season 3 四季の国
□家路
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「どう言ったらいい?こ、子どもの悪戯にしては、過ぎるじゃない?まさか、ここまでとは思わなかったわサ」
聞こえてはいるのだろうが、それには応えず、一度も目を離すこともしない。
「黒の円が張れれば、時間は半分で済むんだが」
先を引き受ける。
「それには、ピカちゃん自身からの発語が無いとダメだったわね?」
なぜ知っている? という横顔だ。
「あら、前にもあったじゃない?もう昔話になったのかしら?アンタ、浮浪者寸前だったわ」
ほら、これも聞こえぬふり。
「つまりは、普通の円だと倍かかるって事よね?その間、もしかして全部のオーラをピカちゃんに注ぐから、あたしには、人払いをさせた上に、二重の外円を張ってくれって?」
頷く。
真剣な横顔が、言葉よりも雄弁に、今の深刻な状況を語る。
既に弟子以上の関係になって数年。最初は、興味だったのかもしれない。文字通り、毛色の変わった珍しいオモチャを与えられ、協会のシステムに戻ってきた。そう思わせることが、ネテロの深さだったが。
”心が大事 ”
不意に、心Tシャツを着て不敵にポーズを取りこちらを睨むネテロが浮かび、頭を振る。
ピカちゃんの血が一滴一滴水溜りに落ちる。この血だまりが、影縫いの出口の陣となったのだ。捨て身の行動がこの事態を集結させた。意識を手放す最後の一瞬まで、ピカちゃんはこの中年野郎の事を想い続けたらしい。
血だまりからまさしくゾンビの形相の奴の身体が生えてきた時には、恐ろしさで腰がひけた。
香車が勢力を強めていたが、それでさえ、王であるピカちゃんにはかなわない。もしかしたら、ピカちゃんは香車に直接、緋の目を見せたのかも知れない。成りすましの香車は緋の目の王に、氷の一瞥を食らったのだろうか?あたしや周りには、何かのショックで記憶を失ったシャドウだと思わせ、騙せてもピカちゃんには通用しなかったという訳だ。シャドウとピカのコンビには、物事を両面から見るという基本の考えがある。この理念がまさか自分を救う鍵になるとは、師匠であるシャドウは思わなかっただろう〜。
分身達はこれで残らず合体し、今、小さな内側の円に一緒に入り込み、手当てを行っているのはオリジナル。
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傷を塞ぐ前に、破片を全部取り出さねばならなかった。手のひらの中で、力いっぱい握りこんだのだろう〜複雑に折り重なり肉に食い込みながら奥まで達したガラスは、なかなかの曲者だ。
虚血状態のピカは、普段よりも一層冷たく、既に息は無い。心臓は数えるのに時間を食うほど限りなく弱く、それでもまだ、打っていてくれた。
鼻をつまみ、口から息を肺に送る。ガラス片を取り除く作業を後回しにしたいところだが、そうすると、残り少ない血液をさらに無駄に流してしまう。
「香車!」
呼び出すというよりも、この場合、手が足りず、頼むという祈りにも似た気持ちだ。
戻され、再び呼び出された香車は、他の分身を吸収し邪推でいっぱいのさっきの奴ではなかった。綺麗に浄化され、純粋に、王の盾になる覚悟は出来ていると言う丁だ。これなら頼める。
言葉には出さず、考えだけを頭に浮かべる。分身はそれを感じ、思った通りに動く。本来のスタイルだ。
与えられた仕事を真っ直ぐに処理する能力、香車の特技だ。
上腕の止血の布を一旦解き、縛りなおすらしい。俺は余裕が無かったが、雑に折った布の段差さえもピカの白い腕には負担が掛かっていたらしい。布の幅を広めに丁寧に折りたたむと、宝物を包む様に腕に巻いて行く。その様が、離れていた時間を嫌でも想像させた。
香車は、前のミッションの時には俺から分離していて、おそらく、ハッキリとピカのイヤミを聞いたのだ。
『 そうか、貴様、ダミーでいいのか 』 を。
そして、まんまとそれをやってのけたのだ。
俺は、この窮地にあって、まだ、そんな小さな事を頭に浮かべている。バカだった。
何度目か分からない。こっちが酸欠になりそうでクラクラしてきた。そんな時だった。
俺の頭の中に直接、話しかけている。ピカの声に成らない、声だった。
『貴様・・・っ』
怒りか?それとも?
『・・たすけ・・・ろ』
上からだな、おいおいおい。
『ほしい』
何だ?俺はここだ!ピカ!
『黒・・の・・』
言ってくれ!頼む!
『・・・え・・ん』
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ズン!!
円の内側に漆黒の膜が現れた。
トクン・・
嫌な予感がする。
息をしていない子に親が何かするとしたら?
自分は、どうなっても構わないという気持ちだろう〜
『自分では解除出来ない』 奴は、確か、そう言っていた。もしも、ピカちゃんが呼び出しだけして逝った場合、黒の円を張ったままの状態で、奴も?
恐ろしい光景を想像してしまう。
それは、悲しいが本人たちには一番幸せな図なのかも知れない。
本人たちはネ。でも、それはあたしが困る。
弟子と孫弟子の二人を目の前で亡くすバカな親分ってか?
こっちも、あんたの親だってこと、忘れてるのかい?
逝くな。生きてこその緋。そうだろう?
両手を狭め、円の範囲を半分に、中の黒の円との調和を心がけた。黒ちゃん。あなたの背中を護っているのは私だよ。ひとりで背負うんじゃないよ。
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気が遠くなりそうだ。
酸欠の頭で、他の手は無いものかと考える。医療班に便利に使ってきたレオリオは遠く、ネテロの爺さんがトップに座っていた頃の協会でもねぇ。
今、有るもので考えろ。考えろっ。
ピカの唇は、こんなに冷たかっただろうか?
ま、さか?!
胸に耳を当てる。自分の心臓の音がうるさくてピカの鼓動が聞こえない。ますます焦りが増幅する。
時間!
時計は?
今、何時だ!
自分の張っている黒の円のお陰で、外も見えないのか?嘘だ!外からは見えないが、こちらからは見えるハズ・・、もしかして、ピカの思考がそうさせているのか?そうなのか?
俺が諦めたら終わりだ。ピカッ!お前、ずるいぞ。
もう一度、もう一度、そう思って息を吹き込む。
『こちらは済みました』香車から手のひらの処置を終えたと報告を聞く。『ご苦労、こっちに戻れ』
5,6歩下がり、俺の背中に触れる。そこから俺の中に染み込んで消えた。
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「くっ」 ピカだ。
顔を横に向けてやる。
「・・・」 何?
ふうと、息を吐いた。よし、自律呼吸が出来るか?それとも、息を引き取る前の深呼吸か?明るい考えの直後、自分でもびっくりするぐらい暗い考えが浮かぶ。
クラクラする頭を抱え、ピカの背中側に回り込み添い寝の形を取る。冷たい身体にできるだけ添うように密着した。
外で、ビスケはどうしているだろう?黒の円が発動したのを見たはずだ。上手く休んでいてくれただろうか?
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「叱らないの?」
二人共、生還した。
ピカちゃんはトイレと食事以外、まだ、横になっている時間は多い。クッキィちゃんを発動してやりたいが、円を長時間張ったお陰で、こっちもボロボロだ。それは、黒ちゃんも解っていて、黙っている。礼も言わないが、無理なオネダリも無し。ピカちゃんを寝かしつけたのか、ひとり、ひょっこり私の前に現れた。それを見ての声かけだ。
「俺には、その権利は無ぇ」 即答かぃ。
「どんだけ甘いの?」 呆れた。
背を向け、一言、ボソリ
「ピカは・・甘え方を知らない」
この一言は胸に突き刺さる。
生い立ちがそうさせているのか?自分もそうだと言いたいのか?弟子に対して責任を持つとは、こうゆうことだろう?全部ひっくるめて、親になることを請け負うということだ。世界言語が統一されて年数が浅い為、黒ちゃんの出身の極東の島国では、国内から外に出る習慣がなかったことも災いして、元から、よその言葉をしゃべる機会が無かった。一方、ピカちゃんは、それなりの教育は受けた様子だが、こちらは机上の言語で全く実用性に欠けるものだった。
辞書で見たことのある言い回しは、日々変化する生きている言葉ではない。
この二人が、いままで、どれぐらいの努力の末、心を通い合わせられるようになったのか?
逆に、言葉が足りなかったから、身体に躾けたのかは分からないが。ゼロか100かという極端な二択だけが全てではないのだが・・・
『自ら命を粗末にするようなことだけはダメだ』、と、厳しく禁止していたと聞く。ピカちゃんは、逆手に取って、『死にそうになれば、来てくれるのか?』と、問いかけたのだ。
「使い方、それと、呼び方をハッキリさせたほうがいいわね。3度目はもう、無しってことで」
「ああ」 解っている・・か。本当?
振り返ると、立っていたのは、ピカちゃんだった。
さっきまで確かに気配は黒ちゃんだった。表裏一体ということか。二人が一つになる。シンクロだ。黒ちゃんにしてみれば、ピカちゃんが自分を欲しているのか?という疑問を払拭出来たという訳だ。
「私は、明日から別の用事で此処を立つわよ。月末までの契約だから、それまでは好きに使っていい。エリカは29日になったら車で来る事になっているわ。それより早く立つようなら、連絡を入れなさい」
そのあとに言おうとした言葉は、あえて引っ込めた。
私の担当では無い。
スーパームーン
月に救われた。
*********** 了 ***********
秋の章に成ります。
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