Prismatic

□Prismatic W〜
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「くっ・・・」
「うっ・・・」


 俺を真っ直ぐに見る茶色の目は、単純に俺だけを心配している。そして、おそらく何度も自分からhomeに出戻るを繰り返して来たのだろう〜。次にピカから紡がれるであろう、別れの言葉。言わせない。物事をそう、単純に直列つなぎで考えたことは、近頃、無かった俺だが、考えるよりも先に目の前のピカの柔らかい唇を塞いだ。
 驚いた筈だ。立ったままの身体が硬直している。固く閉じた唇をこじ開ける。すると、これ以上の侵入をさせまいと歯を食いしばる。俺は作戦を変更した。背中に回している腕でピカの胴をきつく締め上げた。鼻から呼吸をすればいいなどと、冷静に考えれば分かるのだが、咄嗟に思いつかない。酸素を求めて緩んだ。素早く歯列を割って口腔内へ舌を滑り込ませた。今度はピカの舌が俺と交差しないように奥へ引っ込んだ。だが、これでは息はできまい。ますます苦しくなり、遂に俺に堕ちた。可哀相に、そろそろ息継ぎをさせてやるか。腕を緩め唇を離す。だが、まだ俺の腕の中だ。(逃がさない!)なぜか、保護者としての責任感を独占欲が跳び越していた。

 あくまでも今、この時だけだ。そう、目が怒っていた。


 息が整うと、ようやく俺と喋る気になったのか、ピカが声を出した。

「・・・・それで、私をどうしようというのだ?」

「ピカ。homeでは何と呼ばれていたんだ?」

「答えなければいけないか?」

「ああ」

そうですか、と、面倒くさそうに前髪をかきあげる。この仕草は初めて見る。コイツ・・・無意識か?いや、無自覚か?
そして、斜め下に視線を逸らし、吐き捨てるように呟いた。

「Rー404」

「はぁ?イマドキ、アンドロイドにでも、もうちょっとマシな呼び名を付けるだろう?」

既にピンクに染まりかけていた俺の脳内では、R15指定やR18指定が飛び交った。おいおい、そこじゃないだろ、と、自分を線まで引き戻す。

「あのhomeでは、いったい、何が行われているんだ?」

「言えない」

「何故?言えない?」

「サインした。中の事は喋らない。忘れたと答えろと言われている」

「だが、忘れちゃいないんだろ?小さなガキじゃあるまいし。第一、お前には他の小さな子どもらが一目置いていた。シスター達からも人望はあった筈だ。俺と二人の仮暮らしになってからも、ただの一度も友達からの連絡も来ない、こっちからもしない。携帯の使い方が分からないのかと思えば、しゃあしゃあとパソコンを操作してみせる。お前は、何なんだ?」

「嫌いなんだ・・・」

 ここまで、俺の腕の中に居ながらもスキあらば振りほどき逃げようとしていたピカが態度を一変させた。泣き出しそうな顔、そして一瞬で、無表情に変わる。(何を見てきたんだろう?地獄を見た後、飯にありつけて、雨風が凌げる屋根の有る建物に居れるだけでもいいとか、とにかく、生きているだけでいい・・・みたいな、ギリギリの空気だ)

「今すぐには話せない。だが、貴方が私の事を本当に大事だとか好きだとか、上手く言えないが、それが私に伝わったならば、その時は少しづつ話す。それで、勘弁してはもらえないだろうか?」

「いいだろう」

「私を、貴方の腕の中から、解放してはもらえないだろうか?」

「お前なぁ。離せ、でいいんじゃねぇ?言ってみろや」

「は、離せ」

「言えるじゃねぇか」

「Bと云うのは、俺の仮の親の名だ。この歳になっても、肝心な時には連絡をしてくる。俺とピカは、まだ日は浅いが、いずれ、Bにもひけを取らないような良い関係に成れればと思う。何の保証も自信も無いがな。繋いでいるのは手首のコレだけだし、どうやら俺はピカ・・お前には嫌われている様だ。残〜!」

 いきなり、話を切られた。ピカが飛びかかって来たのだ。直後、玄関のドアが蹴破られ壁には数発のタマが撃ち込まれた。土足のままドスドスと数人のスワット部隊がピカと俺を引き剥がした。俺の知らない言葉でピカに何やら指図し、ピカは俺には触るな!のような言葉を繰り返す。

 常時繋いでいるはずのパソコンの電源がいきなり切れたことで、かえって相手に居場所を知らせてしまったようだ。




 抵抗もむなしく、拘束され猿轡を噛まされる寸前に、ピカが俺をこう呼んだ。









 「Dad !?」






ガシャガシャとフル装備のスワットが去っていった後で、ようやく、気がついた。

”斜め下に視線を逸らし、吐き捨てるように呟いた。”

 ピカはコンセントを引き抜いた俺に、一生懸命サインを出していた。つまらない話しは、逃げながらでもその後でも出来た。手首のバンクルはみるみる速さで色変わりをしていく。

 もうひとつ、忘れていた。

ピカは、数時間ごとに薬を飲まなければいけない身体らしい。その薬は、俺がここにまとめて持っている。

バンクルの色が緑に変わった。



















 仮の親-side


他人の為に中古のフレームを探し
新しいマットやシーツを用意する
歯ブラシが洗面所に2本
マグカップが2つ
食事の用意が楽しくなった


煮詰まったら
冷えた緑茶を飲む癖も
パジャマなど着ず
Tシャツにトランクス
そんな姿も見せた


それが普通に成った頃
ピカは突然
拉致られた
バンクルが
黙って色を変える


助けてくれ
とは言わずに
俺には指一本触れるなと
知らない言葉で叫んでいた















「まだここに居たというのは、正解だわサ。ま、動けなかったというのがホントの所だろうけど。少し待てば、もしかして、アタシに会えるかも?なぁ〜んて?」

 銃弾の跡を見ながら、かすれ声でビスケが喋る。

「・・ああ。正解だ。バンクルは俺が動かないことで、ここが 拠点となっている。俺が動けば基準値がずれ、ピカが何処に居るのかつかめなくなる。それに、たいした策も練らずに闇雲に動いたところで、成果は期待できない」

「そうよ。なんだ・・頭は冷えているじゃない?だったら、いつものように、アタシを利用して、なぞなぞを解いたらいいんだわサ。ただし、どこまでしてやっても仮の親っていう事を踏まえてね」

 俺を正面切って睨みつけていたかと思えば、弱そうに視線を外す。どんなに親身になったところで、それは契約上、そうしていると捉えられても仕方がない・・と。

「・・感謝している」

 これには、ビスケが固まった。

「やめて。まるでこれっきり逢えないような口ぶりね」

「俺も学習したんだ。人と暮らすってことを」

「へえ〜感心なこと」

「ビスケは、何を知っている?」つい、普通の声になった。

 さあね?という手振りをして、おどけて見せた。だが、目は笑っていなかった。
 ビスケが壁に掛けてある古い小型のラジオを見あげた。

「ピカが持って来たものだ。身元を辿る唯一の遺品だとか、そんな意味の事を言っていた」

 ビスケはラジオを壁から外し、家の中の電化製品に次々に近づける。すると凄まじい音でハウリングを起こす。俺は反射的に工具箱を開けドライバーを手に取った。

「自分から盗聴器持参?」

 とにかく、仕込んである盗聴器をブッ壊すまでは、かすれ声での喋りが続く。基盤を順に外しながら、ふと、人体解剖の画がフラッシュバックする。

「くっ・・」

 俺の変調に気がついたビスケが、手からドライバーをほどく。ソファに座らせ冷蔵庫のペットボトルの緑茶を湯呑みに注ぎ俺の両手に握らせた。

「まだ、治っていないとはね?」

「治らねぇよ」

「その傷を抱えたまま、これからも?」

「これごと俺サ。ビスケがそう言ったんだぜ?」

「ウサギちゃんは、もっと重症かもよ?」

「わかってる」

 ソファから立ち上がり、作業に戻る。
 
 ラジオには不要な黒いboxを取り外す。蓋を開けると、まあ、一般的な盗聴器が現れた。これがラジオのアンテナから・・・ということは、飛ばした電波を受信する為に案外近くに居て聞き耳を立てていたか、日に何度か車で来て近所に停車し傍受していたのだろう。ピカが知っていて喋らなかったのならば、俺は道化だ。
床に転がったユニットごと、4,5回踏み潰すとそれはすぐに、ただのゴミになった。

 ほぼ同時に家の外で車が急発進をさせた。

「追いなさい!」

 片手を挙げて合図をし、俺はバイクにまたがった。

 ビスケは俺が左折するまで、小さくなりながらミラーの中に写っていた。








暴走車は、俺を巻いたと思ったのだろう。路地を抜け本通りに合流すると、ドライバーが替わったようにしなやかな滑り出しで周りの車の流れに飲み込まれた。俺は取り壊し寸前の立体駐車場から、それを見下ろし車が見えなくなるまで目で追い、行き先は、やはりhomeだと見当をつけた。
 コンクリートから鉄筋がむき出しになっている階段へ腰を下ろし、これまでの経緯を振り返る。そもそも、homeでは年少児が貰われやすい。何らかの傷を抱えて入所してくるのも小さい子どもだ。だとしたら、ピカはその出入りをどれくらい見てきたと言うのだろう〜。17だと?それが、やっと出られたと思ったらこれだ。意図的かどうかは不明だが、かなり言葉を制限されていた。勿論、ウサギ目に成らないように自分で感情を抑えてきたに違いない。ならば、俺の家でウサギ目に成ったということは、ようやく自己を開放したということか?禁止され言える言葉が少ない中から、叫んだ、あの一言が、ピカの気持ちの全てだと信じてもいいだろう。

「Dad!?」

親父・・・初めて呼ばれた。

それから、ビスケが、俺がバックミラーを見ていると知っていて言った言葉に、胸が熱くなった。

やれやれ。

『守るものが見つかれば、アンタ、今より断然、強くなる』

スーパーマンでもスパイダーマンでも無ぇ。ただの親父サ。

煙草に火をつけようとしたが、灰や吸殻で足が付くのもつまらないと、思い直しジャケットに仕舞った。

 ポケットの中に、ピカの薬も入れてきた。テーブルにあるのをひっ掴んで出てきた、というのが正しい。おそらく3日分程だろう。昨日の昼に飲ませてからまるまる24時間経つ。手首のバンクルは黄色。だが、点滅を繰り返している。距離は近いが、俺と離れて時間が経ちすぎている。

 バイクを茂みに隠し、徒歩で忍び込む。教会の門は、いつでも信者が出入りできるように開いている。おそらく、表の顔だ。建物の壁に貼り付くように登っていく。古い煉瓦は、手掛かりには助かったが、もろく音をたてて割れたりもした。その都度、動きを止め周囲に耳を澄ませた。15分かけてようやくベル塔にたどり着いた。ここは、下まで空洞になっている。下での話し声が、まる聞こえだ。

「Rー404 その後の様子は?」
「相変わらずだ。寝たふりだと気がついているんだが扱いが難しい」
「拘束具は外せ。その代わり、水の中に浸けておけ」
「了解」

(嘘だ。今まで拘束具のままだったのか?水の中にだと?何て事しやがる・・)

 まるで自分がそうされているような怒りを感じた。いや、それ以上の足の裏から頭の先まで燃えるような怒りだ。血がたぎり、力が湧き上がる。

 ベルを鳴らす為の太いロープを伝い、喋っていた二人の頭上へ降下した。ひとりは瞬殺。もう一人を後ろ手に掴み首筋にベンズナイフを突きつけた。魚の骨を模したナイフは、何本かの突起が男の首に食い込んでいる。

「顔を見るな。見たら殺す。声を出しても殺す。そいつのところに案内しろ。ひとりでだ。意味、わかるよな?」

 首筋にナイフを当てられたまま、男が歩きだす。コツコツと石造りの建物に靴音が響いた。



 教会の裏に、こんな近代的な建物があっただろうか?表からは全くの死角、工場か?たとえ隣同士に並んで建っていたとしても、その二つの建物に密接な関係が有るなどと、誰が考えるだろう?たまたま、隣が工場だった(教会だった)そう、思う。・・・俺も、そのひとりだ。

 浮かんだ考えを顔に出さずに、男に密着して歩く。停電しているのか?建物の中は昼でも暗い。手首のバンクルを見る。緑。だが激しく点滅している。やがて青に変色した。歩くうち、目が暗さに慣れてきた。

 頭の中に、直に話しかける声がした。いや、話しではない。歌だ。初めて聞くが、なぜか懐かしい音色だった。

『月夜に青い薔薇が咲き、鏡の中の針が重なるとき、飛べない魚が走り出す』

なんだそりゃ?

 



 ピカの匂いがした。

 ここまでくれば、案内は要らない。静かにナイフを水平に引いた。

 バンクルの光は藍色。

 おびただしい数のガラスケースが並んでいる。大小さまざまな実験動物たちが、それぞれに一匹づつ。まさか、まさか、ピカがこの中の何処かに居ると言うのか?

バンクルの色が紫に変わり点滅が止まった。



 この寝姿は見覚えがある。部屋の隅に家具に挟まって膝を立て頭を両手で覆っている。あの格好は、ここで覚えたんだな。何のプライバシーも存在しない。このスケルトンハウスで。


 

「ピカ・・?」





Pikt - side






『月夜に青い薔薇が咲き、
 鏡の中の針が重なるとき、
 飛べない魚が走り出す』

 聴こえたのか
 私の歌が




 バンクルの光が知らせる距離
 青 緑 黄 さらに橙 
 時間を点滅が
 このまま
 心も離れて行くのだろうか
 



 迎えに来たのか
 それとも
 殺しに来たのか
 藍 そして 紫
 点滅が止まった

 

 顔をあげることが出来ない





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