短編   Michael

□Michael 2
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 市場の横の広場は、夏でも冬でも、屋台が出ている。夕方5時から夜11時までの時間限定だ。さっきバイバイと別れても、またその子に屋台で会ったりする。それぞれに登録された持ち場があり、役場から上水道の鍵を渡される。排水は厳しく管理され店から出るゴミは持ち帰るのがキマリだ。それが悪ければ、登録を消され営業できなくなるらしい。  朝は移動式の屋台ではなく、基礎のしっかりした店で、ス−プや粥、揚げパンなどを買って家で食べる習慣で、それぞれの自宅には簡単なキッチンは有るものの、そこで料理を作り家で食べるのは聖人の祭りの夜か病人が居るか、雪や嵐などの悪天候で漁の無い時に限っていた。 これは、クラピカを匿うには好都合だった。わざわざ外へ連れ出す必要も無かったし、時折「調子はどうか?」と尋ねられても、「だいぶいい」とか「日による」とか「寒いとダメらしい」といった短い返事をすれば済んだ。










「ミカエル」
クラピカのことを誰ともなしに、そう呼んでいた。
最初は、鬼ごっこをしていて、勢いで2階へ入り込んでしまった子どもが、クラピカを見て言ったようだ。 それから、気が向いた時に北の窓が開けられ、海を眺めるクラピカを何人かの大人が見つけた。仕事で身につけた狙撃に対する用心の為、窓のそばにクラピカが立つことは稀だった。だからこそ、この町には少ない天使のような姿を見つけた人には、その日いちにち、良いことがあると噂された。





「みみからいれてくちからだすものなぁ〜んだ?」
「ことば」
「せいかい」

夕方のおよそ2時間。親が迎えにくるまで繰り広げられる小さな人たちのキャッキャという高い声は、こちらの気分によって、心地よく楽しくも聞こえたしうるさく耳障りにも聞こえた。

「ミカエル ばいばい」
ス−ザンと目を合わせ、また明日を言う前にほとんどの子ども達がクラピカにも声を掛けた。クラピカは当然無言だった。それが10日も過ぎた頃から、少し頷いたり片手を軽く上げたり小さなコミュニケ−ションがとれるようになった。
アパ−トの中なら、急な階段も難無く昇り降り出来るようだし、食欲も少しずつ出てきたらしい。ス−ザンも順調な回復に満足していた。
「ミカエルは、子どもと遊ぶといい」 船医の弟の休暇も終わりに近づき職場に戻る際、そう言い残していった。
遊ぶと言っても、階下の子ども部屋に降りて来て、絵本を手に黙って眺めている程度だった。とくに嫌がることもなく、どちらかといえば、律儀なぐらいだ。ミカエルが部屋に居るだけで、つまらない悪戯も減ったし(完全に無くなりはしなかったが)年少者の算数の宿題のノ−トにペンシルのごく軽い筆圧で訂正を入れたりもした。あるときは赤ペンでハナマルをつけてくれたりもした。ただし、子ども特有の「もういっかい」には応じることも無く、たまたま気が向いたから・・というスタイルを貫いていたが。

「あのねっミカエルは、しゃべれるんだよ」
「うそだい」
「うそじゃないもん!」
「じゃぁ、どんな声だった?」
「知らない」
「うそつき」
「うそじゃないもん!くちびるだけでしゃべるもん!」

ケンカに驚いてス−ザンが割って入り二人を分けた。そして大きな身体で二人を抱いて、じっくりお互いの言い分を聴いてやるのであった。

唇読。
耳の聞こえない人が、相手の唇の動きを見て理解していくワザなのだが、子どもは、外と中のガラス越しで話をする時、呼び合う時など遊びながら身につけているのだ。 発音の唇の形が同じ単語がいくつもあり、長い文章は難しい。また、本人とほとんど真正面に向き合っていないと動きが見えないという難点もある。

「良いことを教えてくれてありがとう。ミカエルがビックリするから、ケンカはよそう〜」
子供たちも落ち着いたようだった。

「Dannk・・・・Thanks, you saved my life.」
ミカエルの唇がそう言った。
ゆっくりと瞬きをし、ス−ザンを正面から見つめた。初めて目が合った。
吸い込まれそうな、深い深い。紺碧だった。

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