頂き物

□イカサマカジノ
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しん。と耳朶に染み込む静寂に包まれた、人里から離れた山奥に存在する森の中。鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫うように、赤い夕陽の光が斑な模様を地面に描き出す。
 人の気配が一切感じられない森の中、ただ一人立ち尽くす人影が在った。
「・・・・・・」
 周囲の静寂に擬態していると一瞬錯覚してしまう程に、微動だにしない青年。
 首筋に届く程に伸びたやや長めの金髪に縁取られた面立ちの中、両の瞼は閉じられている。
 一言も発さず、また動かずに、周囲を覆う木々の間に出来た僅かなスペースにただ立ち続けるまま。が


―ザッ


 微かな―草が擦れ合う僅かな音を耳で拾い上げた瞬間、青年の閉じられていた瞼が開かれた。
 瞼の裏に隠れていた青の瞳が滑る様に音の発信源に向けられると同時に、無数の『何か』が複数の空気を切る音と共に、青年に向かって殺到した。視界では辛うじて、残像でおぼろげに判断できる程度の速い動きの『何か』
 
 ヂャリリ!!

 それが青年に当たる前に、甲高い金属音が森の中に響き渡った。
 
 数秒の間に、青年の右手に這う様に出現した鎖。それに大きさもまばらな石達が一つ残らず弾かれて、地面や草むらの中へと飛び散った。当たれば間違いなく軽い怪我では済まない速度を持った凶器をいとも簡単に弾いた青年は、耳に痛い金属音に眉を顰めたが、動揺や焦りの色は一切見受けられない。
 今ほど宙を舞い、石を残らず叩き落した鎖が夕陽を浴びて鈍い輝きを放つ。その光に微かに目を細めながら、鎖が這っている右手を引いて鎖を自身の真後ろへと思い切り振り抜く。

「―うおっ!?」

 振り抜いて―直後、背後から何かが砕ける乾いた音と、人の声が彼の耳に届いた。

 背後から聞こえた声と、敵意が感じられない気配に青年は小さく溜息を吐いた後、声が響いて来た方向へと身体ごと向き直る。そこに居たのは、真っ二つに折れた太い木の枝―恐らく先程の鎖を受け止めたのだろう―を両手で持って呆れた様な顔で立つ、男の姿だった。

「・・・・・・人が集中して『纏』をやっている最中に、何を邪魔しに来ている」
「お前の念の精度試してやろうと思ったんだよ。―それよりクラピカ!最初から気付いてたくせに俺まで攻撃しようとすんな!直撃したら軽く骨折だぞ今の一撃!!」
「不意打ちしてくる相手に手加減をする義理は無い。大体、避けるにも十分余裕が在った癖に被害者面をして批難をするな、白々しい」
「・・・・・・本っ当、可愛げねぇなお前」
「それで結構」

 無残に折れた木の枝を林の中に放り投げながら苦々しげに呟く男に対し、しれっと言い切るクラピカと呼ばれた青年。そんな彼を前に、男は自身の髪と同じく黒い無精髭を手でさすりながら溜息を吐いた。
「でもまぁ大部慣れたみてぇだな鎖の具現化。今も反射で反応したんだろうが、すぐに具現化出来てた」
「訓練を始めてからそこそこ経つんだ。出来ていなければ逆に可笑しいだろう?」
 自身の白い上下の服に飛んだ木屑を手で払い落しながら言う男に対し、当然の事だと涼しい顔のままのクラピカ。右手から具現化した鎖が地面に垂れ下がったままの彼の姿を見て、男は微かに目を細めた。
「―大したお言葉で」
「・・・・・・嫌味か?」
「おいおもむろに鎖引き戻して構えんな。どっちかーつうと褒めてんだぞこれでも。前々から言ってるけどな、念の習得スピード、お前化け物みたいなレベルの域なんだからな」
 いつの間にか右手に引き戻した鎖を構えるクラピカに対し、中途半端に伸びている黒髪を手で掻き乱しながら再び溜息を吐く。彼の溜息には呆れの色が色濃く滲み出ており、それは彼と対峙しているクラピカにも十分に読み取れた。しかし、クラピカは全く気に掛ける様子も無く―淀みの無い口調でハッキリと返す。


「大いに結構だ。―化け物と恐れられている連中と戦うんだ。その程度のレベルに到達できなければ、私の目的など到底達成できないだろうからな」


 断言したクラピカの青い瞳には、虚勢や見栄など一カケラも感じられない。
 真っ直ぐと目を逸らさず、真正面から見返すその瞳が、無言で嘘偽り無い本音なのだと声高らかに主張していた。
 己よりも明らかに年若いクラピカの、迷いなど微塵も無い言葉に男は一瞬目を丸くし、口を開きかけたが、瞼を落とすと同時に開きかけた口を閉じた。

 言葉を紡ごうとしたが―止めた。
 迷いすら切り捨てた決意に、まるでか細い糸の上を歩いている様な脆さを感じ取った故に。

 替わりに、男は今程口に出そうとしていた言葉とは全く違う事を言い出した。
「・・・・・・んじゃ、その化け物の成長促進も兼ねて、組み手でもするか?念の精度を鍛える事も大事だが、根本的な体術を鍛える事も同じくらい大事な事だぜ?お前、ここ最近念の方にかまけてばかりで、そっち方面がお留守になりがちだっただろ?ここいらで補強しとけばどうだ」
「・・・・・・」
「相手してやる」
 無言で自身の顔を見つめるクラピカに対し、にやりと口元を歪めて笑って見せる。
 男の挑発とも取れる不敵な笑みを数秒黙って見返していたクラピカだが、唐突に彼の右手に這っていた鎖が虚空に溶ける様にして、消えた。そして、即座に右足を軽く後ろに引き、両手で握り拳を作り、身体の前に持ってくる構えを取る。
 行動で肯定の意を示した弟子を前にした男は、口元の笑みを更に深く刻む。
「―上等」
 呟き、地面を蹴って、目の前の青年へと向かって距離を詰めた。


 ―本当、とんだ変わり者を弟子にしたよな、俺。


 頭の中で考えながら、それでも攻撃を受け止める手を休めぬままに、男は自問自答する。
 初めて出会った頃よりも、幾分と重くなった一撃一撃の重みは、確実に目の前のクラピカという青年が実力をつけ始めている証拠でもあった。
『・・・・・・さっきはお留守にしがち。とは言ったが、それでも中々・・・・・・』
 腹を狙って繰り出した拳が、クラピカの手で受け止められる。
 それを今度は足で胴体を狙い、攻撃を察知したクラピカが背後に飛ぶ。結果、掴まれていた手も解放された。
 背後へと飛んだクラピカとの距離を更に空ける為、男も背後へと地面を蹴り、飛ぶ。
 
―ひよっ子だと思って割にゃ、目覚ましい成長だな。

 足が地面を捉えたのを認識しながら、出会ったばかりの彼の姿を脳裏に思い返す。
 確固たる暗い目的―復讐の為に貪欲に力を欲して、自分の元に念の教えを乞いに来たクラピカの姿を。
 あの時は覚悟だけが勝手に独り歩きにして、実力が追いついていなかったが―ここ最近はどうやら覚悟と実力が足並みを揃えられる程度に、クラピカ自身が成長を遂げているようだ。
 真っ直ぐに自身を見据える一対の瞳を前に、男は目を細めた。
『コイツの能力自体も、博打みたいな不安定なモンだし―本当に変わり者で、厄介だ』
 その変わり者で厄介な相手を弟子に取った自分自身の事は棚に上げ、彼は苦笑する。

「―何が可笑しい」

 瞬間、ムッとした表情を浮かべたクラピカが地面を蹴り、真上に跳躍。
 重力に逆らわず、そのまま落ちるクラピカは、着地点に居る自身の師匠に対し、躊躇いもせず拳を振り下ろした。
「いんや、別に?」
 自身に振り下ろされる拳を、横っ跳びで回避しながら、男が素知らぬ顔で返す。

 復讐に取り憑かれたクラピカ。
 そんな復讐者を生み出し、知らないとはいえ追いかけられている蜘蛛。

『・・・・・・まるで、非合法なカジノだな』

 何度かたまたま足を運んだことが在る、煌びやかな世界を思い出す。
 外面はきれいに飾られ、しかし、内面は騙し合いと腹の探り合いで真っ黒な夜の世界。

 さしずめ、蜘蛛がどんな手を使っても、客を勝たせまいとするディーラー。
 そしてクラピカがそのイカサマを見破ろうとする客だ。


 カジノの舞台は―彼自身が捕らわれている、復讐という道筋が置かれた彼自身の世界だろうか?


 あながち間違いとも思えず―男は小さく、嗤った。


 命という、一度失ったら取り戻せないチップを手に。明らかに分の悪い賭けに遠くない未来身を投じるであろう、目の前の弟子を前に、嗤った。













あとがき - 梓



 
 皆様こんにちは、梓です。
 不定期更新続いてますが、生きてます(爆)

 二色 恋さんリクエスト
「師弟対決」
 です。

「何故戦う羽目になったかは丸投げで♪」との事でしたが、付けてしまいました理由(おおい)会話が書きたかったのでつい;
 
 戦闘シーン楽しかったです(書くの)







ぎゃ〜♥ ありがとうございます - 二色 恋

「喜んで、頂戴いたします(^^)HPの梓さんの小説コーナーに、また一つ増えて嬉しいです。m(__)m 」




 熟読。
鎖が石礫を捉える動きが、ヂャリリ!!という何とも言えない音で表現してあったり、クラピカも素直ではないけれど、師匠には一目置いている様子がとっても好きです。
 そして、師匠のクラピカにかける言葉も、それを解った上で、可愛がり方が、ちょっと斜め上にひねくれている〜。
 師匠がカジノに行ったことがある・・のも、仕事ですかね?サラリと一行。なんか、そこらへんも今までいろんな賞金稼ぎをしてきたような影を感じました。締めの嗤笑の「嗤」を使うところが、負ける確立が高いのに送り出す師匠の苦々しい顔と複雑な胸の内を上手く表現しています。読みは「あざけった」じゃなくって「わらった」と読みます。

 ストライク! 内角低めにカーブで^^

 ありがとうございます。お手数をおかけいたしました。

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