season 3 四季の国 

□金木犀 〜 秋の章
1ページ/1ページ


「館を出る前に、ひとつ、確かめたいことがある」

 いつになくピカの声が硬い。その勢いに押されぬようにこちらも返事をする。

「何だ?王のつもりか?えっらい上からだな。
・・・何なりと・・」

「貴様、どこから入れ替わった?まさか列車の中か?」

「・・今更。ミーティングの朝だった。やけに目覚めの悪い朝だったよ。起きたらピカは隣に居ない。寂しくひとりで追いかけた、こう言えば満足か?」

 返事の代わりに、必殺回し蹴りが俺の脇腹にヒットした。

 回復し、どうやら、絶好調らしい・・。痛え・・。




******************




 何?
 嘘だろ?


 いつもの戯れのつもりだった。当然、避けるはずだと・・。それも、余裕で躱すと私が怒るのを知っていて、わざとギリギリで身体を入れ替える・・はずだった。
 

 ドサリ


 くの字に腹を抱え込み倒れる。


 な・・


 【凝】 


 師匠の身体を纏うオーラを探す。
 これは隠ではない。
 
「貴様!生身か?」

「・・やめろ。聞こえている。声がデカイ」


 ピカと言おうとしたが、声がついてこなかった・・。カサカサした声が、余計に悲壮感を煽る。
 親指の鎖を発動させようと右手を僅かに構え目を伏せる。瞬時にそれを制される。

「要らん」

「貴・・」

      ゆらり

 
 立ちのぼる青白い煙の様なモノは、オーラというよりも、煙草、いや狐火に近い。私には、それが、もはやオーラを練る力も残っていない身体なのだと言われているようにもあり、これから確実に死に向かって駆けていく覚悟のように見え、怯む。
 怖いという感覚ではなく、失うというか、半身を削がれるような痛さを感じる。

「なんて顔しやがる」

 狐火を背負った亡霊のような師匠が、ゆっくりと立ち上がり、ボロボロの見た目とは全く想像もし得ない力で、私の胸ぐらを掴む。もつれながらベッドに倒れこむ。

「俺も、ひとつ、確かめたい」

「なんだ?」

「俺の居ない間、誰と寝たのか?」

 これには、一瞬、言葉に詰まった。

 駒は、全くの別物なのか?それとも、どこかで本体も接し、感じるのか。そして、本体は、香車のことをどう位置づけているのか、そのへんが全く理解不能だ。さらに、以前、私が言った、ダミーでいいんだな、に対抗して、わざと充てがったとしたら、私こそ、いいように遊ばれたということになる。向こうが私を王と位置づけているのならば、ここは、それらしく上からの態度で通してもいいのではないだろうか?
下手な言い訳よりも、無言を通す策に決めた。

 更に、心を読ませないように一本の線をひいた。師弟といえども、踏み込んでいい場所は限られるはずだ。ここまで一気に考えを巡らす。目の前の男が、ただ飢えているようにも見えて来る。こんな男と、私は何をどうしようというのだ?何も生み出さない、力だけでねじ伏せる事を、私が望むとでも思っているのか?
 言の葉の掛け違いだ。
 ちょっとしたことだろうが、実際、今、私は下に組み敷かれている。それだけでも屈辱的だ。もしも、香車のしたような形に、私をしたとき、私は反撃に出ることと決めた。

 
 結果、狐火を背負った亡霊のような師匠を、

       紫の眼で睨み返した。

 戯れのつもりの回し蹴りから、まさか、ここまでこじれるとは思ってもみなかった。

       気がつけ!
 私は、こんな一方的な行為を一番嫌うということを!
 



******************


 倒れ込んだ場所がベッドでなければ、この時、俺はピカを殺していたのかもしれない。
 したたか後頭部を打ち付け、八方に散らばった金糸、青ざめた顔。


 質問には答えない。挙句、反抗的な紫で冷視され、ピカが遠のいた。
 瞳を覗き込もうとすると、静かに目を閉じ、さらに首を横に振る。読ませないつもりだ。


「口で言わないのなら、こうするまでだ」

 自分の吐き捨てた言葉が、思った以上に乾いた声になり耳に届く。俺の下に身体を組み敷かれてもなお、それは王だった。

 紛れもなく、俺が護ると決めた、唯ひとりの。

 頭ではわかっている。なのにもう、指先が止まらない。ピカのシャツのボタンをするすると穴に通し合わせを解いていく。一方で、ジッパーを下ろし、白い肌に剥いていく。唇へのキスは気が乗らないのなら、許されまい。首から下のフォルムを確かめる。ダミーではない。ヒヤリと冷たい身体。俺の手のひらが触れるとそこだけが微かに温まる。だが、すぐにそれは冷めていく。胸の突起も、舐めたり吸ったりした時は、固くなるが、触るのをやめると元に戻った。吐息のひとつも漏れはしなかった。
 
 身体でピカが言っている。どんなに舐め回しても、貴様のモノにはならない!と。

 意地になった。

 熱くしてやる。
 声を聞かせろ!

 足を広げようとすれば、まあ、それには従ってくれた。だが、快くという感じではなく、余計な傷を付けられるよりは、したいようにすればいいという風に。
いつもなら、つる植物のように静かにしなやかに背中にまわる腕も、今はダラリとシーツの海に漂うばかりだ。
 横を向き、閉じられた目は、何も感じてはいない。

 俺の手で、ピカの顔を正面に向けた。
顎をくっと持ち上げてもなお、金色の睫はピクリともしない。

 触れば触るほど、ピカの心が冷めていく。
間違いなく、これは本体で、今、俺の目の前にあるのに!

 
 その時、俺は知らなかった。
 自爆のスイッチにスレスレな行為だということを。



********************

 



 やがて、私に跨っていた足をどけた。ベッドのスプリングが押さえられ、胴が寝返りを打つ角度に浮くと、シーツに滑り込むように私を掬い上げ開いた足の中にすっぽりと収めた。ヘッドレストに背をもたれ、お互いに同じ向きに足を投げ出して座る格好になる。
  
     これは、私の好きな姿勢だ。

 もしも、クワガタのように裏返され、背中から後ろを抱き取られるような、いわゆるバックの体勢を最も嫌う。もしもそれになれば、香車と同じとみなし、完全に心を閉ざすつもりでいた。


 少し、私の気が緩んだのを、奴は見逃さなかった。耳元で、静かに、だが、確かに言葉を選びながら、これまでになく長台詞を語った。

 

*************


 「答えろピカッ。お前の心は今どこにある?血を流してまで俺を呼んだのはお前だろうが!俺は、お前が呼べば、どこからでも、影を、夜を縫って来てやる。そうゆう念使いだからな。お前が必要と言いさえすれば、俺はどれだけでも強くなれる。後方支援してくれたビスケと、月に助けられた。何年かに一度のスーパームーンだった。そうでなかったら、もしも、少し遅かったら・・・どちらかが今頃死んでいる。今は、空に月は無ぇ。皆既月食だ。ほ、んとぉ〜に、危なかったんだ・・見てみろ!ちゃっちい狐火しか纏えない。念無しの残しカスだ。だが、素でも腕力は負けねぇ。お前の態度が、そんななら、俺は。ピカと離れている間に何があったか、知りたいと思ってもいけないのか?俺は、俺は、ピカ、お前のことならどんな些細な事でも知りてぇ・・お前が何を見、どう感じ、これからどうしたいのか、何が好きで何を求めているのか、今、お前の心はどこにあるのか・・これだけ言っても、聞く耳さえ持たず、心を閉ざしてしまおうというのなら、いっそ、お前の手で俺を殺せ!」



 ザックリと切ってしまった掌の傷を、絶えずなぞりながら、親で、師で、しかも、ペアの念で繋がれた想いビトなのだと語りかける。



「里山に。お前の言う、ボロ小屋のある、あそこな。彼岸の頃、曼珠沙華の花が燃えるように咲くんだ。田畑の畦や、小川の小路に、列をなしていくつもいくつも。
 昔の合戦で野垂れ死んだ足軽兵たちの血を吸ってその色になったとか、残された女たちの未練が宿っているとか諸説あるがな。それもきっちり彼岸が明けると枯れてしまうんだ。そして、入れ替わりに金木犀が咲くのさ。
 庵の裏手、桜とは逆の、風呂場の奥な。あそこの金木犀は見事だ。樹形も綺麗で・・。

 あの木の下には、俺を逃がすために囮になった兄が眠っている。

 ピカが、俺とのペアなんか解消すると言うのなら、頼む。兄貴の隣に埋めてくれ。

 いつまでも、いつまでも、傍から離れられなかった。ビスケはそこに兄貴が眠っていることは知らない。
 言ってないからな。

 今、初めて人に話した。

 ダメなんだ・・。金木犀が咲く、この時期だけは、俺はどうしても人肌が恋しい。もちろん、誰でもという訳じゃない。

 信じられないだろうがな・・。

 聞いちゃいないか。

 まあ、独り言にしちゃ、ちいと長かったかな。悪かった・・。勝手にペアの念など・・。」





 俺は、そこまでで、ピカを身体から離そうとした。すると、それまで人形のようにただ身を任せもたれかかっていたピカの手が、俺の手を握り返した。

 届いたのか?

 それとも、最後の優しさか?


 振り向きざまに、殺られるのならば、せめて一瞬でいい、正面からまともに顔を見たいと思った。

 できれば、俺の大好きな、澄んだ目を。




 通じたのだろうか?ピカがクルリと身を翻す。

*****************




 


 


 

  
 振り向くと、そこには男の手が見えた。
胸がゆっくりと上下し、呼吸が浅いのがわかる。どんな顔をしているのか、視線を上にあげることを躊躇う。

 どうか、ひと思いに、殺ってくれ! そんな、破れかぶれな感情がビシビシ伝わる。

 そうだ。私が呼んだ。声に成らない声で。
夜を縫い、血だまりから出てきて、黒の円を張り、止血をし、私の心臓を動かし、口移しで酸素を送り続けた。

 

 私は。



 全力で、最速で、頭の中の辞書をめくり探したが、今の状況に沿う言の葉は見当たらなかった。謝るにはなんと言えば良いのか?言葉を知らない。


  
 静かに顔を上げた。

 怯えるように、すぐそこに男の顔があった。


 ゆらり


 植物が弦を巻きつけるように、しなやかにゆっくりと、首に腕を回す。

 覚悟したと言うように、目を閉じた。

 花びらが螺旋を描き解け咲き広がるように
そっと、キスを落とした。



 「私が死んだら、中庭の桜の傍に埋めろ。貴様は、私よりも先に死ぬことを許さない。例え死者であっても、私よりも大切というような口ぶりを許さない」


 
 小指の鎖が、心臓めがけて走る。縦横斜めに回り込み、矢尻が留め金となり留まった。ドクンと1つ大きく脈打ち、やがて鎖ごと穏やかに規則正しく打つ。縛られることで、繋がる喜びが伝わり、少し怖くなった。

 瞬きではなく、一度目を閉じ、深く息を吐く。部屋の空気がキンと静まる。ゆっくりと目を開け、正面から相手を見つめる。

  



Be loyal to your master.
Observe proper etiquette.
Do what's right withou besitation.
Show compassion for the weak.

   





   主君に忠義を尽くす
   人としての礼節を重んじる
   正しいことを敢然と実行する
   弱い者には慈悲をもって接する








 


       ----  了  ----

*****************

   ・ いよいよ、冬の章に入ります。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ