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夢現の緑柱石
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いつもと変わらない海
いつもと変わらない空

そこにはいつもと変わらない僕達がいた―――



蒼い海、碧い空。日は少し西よりに傾いている。砂浜に目を向ければ少年が二人いて何気ない会話をしていた。
一人の少年はセミロングでその綺麗な髪を風に靡かせながら海を見ていた。
もう一人の少年はショートカットで癖のある髪があちこちに跳ねており、珊瑚の砂で遊んでいた。


「ねぇ裕くん」
「なーに?」
「裕くんの夢ってなに?」
「んー…」


裕くんと呼ばれた少年は遊んでいた手を止めて空を見上げて考えた。
思いついたのか満面の笑顔になり、目がとても輝いていた。問い掛けた少年が教えて?と言い裕は照れ笑いを浮かべた。


「えへへ〜わんね、スーパーヒーローになりたい!ウルチョラマンみたいに!」
「え?スーパーヒーロー!?」


少年は少し驚いた顔をして、すぐにけらけらと笑いだした。裕はぶすっとしかめっ面した。少年は手を横に降りながら慌てて弁解をした。


「ふらにしたんじゃないさぁ!裕くんでーじ似合うさぁ!」
「じゅんに?」
「うん。色はレッド」
「やったさ!レッド!主人公やし!じゃあ凛くんの夢はなーに?」


裕が聞いた途端凛くんと呼ばれた少年は眸を濁らせ、また海の方を見始めた。裕はそんな様子に気付くことなく、なになに教えてよー、と聞いている。
幼ながら大人っぽい雰囲気を持っているのは美貌とこの切ない顔を持ち合わせているからだろう。
凛は海の方を見ながら言った。


「今ね、ダンスに興味あるんだ。特にストリートダンスってやつにさ。それで夢はね、ダンス関係のにいきたいさぁ!」
「へぇー。ダンスになるのが夢なんだ〜?」


ダンス、と言っても裕にはぴんとこなく、理解してない様な口調で言った。凛が、うどぅいのことだよ、と付け加えたら分かった様で感心しながら頷いていた。


「すごーい!凛くん、かっこいい!凛くんならいかなしんなれるさぁ!」
「……だといいなぁ」
「凛くん?」


さっきは力強く言っていたが、返ってきた言葉は弱く、呟く様だった。
裕は心配そうに凛の顔を覗き込み、悪い言葉でも言ってしまったのかと思い「わっさいね…」と目線を合わせずに言った。

又もや慌てながら「違うばぁ!」と言い、顔を伏せ一呼吸してから裕を見た。


「その、わんね、病気なの」
「びょうき…?そんなの治るさぁ!」
「治らないんだって。10年生きれるかどうかも分からないんだって。お医者様があびてぃた」
「え…。凛くん…しんじゃうの?」


凛の方が泣きたい気持ちなのに、信じられない事実を聞き、どうしたらいいか分からず、裕はぽろぽろと泣きだしてしまった。そんな裕に対し凛は笑顔を作った。


「死なないよ。ここにいるよ」
「じゅんに…?」
「うん。ちゃんとちんじゅにいるよ」
「やくすく…」


言葉だけでは足りないのか、小さいがらもテニスや武道で豆だらけな手を凛の前に出し小指を立てた。言葉にはしなかったが、指切り、と伝えるだけならこれだけで十分だった。
少しばかり凛は困った顔を浮かべ、すぐに苦笑いをし、これで裕のなちぶーが治るのならいいよ、と指切りをした。
えへへ、と裕は笑い、涙を手の甲で拭った。


「破ったらゴーヤー100本食べさせるからね!」
「ゴーヤーだけは勘弁っ!」


本当に嫌いなのか自分の手で首を絞め、うえーっという感じで舌を出した。裕は凛がこのような行動をするとは思っていなくビックリしたが、ツボにはまりお腹を抱えて笑いだした。
凛もそこまで可笑しかったとは思わず、恥ずかしくなり少し頬を火照らして笑った。
少し落ち着き、深呼吸をしてから凛が話を続けた。


「なぁ、裕くんだけじゃいんちきーから、わんもやくすくっさー!」
「えぇっ!うー、ウン。ぬー?」


凛には随分無理な約束をしたから、自分もそれなりに無理且大変そうな約束をされるんじゃないかと内心はらはらしていた。やたら言うのが遅く感じ、もう一度、なぁに?と聞くと、考え中と言われた。あんなに元気よく言われたからもう考えていたと思っていたので、少しだけほっとした。


「んー…、破った時、どうするかだけ思いつかないさぁ〜」
「それは後からでもいいっさー。なーに?なに?気になるっ!」
「そうだね。このやくすく、裕くんは簡単に破れるもんじゃないからね。やくすくはね、ひっちーわれーじわでいるくとぅ!」
「?わん、いつもわれーじわやし?」
「だから裕くんは破れないんだって。あと、われーじわを忘れないで」


そこまで言うと裕はにぱっと笑い、分かった!やくすくね、と言い、小指を出して指切りをした。


「あい?けど破けないんだったらやくすくの意味ないんばぁ?」
「うーん…。あ!じゃあ3日以上自然と笑わなかったら破ったってことで」
「自然と?」
「そ。辛かったり悲しかったりしても、友達といると自然と笑みがこぼれるでしょ?」
「うん、すごいいーりきーと思うし、心から笑えるさー」
「そーゆーこと!やくすくさー」


気が付けば日は綺麗な夕焼けとなっており、凛の母の凛を呼ぶ声が砂浜まで聞こえてきた。


「あ、もうけーんなきゃ。裕くんも一緒にけーろ?」
「わっさい、わん、にーにーが迎えにくるの」
「そっか。じゃあまたね」
「ぐぶりーさびら」


凛は立ち上がり服に付いた砂を払い落とすとバイバイと手を振り、軽やかな足取りで母の下へ走っていった。
途中、何かいい忘れたように振り返り、裕に聞こえるよう大きな声で、裕くん!と叫んだ。


「もし裕くんがわんのやくすく破ったら、わんも裕くんのやくすく破るからね!あとゴーヤー101本食べること!」


裕はぷっと笑い、おー!と握りこぶしを上げて、その手でもう一度手を振った。凛も手を振り、母と共に海を去っていった。


一人残った裕はぼぉーっと夕日によりオレンジに輝きだした海を眺めた。
あの約束の意味はなんなのだろうか?

自分が3日間、心から笑わなくなったら、自分のそばから凛はいなくなってしまう。

だが、この凛との約束は、自分は破れるものではないと凛自身言っていた。

ならばこの約束は意味のないものではないだろうか?この約束は笑顔でいて、というのと、何か他にもっと重要な意味が隠されているような気がした。

しかし、この約束の本当の意味を知るには、まだ先の事であったと、この時の裕にはまだ知る術はなかった。


何故だか凛の儚さと夕日の切なさを見ていたら、それが重なって見えてきて、余計裕を悲しくさせた。そして無性に泣きたくなり、幼い裕は顔を伏せ、声を殺すことなく泣いた。

そのあと兄が来て、泣いている裕にビックリして、心配を掛けたのをよく覚えている。転んだのか、とか苛められたのか、とか仲間外れされたのか、とか。

兄がそばにいたことに少し安心し、自分の腕から兄の腕に移り縋り泣いたのもちゃんと記憶していた。



はっと気付けばそこはベッドの上で、お気に入りの着うたが起きる時間だと知らせていた。

見た夢は確か幼稚園か、小学生低学年の出来事だったと思った。
今思えばあの時は随分難しい約束をしたなと思う。
ずっと一緒にいるなんて無理な話しだ。それは大人になっていけば当たり前の事だと思っている。

何故、今になってあの出来事を夢で見たのか不思議でならなかった。
平古場はまだ覚えているのだろうか?

今は夏休み中だが部活の為に怠い体を起こし、朝練の集合時間が5分前だと気付くと慌てて準備をし、夢の事は頭の隅っこに置いておいた。
そして何時も通り家を出て、部活に向かった。


今は、唯後悔をしていた。夢の事を少しでも気にしていれば、ほんの少しだけ、結果が決まっていても、何かが変わっていたのかもしれない。



――変わらないと思っていた事が変わってしまった
そう気付くのにそんなには時間は掛からなかった――


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