短編   色硝子

□色硝子 4
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「あいにく、ダブルしか空いてございませんが・」
しぶるホテルの従業員に、空港で長時間待たされたあげく悪天候の中、無理やり飛んだ飛行船の中で、体調を崩した連れをとにかく休ませてやりたいだけだ、と懇願した。
 案内された部屋は、眺めは悪かったが案外広かった。エクストラベッドを入れましょうか?という申し出を、俺はコイツが心配でどうせ眠れやしないし、どうしてもの時はこのソファ−で十分なんだ、とやんわり断った。食事も全て外で済ますから、どうか構わないでくれ。チップをはずみ、下がらせた。
 クラピカは、浅い眠りから何度も覚めてはボンヤリと洗面所へ行き、またベッドへ戻るの繰り返しだった。
 そのうち、少しハッキリしてきた。俺を見て耐える様子がたまらなくそそる。男だとか女だとか、関係ない。とうとう我慢できなくなりベッドに沈めた。
 除念の礼のつもりか?どこまで本気か?今まで生きる為に、おそらく何人もにそうしてきたように、クラピカは、どのような形にもしなやかに対応し時には鳴いた。 アブナイ薬の入った酒も、勧めれば素直に飲み干した。おそらく、正気ではいられまい。これは俺の優しさだ。 無駄の無い筋肉。見たことも無い白い肌。生きている最後のクルタ族。俺の所有。血の通った緋色を俺だけに見せた。ゆらめく炎のようだった。俺は感動すら覚えた。・・だが、油断は禁物。コイツは、実は俺の命を狙っている。ギリギリの賭け。頭脳戦だ。今だけは、俺の体温を感じて安心して眠るがいい。



 先に目覚めた俺は、クラピカを部屋に閉じ込めたまま街へ出た。どうせ、もう半日は頭が上がるまい。何気なく入った宝石店で、クロスのフ−プタイプのピアスを見つけた。さかさまにすれば逆十字に見えなくもないか・・などと思う。
「有名な宝石デザイナ−の一点ものです。お客さん、お目が高い!」と勧められた。手に取り、純プラチナ、メンズでこのデザインは斬新だと応えると、店主が「贈り物ですか?裏に何か彫りましょう〜」と聞いてきた。ならば、と少し考えた末、紙に書き「このとおりに」と願い出た。

 少し前に流行ったが英語圏に阻まれ、全世界には広まらなかった、旧エスペラント語だ。クルタ人なら読めるはず。

 MI  AMAS  VIN

ミ、ア−マスヴィン  君を愛す。

包装を断り、現物をポケットに入れそのままホテルに戻る。案の定、まだ、出る時見たままの姿だった。

 クラピカの耳たぶの上のほうにピアスの穴を開けた。つっ・・と血がしたたる。俺はそれを舐めとった。ピアスをはめ込み勝手に外せないように念を込める。俺の所有の証。 今までの七つの念に比べれば、ごく軽いものだ。そうだな・・外すには「クラピカ自身が刻印と同じ文句を唱える」としよう。もっとも、耳から外れないのであれば、直接ピアスの裏など見ることも出来まい。サイドの髪も切ったお陰で、キラリと見え隠れする。良い感じだ。団員ナンバ−の蜘蛛のイレズミは肌の弱そうなクラピカには入れずにおこう。そのほうが今後の囮作戦などに断然、使いやすいか。金髪を手櫛でサイドからバックに流してやる。一旦その形になり、サラサラと重力に従い元の場所に戻る。 男にしておくのはもったいないほどの長い睫に、ほう、と感心する。
 少し、いじり過ぎたか、そろそろ目を覚ます。

 外れない念は帰巣本能とする。

「ドコニイッテモ カナラズ オレノモトニ カエル」
 


 ホテルにはここの学園の編入生で通した。グレ−のハイゲ−ジの滑らかなクル−ネックのセ−タ−(結局、あの時、空港で買った)に、ストレ−トタイプのインクブル−のジ−ンズ。シュ−ズはロ−カットのスニ−カ−だが、少し色にこだわった。これだけでは身体の線の細さが目立ったので、ごく軽いフリ−スのジャケットを羽織らせる。ん〜〜どこから見ても学生だ。手ぶらというわけにはいかない。
チェ−ン付きのパスケ−スをジ−ンズのポケットに付ける。学園内で有効の学生カ−ドにはある程度の金額をチャ−ジしてやった。
 もう少しで「ピカちゃん、ハンカチ持った?」と聞いてしまいそうなくらい初々しい。綺麗にクスリも切れたらしい。睡眠十分といったところか。目に力が感じられる。クラピカが元気になって俺は嬉しくてしかたがなかった。


 黙って言いなりになっていたクラピカが、たまらず洗面所に逃げ込んだ。かわいい!


・・・・・・・
 


 つっ!あれこれ構いすぎだ!
洗面所に逃げ込み、ロックした。

(レオリオ、近くまで来ているんだ。返事をしてくれ。レオリオッ!)
 何回か試してみたが、返事は無かった。クロロは便利の良いこの念も綺麗に除いたのだろうか?

 ふと、右の耳に違和感を感じた。鏡には今まで見たことも無いフ−プタイプのピアスが光っている。は、外れないっ!・・・こう来たか。(!!)まさか刺青もされたのか?上着を抜いで身体をねじってみる・・。無事のようだ・・。まさかと思うが、首根っこにマイクロチップでも埋め込まれたか?移動の度に、エラ−のチャイムが鳴りボディチェックなんて受ける羽目になる。首筋もくまなく触ってみる。それは見当たらなかった・・。
 
 もう一度、正面から自分を見る。右の耳の真ん中ほどの高さに光るピアスが、目障りだった。



 【地域猫条例】私は野良猫です。公園で餌を貰います。去勢施術済み。一代かぎり。これ以上、殖えません。(かわいそうなオレンジの猫が右耳にピアスをはめている写真つき)

 とある町の野良猫条例のポスタ−を思い出し、自分にピッタリしすぎて思わずククッと笑ってしまう。 もしくは、家畜。産地偽造を防ぐ目的でタグを付けられた蟹だ! たしか、バショウが、アンダ−グラウンドにアクセスし、クルタを検索すると、レッド(絶滅危惧種)ではなくブラック(絶滅種)と表示されたのを思い出す。もはや私はこの世の中に存在しないのだ。   レオリオが無理して揃えた私の部屋。一度も使うことの無かったラピスラズリに金の縁取りのマグカップ。  クジラ島に来てよねっクラピカ! ゴンの明るい声。東の島からわざわざ除念を知らせに来たキルア・・。温かなセンリツの声・・。高飛びしろっ!と言うハンゾ−の真剣な眼差し。やめておけ・・と再三忠告してくれた師匠。 カプセルの中でのネテロ会長との唇読での会話。 さまざまな感情が一気にあふれた。 鏡の中の自分は泣いていた。
 洗面台に両手をつき、しばらく時間を稼ぐ。コックを派手にひねり水も湯も出し顔を洗った。
 自分で飛び込んだ場所だ。もう、戻れない。
(お別れだ。レオリオ・・)

 あっさりと。できるだけ冷淡に。 
 そう、心に決めた。

目を閉じスッと右手を前に伸ばす。
肩から指先まで冷たい波動を感じ、次の瞬間、ジャラリと鎖が出現した。すべての鎖を確認すると、再び無に戻した。


・・・・・・・・・・・



 洗面所から、ようやく出てきたクラピカは、キリッとしていて、すっかりお仕事モ−ドだった。
俺を正面から見据えた。目じりが上がり、ギュッと研ぎ澄まされた「胆」ゾクッとするほど冷たい視線だった。
「クロロ。 世話になった。 では、しばらく自由時間にさせて貰う」

 今、クロロって呼んだか?初めて聞いた。
 綺麗なだけではない、自分の意思で動く人形。しかも、本気を出せば、ウボ−をも倒すほど強いんだったねっ。

「ああ。行っておいで。俺のクラピカ」








それは、刺激的だった。

・1日目
 夜の当番だったので、研究室に詰めていた。
・2日目
 明け方、着替えとシャワ−に帰り、午後からの講義に備えてひと眠りする。

(レオリオ・・)
一瞬、クラピカの声がしたように感じたが、気のせい気のせい。

昼、起きると、マチルダがランチを作っていた。バケットにポテトサラダ、ス−プはインスタントだったが、有り難かった。 特に、お互い入り込んだ会話はなし。「そうゆう話は、4日目からすれば良いことでしょ?」笑顔で、うまくかわされた。

 シャワ−のヘッドが壁に向いて掛けられている。こうしておけば、まちがって水をひねったり、湯の場合でも最初の冷たい水が自分に向かってかからない。
 ゴミ箱の底に、ストック分を畳んで入れておく。こうすれば、いちいちゴミ出しのときに、新しいゴミ袋を別の場所から持ってくる手間が無い。ストックが無くなるのも、確認できる。
 小さな暮らしのヒントをマチルダは知っている。かわいいだけではなく、なかなかどうして、生活観もあることがわかった。

(レオリオ・・)

クラピカに悪いと思っているから、どうも空耳が聞こえる。気のせいだ・・。

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