Prismatic

□Prismatic 橙〜
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【 橙 】





「ウイング!それは、何とかならないか?」
「10月からこちらに来られるのでしたら、編入だと申し上げた筈です」
「だから、聞いてねぇんだって」

 職員室と教頭室の間に給湯室と放送室が挟まっている。どちらに多くのスペースを取るか、もう少し考えれば良かっただろうにと、パッと見た瞬間、誰でもそう思うだろう。今、職員室から給湯室に逃げ込むウイングを俺は捕まえた。俺に睨まれて、戸惑いながらも、この学校の年間の行事その他諸々をざっと事務的に流す。俺は、イライラしながらそれでもウイングの話が一通り終わるのをジリジリと待ってやった。

 判でついたように、チャイムが鳴る5分前には、隣の放送室に委員の腕章を付けたゴンとキルア、それにウイングの弟子のズシの3人がやって来た。各教室へのスイッチをonにする前に、軽く喋りを繰り返す。

「今日はキルアの番だよね?」
「はあっ?ズシだろ?」
「違うっす。ゴンさんの前に自分、喋りました」
「めんどくせぇ〜オレ、一回パス!」
「嘘っ!無し無し。ちゃんとやろうよ」

突然、放送室に俺が入っていくと、3人が固まった。同時にチャイムが鳴り響いた。

「モメるんなら、ちょっと貸せや」俺は脅すつもりは無かったが、全身から漲るオーラを隠しもしなかった。
「はい。先生・・・」

 そこへ青い顔をしたウイングが飛び込んだ。何かを察したキルアが放送のスイッチをonにする。俺はキルアだけに見えるように親指を立てた。別に・・という顔をされたが。

「わかりました。しかし、これは特例です。私一人で今すぐに判断をし、回答せよとのお申し出に、正直、困ります。貴方の仰りたい事は、編入していきなりの定期考査では生徒に不利だ、せめて問題の文章を生徒が分かる言葉で書き直すか翻訳器、または通訳の教員を配置しろと、そうゆうことですね?また、翻訳器の音が他の生徒に耳障りなので、編入生徒を別室にて受験させよ、と」

 ここで、ウイングはスイッチに気がついた。スイッチに一番近いズシに向かって睨みを利かせたが、ズシは単にウイングと俺が口論をしつつ放送室に寄りかかって来てしまった程度に見えたらしく、(スイッチを切れ)の心の言葉は通じなかった。ザマーミロ。
















「いろいろ考えてくれているみたいね?」
 
 保健室にはセンリツとレオリオが居た。
ベッドでクラピカが休んでいる。間仕切りのカーテンが引かれ、顔は見えない。クラスの奇異な視線に午前中、耐えたものの頭痛がすると担任に訴えた。落ち着くまでという約束で、にわか担当医となってしまったレオリオは、スピーカーから嫌でも聴こえるウイングの説明を頭を抱えて聞いていた。

(D来て)


「こういうタイプの生徒には、そっとしておくという緩功性の薬が一番なんです。それを・・先生方は、まるで1秒でも速く、全体の流れに合流させようとなさる・・制服が出来てくる間、私服で登校するのも勇気がいる。それでなくても目立つ容姿。本人の性格とは真逆の・・・」
「まあまあ」

 ティーポットにたっぷりと茶葉を入れ、ゆっくりとお湯を注ぐ。香りと温度を逃がさぬように蓋をしてさらにティーコゼで包む。優しい香りに、カーテン越しのクラピカが声を出した。

「アッサム?」

「そうよ。貴方もいらっしゃいな」

しばらくしてカーテンが開いた。
ほぼ同時にドアのノック音があり廊下の引き戸が静かに動いた。UVカットガラスの保健室に比べると廊下の方が明るい。逆光になり、こちらからはシルエットだけが見えた。
 
(帰るぞ)

 紅茶には見向きもせず、クラピカが磁石のようにシルエットに吸い寄せられた。

「先生、今日はもう、フリーですか?」レオリオの問いに応える。
「ああ。非常勤だ。午後の授業は今日は無い」
「お茶をいかが?」センリツが軽く引き止めた。
「迷惑をおかけしました。これからサボリの生徒を送り届けて来ます」軽く断った。
「何時でもいらっしゃい」柔らかい声を背中で受けた。




 
 北に海が見える高台。この国で4番目ぐらいの街のはずれに位置する。市民が憩う公園や申請すれば誰でも使っていいグランド、野球場、8面あるテニスコート、大小2つの体育館、高飛び込み台がある。公式の大会が開催出来る室内50mプール、25mのサブプール、そして、隣接する初等部から中等部。456年生の高等部、上は学部までのできるだけ一貫教育を。これがこの学園の売りなのだ。海外の学校と提携しており、肌の色、目の色の違う留学生も珍しくはない。ただしこちらの新学期に合わせ、普通は4月に入ってくる。10月からという半端な時期に来れば、嫌でも注目を集めてしまうのだった。
 ウイングに礼を言うつもりが、文句になってしまったのだ。心では申し訳ないと思いつつ、自分自分のお気に入りの子供を護ることで精一杯だった。俺が放送室に入っていった時のウイングの青い顔が忘れられない。勢いで俺がズシに対し、何かをすると考えた。そうでなかったら、あの慌てぶりは・・殺気を感じたとでも言うのか。
 ウイングが用意した3つの候補の中から、学園の森を抜けた南のマンションを選んだ。教師用の住宅はいっぱいだったらしい。ピカと住む俺にとってはかえって有り難かった。部屋数は2つだが、広いリビングが気に入った。オール電化と、セコムだかアルソックだかの防犯サービスが付いていた。これを俺は断った。「俺以外の誰も信用するな」今のところ、ピカに言える唯一の確かな事だった。常用していた麻薬が身体から排出されるにはかなりの時間を要する。先生だかなんだか知らないが、俺の目の届かぬ所で、ピカに食べ物や飲み物を勝手に与えないで欲しい。それが、あきらかに独占欲だと自覚し、俺は身震いがした。

 帰宅し、すぐにシャワーを浴びる。どうやらこれがピカのスタイルらしい。ダイニングテーブルに紅茶を煎れたカップを置いておく。少し冷めた頃、椅子に足をのせ膝を抱え込む。ようやくピカが手に取る。両手でカップを包み込む。

「さっき、飲み損ねただろ?」

「ああ。Dの煎れたのでいい」


 

 珍しく素直な返事に、振り返った。



『B
 広大な敷地は、学園の所有。既に法人化されている。市民に貸し出されるさまざまな施設、この建物の建設費と所有権は自治体にある。要するに、学園に借地をして土地代抜きで施設を作ったらしい。その代わり、学校行事で使い放題、生徒も真面目に掃除をするから、下手な業者を入札で選んでおばちゃんに掃除させるよりランニングコストが安上がり。あくまで表の顔。
 Cが、初日で馴染めずに午後から早退した。今日はこんなところだ。  D』





C- side





仮住まいだとDが言う
いつまでとは聞かなかった

学校へ行く
皆の視線が突き刺さる

数学と英語の板書が解り
音楽だけは言葉の壁を感じなかった

クラブと選択授業について
提出の紙を渡されたが

二つの仕事をこなす
Dに相談するべきだろうか

私が何か言うことで
この生活が崩れたりしないか













【 黄 】






「でさぁ、こう、何か、キラキラしてて」
「綺麗な人だよね?」
「転校生だそうです。本来は5年生の学年だそうですが、病気がちだったそうで、4年生のクラスだそうです」
「おっ?ズシ、何で詳しいの?」
「すみません。これ、内緒って父から言われていました。ゴンさん、キルアさん」
「ヘイヘイ。聞かなかったことにしますよ」
「おまえな。おれたちが他所の奴らにペラペラ言いふらすとでも思ってるワケ?」
「すみません」
「まあまあ、キ〜ル〜ア〜。ズシだって、先生の子どもだからって、大人の会話を盗み聞きは良くないよ」
「オオッ?コイツ、ひとりだけいい子チャンだぜ?」
「そんなんじゃないって」
「じゃぁな。明日、また寮の前まで来いよ。あんまり遅かったら、起こしに来いよナ!」
「無理っす。特別棟ですよ。寮生以外、入室禁止っす」
「アハハ、冗談の通じねぇヤツ!」
「じゃね。キルア」
「ああ」

 特別棟への小道をキルアが駆けて行った。整備された歩道を進むとようやくゴンの住むマンションが見えてくる。マンションとは名ばかりで、築年数不詳の古いタイプを今風に一昨年リノベィション、足りないセキュリティを外部の会社に委託することで、ようやく学園と特別借り上げの契約が結べたというシロモノだった。
 ズシは二人のお喋りに付き合って、教員用住宅をとっくに通り過ぎている。ゴン、キルアとの会話は自分には無い感覚やテンポ、それに学年の壁を全く感じさせない気楽さも好きだった。学園から直に教職員用の住宅に戻っても誰も居ない。ちょっと遠回りぐらいがちょうど良かったのだ。

「よっ。今、帰りか?」
「あ、レオリオさん」
「さんは要らねって・・ゴンと、えっと」
「自分、ズシと申します。初等部です」
「レオリオだ。転校生のおかかえ医ってことになっているんだ。大抵、保健室に居るんだが・・」
「「転校生って、あの金髪の?!」」
「そんな、デカイ声出すなっつーの」
「「あ、ごめ、すいません」」
「ねぇ、もしかして、ルームシェアしてるの?」
「いや。移動中は一緒だったんだ。保護者の依頼でな。あぁ、良かったら、部屋、寄ってくか?」
「いいの?」
「な〜んも」

 エレベーター無しの4階。急な階段、踊り場でも途中に1段あるタイプだ。レオリオが自分のペースで進むので、ゴンとズシはどんどん先を登った。下の方で「若けぇなもう」という呟きが聞こえた。

「ここだよ。403号室」
「ゴンさんのお部屋のお隣なんですね?でも、どうして403の隣が405号室なんですか?」
「ああ。それはな、昔のタイプの部屋だからな。こっちの国では、4を死9を苦と読んで、縁起が悪いとしたんだろうよ」

 レオリオがそれを言い終えるか終えないかというタイミングで、隣のドアから黒と転校生が出てきた。黒が転校生を庇いながら、ドアに鍵を掛ける。出かけるらしい。あっという間に階段に消えた。

「嘘だろ?」
「見たか?今の・・」
「ええ。確かに」
「おかしいよ。だって隣っておれの部屋だよ?」
「じゃぁ、ヤツは今、何処の部屋の鍵を掛けたんだ?」

謎が増えた。
遠慮なしにオレンジジュースをおかわりしながら、ゴンが言った。
「じゃぁ、その転校生って不思議な力をもう、使えるんだね?」
(ああ。驚いたなんてもんじゃねぇ。危うく飛行船をぶっ壊す勢いだったぜアレは。だが、オレが言えるのは、これぐらいだ。何処でおっかない黒が聞いているか分からない。又は、狙撃屋がこっちを狙っているかも知れないのだ。『これから、色々と、ありえないことが身近に起こるかもしれないわサ。でも、いちいち細かいことを気にせず、この子の体調にだけ気を付けていて頂戴。報酬は弾むわ』ビーちゃんと名乗る女からの依頼だ。そして患者が無言で、いや、身体全部を使って切望し懇願した保護者の元へ戻ると、嘘のように落ち着いた。いや、最初よりも、弱っちく成って)
「羨ましいっす。自分、まだまだ基礎です」
「判っているだろうが・・まあその・・」
「「内緒」」
「ごめん、レオリオ。キルアにだけは話していいかな?」
「キルア?ああ。だが、くれぐれもキルアだけにしてくれ」
「了解」
「じゃぁ、そろそろ帰るよ。ズシ、遅くなっちゃったね?大丈夫?」
「わぁ。やばいっす!お邪魔しました〜」
「気をつけろよ」
「はい」

 ゴン、ズシ、そしてレオリオも、もう一度そこを見た。だが、403の横には405があるだけだった。

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