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いばしょ
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「わからへんな」

その言葉は心を抉るには十分な刃だった。

例えばそれが、この問題解らないなぁとかなら、適当な相づちや教えあったり出来る。そこからの会話も十分に出来て話題提供にもなるとまさに一石二鳥。

例えば自分の意見を否定され、このうさぎが可愛いってのは分からないなぁ、だったら、このつぶらぬ瞳がいいじゃない、とかセールスポイントを次から次へと挙げていくことが出来る。力説をしてどうにかこうにか納得をさせれる。

けれどこのニュアンスは、分からないのか、解らないのか、判らないのかわからない。
分かっているのは、否定をされていること。いくらなんでもそれはわかった。今もなお綴られている言葉は耳に入ることなく、全て直接心に突き刺さっている。

これは嫌われているに近い?それとも気味の悪い目で見ているの?
初めて言われたな。冷たい目で、冗談抜きな雰囲気で。
“お前ってわからへんな”
だなんて。



「金ちゃんが部活を休む?」
「なんかそう言っとったけど、ありゃサボりな雰囲気やな。学校におるはずやで」

珍しくユウジが白石の元を訪ねたと思ったら、内容も珍しく金太郎が部活を休むというとのこと。四天宝寺からお笑いが消えるぐらいに珍しいことだ。

「なんかまあよくわからんが、えらく気落ちしとったから構ってやった方がええかも」
「おう、分かった。部活、各々始めといて」
「伝えとくわ」

片手を軽く挙げて去っていくユウジの背を見送くり、彼なりの気遣いか白石のラケットバッグも一緒に持っていった。これはさっさと探しに行け、という事なのだろう。
一人苦笑をした白石に対して、そのやり取りを見ていた女子が頬を染めたのは知る余地もない。

さて、探すと云っても何処を探したらいいのやら。校外なのは考えにくい。それだったら校内にいるユウジにわざわざ伝言など頼まない。校外なら直に部室に顔を出して帰っているだろう。

この時間の学食購買は疾うに閉まっているし、屋上には行くなと重々言っている。他の特別教室となれば、部活が始まっているので使用中だ。となると選択肢はひとつ。自分の教室だ。3年が1年の教室に顔を出すのは少々気が引けるが、放課後に差し掛かりだし、そんな生徒もいないだろうと思い足を運ぶ。

放課後になったばかりということもあり、帰宅する生徒や部活にいく生徒とそれぞれがいた。やたらと視線を感じるが、それを気づかない振りをして目的の教室に近づく。

あぁ、こりゃいないな。

それが直感だった。中から聞こえてくるざわめきからしてまだ何人かの人がいることが把握できた。
渋る中、もしかしたら金太郎の行方を知っている人がいるかと思い、古びた扉をスライドさせる。
一応クラスを見渡してみるが、案の定目立つ赤毛を見つけることはなかった。その代わりに体に穴が開くんじゃないかと思うくらいの視線を浴びた。

近くにいた女子に訪ねれば(というよりも訪ねられた)、3年生の教室の方に向かったとのこと。どうやらすれ違いをしてしまったようだ。

軽く礼を言い、来た道を戻る。行動の早い金太郎の事だ、教室に白石がいないと分かれば外に出ておサボりスポットにでも居座っているのだろう。確認のため下駄箱を見てみたら、思った通り外靴はなかった。

自分も靴を履き替え、目星をつけたスポットに足を運ぶ。木花が生い茂っている場所がお気に入りだと千歳と話していた。きっと桜並木の外れの場所だろう。
気落ちしているらしいが、元気そうな行動じゃないか。

彼はやはりここにいた。体育座りをして顔を埋め、体を前後に揺らしている。

「おった」

声に反応して顔を上げた金太郎は、へらっと笑った。

「白石なら見つけてくれると思ってたで」
「なんそれ。で、どしたん。ユウジからは気落ちしとるって聞いたんやけど」

隣に腰を下ろして、返事を待つ。確かに雰囲気は元気ではないが、見た感じはいつもと変わらなそうだ。

「むむ、ユウジはやっぱどーさつりょくあるよね。ええと、相談なんやけど…」
「おん、誰でもない金ちゃんの相談や。ちゃんと聞くで」

体育座りのまま足をぱたぱたさせて、こくこく頷いた。矢張り先程のは強がりな様で、本当にへこんでいるようだ。

「あんな、クラスの人に、お前ってわからへんなって言われた」
「…ぷっ!」
「な、なっ!ちゃんと聞く言うたやん!笑い事ちゃうで!こっちは真面目なんや!わからんってことは存在否定と同じやん!」
「あぁ、すまん、すまん。1年前の財前と同じこと言うてると思って」
「…財前?」

怒りを顕わにしたと思ったら、財前の名を出しただけでぴたりと治まった。目先のことしか考えがいかないんだなと、改め思った。
それにしても懐かしいな。財前にもこうして話しを聞いてあげたっけ。いや、話させたの間違いだな。

「珍しく、財前がへこんでることがあったんや」
「うん」
「どうしたって聞いたら、クラスの人に何考えてるかわからへんって言われたんやと」
「うん」
「そんなん気にしてんやなって言うたら、それって相手に存在を認めてもらってないとか、否定されてるとか、なんかマイナスなことめっちゃ挙げてた。金ちゃんもこれと同じやろ?」
「うん」

うんしか言えないんかい。余計子供っぽいな。
横目で彼を見ると膝に顎を乗せ、また前後に体を揺らしている。いじけてるなぁ。

「安心せぇ。みんなそんなん言われてるから」
「嘘だぁー」
「ほんまほんま。テニス部なんて得体の知れない集まりや」
「そういうのとちゃうわ」
「せやなぁ」
「流さんでよ」
「で?」
「……で?」
「どうしたいん?金ちゃんは」

ぽかんとした顔がますます間抜けで、何度か目を瞬いた。まるで、なんで分からないの、と言ってるかのように。

「え?そりゃせめて分かってもらえるように…」
「つまりそういう事や」
「?」
「金ちゃんはな、分かってもらってる前提で話しとるから自分の考えをあんま話さんのや。今だって、そこまで言わなくてもオレには伝わってるって思ったやろ?」
「おん」
「まあ分かってたけど。オレらは付き合ってる時間が長いから分かるけど、他の人にはちゃんと最後まで言わないと分からへんよ」

ちゃんと話せば理解はされると思う。単純おバカで好奇心旺盛な金太郎は、取り合えず興味が出たものは直感的に試さずにはいられない。
確かにそれが何も知らない人から見れば意味不明な行動であるが、理解者から見れば何か試してるなぁ、おバカだなぁと微笑ましく見ていられる。
もちろんレギュラー全員、後者だ。

「なら、ちゃんと話せば、理解される?」
「そりゃな。コミュニケーションは基本やで」
「ふむむ…。やってみる」
「それに、たとえ色んなことを否定されても、ここには金ちゃんを大切に思っとる奴が沢山いるで。それだけでも全然ちゃうやろ?」
「おん。なあ、わいと財前、どっちが意味不明?」

意味不明。それはつまりどちらが考えていることが分かりにくいか、という事だろうか。

「考えが読めない、な。財前かなぁ。ポーカーフェイスやからな。金ちゃんは表情豊かやし分かりやすいで」
「ならよかった。ザレゴト?に付き合ってくれておーきに。部活出てくるー」

戯れ言って…。意味分かってないな。

金太郎の後をすぐには追わず、しばらくこの場で考えていた。

理解するしないは、若干の好感度が必要になってくる。100人が100人、必ず自分の事を好いてくれるわけではない。中には受け付けられないという人や、一度嫌いになったら一生好きにはなれないなど様々な人がいる。

(アドバイスすることは出来ても、自分の居場所を作るのは誰でもない自分自身やもんなぁ…)

他者がそこまで踏み入れられる問題ではない。きっとここで少し彼を突っ放さなければ何も変わらない。後ろ髪を引っ張られるが、これも先輩としての務めだ。

(ま、金ちゃんなら大丈夫やろ)

なんの根拠もないが、何故だかそんな自信がある。自然と口が上がり、その場を後にした。


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気分で書いているとどんな話にしたかったかも分からない

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