短編   色硝子

□色硝子  2
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「俺と二人だ。絶を使うな」

「・・・・」

声は返した。なのにクラピカは返事もしない。飛行船の乗り継ぎで次の便まで2時間ある。そういえば何も食べさせていないことに気が付き、空港のレストランのVIPル−ムに席を取ったところだ。別に、こいつと二人で食事をとるだけだ。一般席でも構わなかったのだが、何を喋りだすか予想もつかないから、他人との接触は最小限にしてやった。俺の譲歩だ。なのに、コイツの態度はいったい何なんだ?何かが違う。念の鎖で俺を縛り上げた時の生々しさが無い。やる気が無い。体調が悪いのか?見たところ、まぁ、痩せたか?と、思う。着ている服のせいかも知れないが・・こんなに華奢だったのか?髪が肩まで伸びたせいか、以前と印象が違う。
 クロロがクラピカを観察していると、ようやく唇が少し動いた。さすがに正面から目は見ないが、顔を上げ、まぁ、少なくともクロロのほうを向いた。

「た・・のみが ある・・」

頼み?って言ったか?

「なんだ?」

「里に行く前に・・・ひとりで、寄りたい所がある。 行かせてくれないか?」
「ほう?」
「眼は、預けておく。・・必ず、戻るから・・頼む」

 この中継地、ハブ空港で、どうしても言いたかったことがそれか?しかし、こいつは今、ハンタ−証も持っていなければ、現金も携帯すら持たないただのガキだ。しかも、何だか鬱っぽい。はいそうですか、とは行くまい。ちょっと目を離した隙に、ほかのヤツに盗まれる可能性も、殺される可能性だってある。

「ダメだ」

クラピカは一瞬、正面から憎しみの目で俺の目を睨み、すぐに怯える目に変わった。そして今、視線をテ-ブルに移し身体中で「残念だ」と、悲しんでいる。しかも、また無意識だろうが、完璧な絶を使っている。そこにクラピカの身体は確かに存在するのだが、心を完全に閉じてしまったのか?気配を感じとれない。まるでソファ−にディスプレイされた服だけが有るような、不思議な感覚だ。
 俺は、拒否されたようだ。まあ、そうだろうな。仲良く楽しい旅な訳がない。無理もないか・・。また、譲歩だ。

「おまえの行きたい所まで連れて行ってやる。だいいち、金も持たずに、どうしようもないだろう?」

ソファ−にディスプレイされた服が少し、動き、生身の体温が戻った。(なんだ?どんな念だ?)

「よろしく頼む」

行き先を変更することを約束し、まずは何か食べろとメニュ−表を渡すが、これを拒否られた。先にチケットを手配しろと無言の抗議と来たもんだ。VIPル−ム付きのバトラ−を呼び、その場でチケットを手配し直した。 お陰で、さらに2時間、もてあますことになる。女ならばこんな時、ショッピングでもして潰すのだろうが、敵同士の俺達で仲良くお買い物〜というわけにもいくまい。仮眠室を予約し、食事が済み乗り継ぎ便の搭乗時刻までそこで過ごすことにした。バトラ−にチップをはずむと、そいつがそのまま担当と成った。どうせ、レストランも閑散とした時間帯だ。ヒマだったのだろう〜。
 クラピカは、一連のやり取りをあいかわらず絶のままじっと聴いていた。バトラ−が去って、はじめて一息つき、目の前のメニュ−表を広げた。





食べ物の好みも、腹具合もわからなかったのでクラピカに好きに注文させてみる。少しは喋るだろうから、凛とした声が聞けるというものだ。
「メニュ−表とは旧式だな。まぁ、VIPル−ムに注文用のタッチパネルを設置する必要も無いということか?せめてバ−コ−ドリ−ダ−でも置いておけ、と、思ったりもするのだが・・。」小声でそんなことをつぶやいている。ひとりごとか?
やがて現れたバトラ−の男は、クラピカの注文(というか声)を一言も聞き漏らすまいと、全身を耳にしている。コイツ絶対、クラピカを女だと思い込んでいる。
「ビ−フストロガノフに季節のサラダ。オニオンスライスは抜き。代わりにナッツを散らして欲しい。ジャガイモの冷たいス−プにはパセリやクルトンのトッピングは無しで。」
「かしこまりました。やや、お時間をいただきます。その間、グラスワインでも如何でしょう?」
それもそうだな・・と、クラピカが男を見返した。男の鼻の下がどんどんのびていく。
「では、ハ−フボトルのスパ−クリングワインを。白の辛口ならば安いのでかまわない。それに、チ−ズの盛り合わせ、塩味の付いていないクラッカ−を添えて」
クラピカはスラスラと淀みなく注文する。
「かしこまりました。デザ−トはどういたしましょう?」
コイツ、クラピカとの会話に調子ずきやがった。
「コ−ヒ−。ブルマンで」
俺が、冷ややかに答えた。


 再び絶状態になったクラピカを観察する。そういえば鎖を具現化していない。今は体力的に劣るから表面だけでも従順に見せる策か?何かが引っかかる。まてよ、そういえばジャポンでの戦闘でもヒゲ、ハゲ、師匠任せでコイツは何もしなかった・・出来なかった? 本部では「コイツ、金魚鉢に入れられてた」と、シズクが言っていたな。マチがすぐさま訂正しなかったってことは、シズクの表現が遠くないということか?まさかとは思うが開発したと噂される念封じのカプセルにでも浸けられたのか?
・・・まさかな。

そこまで思考を巡らせていると、食事がワゴンに乗せられ運ばれてきた。テ−ブルへの給仕の際、クラピカに身体がかぶりすぎる。水のグラスを脇へ避けようとしたクラピカと手が触れた。わざとか?変なまねをしてみろ、コイツぜったい殺す! いつの間にか俺はクラピカの父親モ−ド全開になっていた。自分でも笑えるのだがこの気持ちは止まらない。
 クルタの里で、こんな食事はおそらく無かっただろうから、ライセンス獲得後、街に出て、組で仕事をしながら身につけたものなのだろう〜スマ−トな食べっぷりだ。なかでも、ヤギのフレッシュタイプのチ−ズと、カマンベ−ルには、ふと手が止まり、わざわざクラッカ−につけて食べた後、そのままでも一口いった。これが好きなのか?と思い、手土産に別に包ませた。

俺をクロロと呼べ。と、命令したはずだ。
なのに、俺がクラピカを注意深く観察しているせいで、呼ばれる前に「何だ?」と声を掛けてしまう。
結果、「髪が伸びてしまった。少し切ってもいいだろうか?」と、サロンを見つけた時も「いいぞ」と答えていた。待っている間、紳士服のショウウインドウのディスプレィに誘われて店に入る。 なぜか、自分の服よりも、クラピカにはこの色が似合うだろうか?などと考えて手に取っている。バカか、俺は。



まさか、俺と丸裸で一戦交えるバカじゃないはずだ。イヤ。そのまさかか?  そう考えると、今までの話の流れ、本人の態度を見ても、しっくりとくる。・・!!・・操作系の念か?掛かったままなのか?

除念師は少ない。ゼロから探すよりも、よっぽど確実な方法だ。だとしたら、俺が今、気が付いた事もクラピカの計算どおりって訳か?まんまとヤラレタ。俺だけじゃない。マチもシズクもコルも、そしてあのシャルまでも、すっかりクラピカ派に成っていたではないか?なんてヤツだ。自分の容姿に無頓着な振りをしているが、実際は、自分の容姿を最大限の武器として周りを巻き込むのだ。シャルの表現するところのクルタの王子か・・。まいったな。
 クロロは自分が商品のクル−ネックのグレ−のセ−タ−を両手で持ち、ニヤッと笑っていることに気が付かなかった。 店員は声も掛けられず、思い切り退いていた。



クロロは空港の職員が通用口から出入りするのを見て思った。 (ハブ空港ということは俺の考えが正しければ物流の拠点でもあるということだ。いろいろな土地の物資がこの空港に、時間差はあるものの一旦届く。また別の便で輸送される。下手な山奥へ行き、ありもしない植物を探し回るよりも、よっぽど品数が揃うというものだ。) バックヤ−ドを一回りし、予約しておいた仮眠室に戻った。
 髪が短くなったクラピカがソファ−に長々と身体を預けていた。首が見え隠れするほどのショ−トボブ。前髪はやや長めだが、サイドから襟足までは自由に鋏を入れさせたらしい。疲れたのか?顔色が青い。クロロを見ると、少しほっとした顔をした。同時に、それは何の荷物だ?と、不審がった。さらに、部屋には準備させた車イスも届いており、いかにも病人扱いをされていることに、不満気な様子だ。それをすべてスル−し、洗面所で手を洗う。クラピカが使ったのだろう、備え付けのアメニティセットの歯ブラシが1本、封を切ってあった。先ほどの食事も、おそらくすべて吐いてしまったのだろう。換気のスイッチが入っていた。

「待たせたようだな」
「いや。お陰で少し、気が晴れた」
髪のことを言っているのか?自分と離れられたことを言っているのか、どちらかだ。俺は、部屋のテ−ブルやソファ−を入り口のドア前に一気に寄せた。「にわか作りだが、何のバリケ−ドだ?」この問いには答えず除念に必要なアイテムを床に並べ始める。これをクラピカは、じっと立ったまま見ていた。

「クラピカ。お前の念を制限している念を除いてやる。望んでいたことだろう?」
クラピカは一瞬、驚いたという目で俺を見た。そしてその目にみるみる涙があふれてくる。

(お・・俺は何か、地雷を踏んだのか?)

まるで、その場から透明になり消えるほどの絶。同時に胸を押さえ二つ折りになる形で崩れ落ちる。あわてて抱き止めた。

(しまった!念をかけたヤツのキ−ワ−ドを言ったらしい。今まで打ち明けたくても相手が気付くまで禁句だったのか?)発動させてしまったものはしかたないが・・。この状態は、かなりヤバイ。すぐにとりかかることにした。




「私は、どんな状態になるのか、わかるか?」
「部屋の空調を止めるぞ。少し息苦しく感じるかも知れないが我慢しろ。無理に意識を保とうとするな。その、操作、 いつからだ?」
「・・約、半年」
「そんなにか!」
「難しいのか?」
「やってみなければ判らないが、飛行船には必ず乗せてやる。目的地に着いたらホテルにでも滞在すればいいだろう。殺しはしないから安心しろ」
「もうひとつ、いいか?」
「何だ?」
「お前の仲間の念も掛かっているはずだ。それも出来ればお願いしたい」
ウボ−とパクのことか。
「出来ればな」


除念。

アベンガネの能力を盗賊の極意から呼び出した。
・他人の放った念能力に見合った形の念獣を作り出す。能力の強さ、性質に準ずる形態になる。この生物は喰った念能力の使い手が死ぬか、解除条件を満たすまでは消えない。
・既に死んでしまった念能力者が遺した念はいかに念獣といえども、喰うことはできない。


 クラピカのオリジナルだけ残し、よけいな念は全て消し去ってやりたいところだ。乗り継ぎ便に遅れが出たと、アナウンスが流れる。好都合だ。出発まで2時間45分か。
 ところが、思った以上に厄介だった。
 能力者の中には、道ですれ違いざまに一瞥するだけで、軽く、嫉みの念をかけられる者も居る。また、何かのキ−ワ−ドや、狭い密室などの場面の設定でスイッチが入るタイプもある。まじないや催眠術もその類だろう。何だ?これは?あとから掛けられた念が外側に、まるでロシアのマトリョ−シカの人形の様になっていた。面倒だが外からひとつひとつ外していくより他は無い。慎重に、ひとつ外し中の箱を取り出す。クロロの体力をかなり消耗することになった。4つ目でビンセン。5つ目でネオン。6つ目にパク。7つ目にウボ−。 クラピカッ・・お前、これだけ雁字搦めになれば息をするのがやっとのはずだ。

「お前らの念。クラピカの身体より解除する」



密室で7つの念獣が空をさまよっている。さながら地獄絵の様だ。クロロはめまいを感じたが、今度は、すぐさま盗賊の極意からインドアフィッシュを呼び出した。アベンガネの念獣で出来なければ、他を使えば良い。コイツは、基本、凶暴で肉好きだが、今回はクラピカ本体をかばいつつ、念獣だけを食べさせる。久しぶりに本から出たインドアフィッシュは、嬉しそうに泳ぎながらすべて食べ終えた。   クロロは静かに本を閉じた。

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