情に、その瞬間だけは本物だと信じてややこしい分身集めに協力している。ただし、根本的に、何がキッカケでここまで崩壊してしまったのかをしっかりと二人で分析しなくてはならない。

 分身は、本体に近いほど似る。遠距離になると合理化と言うが、顔のパーツがなくなり本人よりも痩せ、全身が黒く、文字通り黒子となる。
「香車」と、呼ばれて出てきた駒が、それこそ本体と瓜二つだった。もしも、あの一瞬で入れ替わったとしても、誰も気がつかないほどに。

 (誰も!?)

 心の中で、一点の染みが生まれ、それがにわかに広がっていく。

 ビスケの仮定がひっくり返る。

 分身が探しているのは、ビスケではなく、シャドウ本体だとしたら?!分身は、ビスケにそれを知らせようとしてわざと拾われたのだとしたら?!

 私は、香車に他の分身を集結させてしまったのだとしたら・・。

 月の満ち欠けと共に、オーラの絶対量が増減するシャドウ。今夜が弓張月だとすれば、一週間後の満月までになんとかしなければならない。それを過ぎれば次第に力が衰える。頭の中でせわしく暦を数える。16日が反転の月、すなわち下弦だ。さらに7日後、24日が新月。

 ベットに横たわり、目を閉じているそれが、シャドウの死に姿に見え、ぞっとする。

(落ち着けっ!)

 サイドテーブルのガラスの水差しに手を伸ばす。

 カツン

 爪が当たり

 パリン

 盛大に割ってしまった。




石張りの床が水に濡れ、黒い水たまりを作り出した。






 厳しく禁止され、頭の隅に追いやられた一つの考えがこの瞬間に再び、呼び起こされた。

 水差しの破片がそれに応えるように一斉に怪しく光る。私は、まるで呼ばれたように大きめの一片のガラスを拾い上げた。
 この時の気分を後に訊かれれば、こう答えよう・・幼い子が親を試す様に、自分に気を引くために、いや、もっと、自分を見ていて欲しいが為に。
 
 いつか読んだ本に書いてあった文章が、そっくりそのまま当てはまる。
『お前が居れば、そこが何処だろうが家になる。二人で暮らすということは、ひとりが出かければ残りは確実にひとりになる』

「・・・そうか。私は、今、迷子なのだな」

『あと5年ガキだったら』泣けたかもしれない。
『あと5年おとなだったら』シャドウを護れたかもしれない。



 ガラスの破片は、何も答えない。ただ、冷たく光り、私をシャドウから厳しく禁止された方法へ誘う。
 
 右手に持ち直し、静かに左手首に押し当てる。あとは向こうに押すか手間に引くかすればいい。

 何の呪文か?おそらく、禁止の話の際に、シャドウの掛けた暗示の言葉が耳の奥でざわつく。

「何の為の禁止だ?そうやって私をひとりにして、貴様、楽しいかっ!!」

 もう一度左手に持ち替え、手のひらに収まりきらないその破片を一気に握りつぶした。





    ゴーッ 





 体内を正しく巡っていた血液が、けっ壊した。出口を見つけ、嬉しそうに滴る。

 頭に登っていた血が引き、僅かに冷静さが戻る。このままの体勢では、やがて無様に倒れるだろう。ならば自分の意志で横たわる、そのほうが綺麗じゃないか?

 なぜだか、ベッドを汚してはならないと思う。結果、ちょうど水たまりになった上に腕を突き出すような姿勢に落ち着いた。




    ピチョン




 生温いそれが、手のひらから指に伝い、留まりきれず、指先から離脱する。この瞬間、身体をめぐっていたそれは、私の一部ではなくなりただの汚れに成り下がる。




    ピチョン



 
 シャドウとは、修行時代から何度も衝突した。それは、自分から気に入って惚れ込んで弟子入りした訳じゃなく、人伝てに聞き、探している途中でバッタリ出くわした。と、思わせられていたからだ。私にしては間抜けだったし協会のシステムに対する初めての不信感でもあった。





    ピチョン


 


 マッチングという意味では、他に居なかったのだろうが・・・



 眠くなってきた。そろそろ、モノを考えるということも面倒になってきた。





    ピチョン





 ああ。そういえば、何か言っていたな。禁止事項をくどくどと説明され、辟易していた頃だった。やけに真剣な目を思い出す。た・・しか、呼べと言われた気がする。しかし、私は貴様の名を知らない。だから、呼べないのだ。
 決めろ・・と、言っていた。何か、セリフを。






    ピチョン






 「ピカ」

 ああ、そう呼ばれていた。


 私は貴様にだけは、ピカ呼びを許した。


 剣と鞘。
 貴様、知っているか?鞘を投げ捨てて敵陣に乗り込む行為は、二度と剣を鞘に収めないという騎士の覚悟だという話を。 




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 つづく
    

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