season 3 四季の国 

□渡り鳥  
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俺たちは季節の列車が終了するのを待ってリノに入った。セントラルからではなく、わざわざ遠回りしてハサンから登った。事前の情報によると、ニノア付近で、連続して通り魔事件が発生し、警察が犯人に繋がる情報を躍起になって探し回っているらしい。俺とピカ、それにエリカの国籍不明感は半端ない。その3人の珍道中を職務質問されたくはない。
 
 エリカは、手際よくリノの手前のシティホテルを手配し、ドアボーイからフロント、フロアマネージャーやルームメイクのメイドに至るまでチップを握らせたのだ。宿泊客の個人情報はもちろん、容姿の情報も固く口蓋をした。エリカの設定では、ピカは有名ピアニストの隠し子で俺は雑用兼ボディガードだそうだ。俺が納得するのだから、それを聞いた奴らもそうなのだろう。山あいのシテイホテルは、緊急時にドクターヘリが降りられるヘリポートを備えている。もともとこの辺は景観重視の田舎だった。観光客誘致と活性化を謳い文句に、大地主の七光りが議員となり声を上げた。地元民の高齢化、過疎化で有権者は数人。反対派も、歳をとった。山を切り開きホテル建設に押し切られた。そんな経緯も軽く聞いた。スタッフは他所からの派遣が9割のポッと出のホテルだ。
 
 さて、その隠し子は、セミダブルのベットの端から今にも落ちそうになっている。寝返りをうつたびにバウムクーヘンのように薄く巻き付いた絹のシーツから体温を感じさせないマネキンのような腕が出ている。大小二つの枕に頭を沈め、顔は見えない。

 茶色から薄らと白になった山の映像とともに
薄着の女子アナが高い声でニュースを読んでいる。壁に掛けられた大きな画面が、部屋の落とされた明かりのせいで、そこだけ切り取られた四角い世界だ。

「ん〜」

 慌ててTVのリモコンを探す。困った。ピカが点けてそのまま二度寝したのか?手の中にあった。

「はっ?」

 腑に落ちない映像に、一瞬、小さく声をあげ確かめるためにリモコンの録画ボタンを押す。
画面のフレームの下に録画中の赤いランプが点く。それが、まるで逆に、こっちが撮影されているかのように凝視される気配がして、身構える。この無防備な瞬間を狙われれば、ピカは無傷では済まないだろう。前を向いたまま聞き耳を立てる。

 ゴー という北風とともに、賊の気配が消えた。

 サイドテーブルに置かれたスマホがブルった。起きていたのか、ピカがそれをヒラリと取り上げる。

「・・・」  声は出さない。カツンと爪で弾いて通話が終わった。
 今更解説は要らないだろうが、1つがイエス2つがノー、3つだとそれ以外、決めかねるか考え中だ。
 これで伝わる相手は限られる。
まあ、ピカの番号を知っていてさらに向こうからかけて来やがるのはひとり。

「エリカか?」

 ピカはそれには答えず、俺の腕を掴んだ。ベッドに引きずり込まれる。若い男の汗の甘酸っぱい香りがシーツからもした。

「ピカ?」  ようやく目を合わせる。どうやら、ピカより先にエリカと言ったのが悪かったらしい・・・。沸点が低い・・。そんな小せぇ事でいちいち腹を立てられたら、命がいくつあっても足りねぇ・・。

「再生しろ」  本題からか。

 ピカを潰さない様に腕立て伏せの姿勢のままリモコンを操作する。一旦消えた画面はもう一度さっきのニュースの映像に切り替わる。寒そうな山肌をヘリで空撮しているのだろうか?

「この山・・」

「な?おかしいだろ?」  

「もう一度」  戻って再生する。

「ぐはっ」   不意に起き上がるピカの頭に俺は顎をアッパーカットされた。それはスルーされ、神経を画面に注いでいる。

「そこだ」  一時停止。

 小さな湖に撮影ヘリの影が映る。湖面から舐める様に紅葉の木々、そして次第に山の中腹へ。色が秋から冬へ移り変わる。茶色の木々が次第に灰色に、そしてさらに山頂付近を映し出すと薄らと雪だ。
 画的には綺麗だと思う。だが、この山、アナウンサーの説明とは別の山に思える。不審な点はいくつかある。ヘリが向きを変えたとしても、搭乗してカメラを担ぎ撮影しているクルーが、機敏過ぎないか?カメラが2台、もしくは操縦席前に取り付けられていたのならば、わかるが・・。ギリギリ、撮ってはいけない映像は切った感じだが・・。

「3つの画を切り貼りして流したのか・・」

「3つ?」

「ああ。一つは撮影ヘリの影まで。これで視聴者はTV局の撮影ヘリだと安心し、信じる。中腹からは尾根の位置が反転している。ここからが場所が変わっている。さらに上空、この動きは、人を乗せたヘリには出来ない。カメラ搭載のラジコンヘリと考えられる」

「このご時世。自社ヘリで撮影するか?」

「ほう?貴様もわかったか。湖面までの画はおそらく前の年の使い回しだ。中腹から先は視聴者もしくは現地付近での協力者、山頂付近の画が・・」

 ピカが言葉を切った。形のないものを掴むように、もがくように腕が空を切る。闇雲に振り回し怪我をする前にその手を捕まえる。すっぽりと鞘に収まったが剣は鞘の中にあっても震えている。恐ろしい。言の葉をかけ間違えば、この剣はガラスのように脆くも成り、正しく言えれば鋼のように強くも成るのだ。キンと空気が張り詰める。ピカ!そっちに落ちてはダメだ。

 この波長。やめてくれ。今、変調されては、リバースされたままの俺では言葉の力が無さ過ぎる。見たのだ。中腹から山頂に向く一瞬だったが、クルタの里。まばらになっていた木々を。一族惨殺の映像が、ピカの脳内でフラッシュバックするのか?山なんていくらでもある。しかし、4つの小さな尾根、稜線の形、特徴的な岩、切り立った崖、その下の深い沼。ピカの目をごまかすことは出来ない。
 
 俺は手を握り返した。

 大丈夫だとでも言うように、肩を叩かれる。

「飛行禁止区域じゃなかったのか?」
 
 シャツを羽織りながら背を向けたままピカが考察する。トイレには立ったがシャワーを浴びる気は無い。

「解釈はいろいろだ。人が乗っていなければヨシとも取れる。加えて、通信の方法と機器の小型化は確実に進歩している。貴様がそれに一番近い。野鳥とでも契約を交わして駒にするか?」

「わ、渡り鳥にカメラを搭載したってことか?」

「奇抜か?」  気が急いているのか、やや高圧な響きだ。

 確かに。そうかもしれない。想像してみるとカメラを括りつけられた鳥の気分になってきた。

「あのな・・。ピカ」

 テキパキと着替えを済ませた相棒は、ミディアムカットの登山靴の紐を器用に結わえ簡潔に言い放った。

「出かける」

 もちろん、俺もセットだ。わざわざ声をかけたのは、別の言い方があるとすれば「お先に」とか「後でな」だろうか。俺が宿の後始末をしている時間も有効に使いたいらしい。
 ジャケットをもう一枚投げつけてやった。

 微かに悪戯っぽく目だけで笑う。だが、すぐに真面目な顔つきで出て行った。

 パタン

 窓から階下を見下ろす。車寄せの屋根から出てきたのは、深緑色の四輪駆動車だった。運転手はエリカ。さっきの通話は迎えに来たという合図か。

 リノに来てまで別行動かと訊けば、保険だという答えが返ってきた。

 行動開始だ。

☆.。.:*・





 【消音】 エリカの数少ない能力だ。
これは、センリツの能力によって開発された。
とは言え、エリカとセンリツが協力し合って技を編み出したというよりも、センリツと行動を共にするにあたり、心音によって感情を把握されることへの恥じらいであった。センリツ側も、無断で心音を聴くことはしないのだろうが、チームを組んで動くとなれば、その時その時の作戦によっては、別行動も、入れたくない情報も保有することになる。
 結果、お互いを守る為、ということにしておく。念は、個々の目的があり、イメージや条件付けによって軽くも重くも出来る。エリカの【消音】は、外と中を隔てた空間とした。そして、指さした相手とのみ聴こえる状態をつくれるものとする。1対1の場合は、指1本を相手に向ければいい。これで、(滅多にそんなことは無いが)最大10人とは聴こえる状況をつくれる。
 一番良く使うのは、車の運転中に、ハンドルを操作するフリをして指をさし、小さく【消音】と唱える。すると、指の先に座っている人物とのみ会話することが可能だ。他に同乗者が何人居たところで、そいつらは眠るか他のことに気を取られて会話が聞き取れない。いきなりシンと静まり、耳が詰まったような状況を作り出すのはいけない。能力を詮索され、無闇に敵を増やしてしまうだけだと学習し、改良された。


 今、エリカの運転する防弾仕様のセダンには、センリツとバショウが乗っている。センリツとエリカは一応、親友の伝手と言う事になっている。その親友は闇の楽譜絡みでこの世を去った。演奏前のセンリツの元の姿を知っていると言えば、なんとなく付き合いの深さはわかってもらえるだろうか。


 エリカが軽く瞬きをすると、バショウの耳にも女同士のおしゃべりが届いた。

「・・・と、いう訳なの。お願いね」

「わかったわ。エリカも調べ物をお願いするわ」

「了解。迎えは2日後に」


 ボムッ


 重いドアが閉まると、滑るようになだらかな坂道を下って去って行った。
 つかみどころの無い、不思議な女。だが、センリツのお抱え運転手で、少しは遣える奴。
 バショウのエリカに対する認識は、薄かった。



☆.。.:*・




「今回の仕事はズバリ、宝探しだ。既にターゲットの屋敷も確認済み。バショウには間取り図と警備の様子を確認してきてもらう。任務完了までは直接、私に会わないスタイルで行こう。メールも勿論、通話は論外だ。間取り図はネットの架空サイトで新着物件とでも表示しろ。暗証番号は・・」
 ここで言葉を切る。なんだ?とクラピカの顔に注目すると、俺が自分の顔を見たことを確認しつつ、左手を素早く胸の前に翳し、グーに握った親指だけを軽く曲げた。(50)次に薬指と小指だけを曲げ拳銃のような形にする。(7)そして動作が済むと手を下げた。

 これにはこちらも手話で返事するべきか?

かるく卵を握る形の指を鎖骨に平行に動かす。
(出来る)
そして手のひらを胸に軽くあてる。
(わかった)

 これで了解したとクラピカが読んでくれればそれで良し。反応を期待した。大げさに笑って褒めてくれとは言わない。ほんの一言でも、頷くだけでもいい。カネではなく、気持ちのやり取りが欲しかった。
 だが、クラピカは、既に仕事モードだ。そっけなく踵を返し、姿を消した。

 「チェッ!」  おもわず、舌打ちをしてしまった。


 ☆.。.:*・


 まるで、壁か天井に貼り付いてそれを見ていたかのように、タイミングよくスマホがブルった。

「エリカか。脅かすなよっ!」

「なあに?ボスの陰口でも言っていたのかしら?」

「しねえよそんなこた」

「迎えは5分後、ボイラーの点検を装って屋敷に入って」

「5分、ってか正面から堂々とかよ?」

「コソコソするより、合理的」

 返事の代わりに画面をタッチして消した。

スムーズと言えばそれまで。だが、心のどこかで、エリカを受け入れられない自分が居た。






 ******** つづく ********
 
 

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