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雨の日
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今日は予報に反して、ほとんどの人を困らせている。まるで予想するなんて無理な話ですよと嘲笑っているように。

確か今日は雲ひとつない快晴で、からっとした暑さだと言っていた。朝こそはそうだったが、今外を見ればどんよりとした曇り空で小雨がぱらぱらと降ってきている。きっとこれは待てば待つほど雨足が激しくなりそうだ。

でも全くもって問題ない。心配性の親が、常に折りたたみ傘を携帯しなさいと言って、自分の意思に反して鞄の中にひっそりと住み着いているのだ。問題があるとしたら。

(明日の部活は中なんやろうなぁ。暴れらんないから嫌やなぁ…)

金太郎はぼんやり外を見ながら考えていた。ホームルームも終わり、掃除の準備のため机を下げれば解散だ。そんな中、聞こえてくる会話は傘を持ってきてないという内容。置き傘や折りたたみを持ってる人はいるものの、やはり降水確率が0ならば誰も持ってきてないに等しいものだ。

隣の女子達が傘がないから濡れて帰るしかないね、というのが聞こえてきた。男が濡れて帰るのはどうでもいいし勝手だが、女子はどうだろうか。いいわけがない。偶々自分が持っているんだ。色も水色だし、女子が持ってもおかしくない色だ。雨も強くなってきているし、ここは貸すことを選択しよう。自分は濡れたって構わないのだから。

鞄から傘を掘り出し、その女子の前にずいっと差し出して貸してあげると告げれば、やはり、いいの?という期待半分と、でも遠山くんが濡れちゃうよね、という罪悪感半分が埋め尽くしたようだ。

普通の人は傘を二つ持っていない。持ち帰り忘れた傘が溜まってる人もいるかもしれないが、クラスに一人いるかいないかだ。もちろん金太郎も二つも持っていない。けれど知らんぷりも出来ないので、部室に予備傘あるから大丈夫と伝えると、お言葉に甘えるね、ありがとう、と遠慮がちに受け取った。

ちょっと清々しい気持ちになり、外を確認してみると小降りどころか本降りになっていた。部室に予備傘がとかなんだの言ったが、実際そんなものは存在しない。あるとしても骨が折れているビニール傘のみだ。あとはラケットにボールにネットにこけし。雨足を凌ぐには到底無理な物ばかりだ。

しかも残念なことに今日は月曜日で部活がオフの日だ。学年が違うのでレギュラー達に会うこともあまりない。やんわりと期待はしてみてはいたが、まず可能性は低いだろう。
いよいよこれは腹を括るしかないようだ。ああは言ったものの濡れるのは避けたいものだ。降り具合と家までの距離を考えれば全身ずぶ濡れ間違いないだろう。

最後の足掻きで一応部室に向かってみることにしよう。折れた傘でもないよりましかもしれない。白石が部室にはあれこれ無駄だの邪魔だの言って物を置かせてくれないから困ったときにこうなるんだ。壊れたビニール傘はあるのに。

しかしはたと気付いたが、部室に行くにはどっちにしろ雨に打たれなければならない。だったら部室に寄る意味など皆無になってしまう。

そうだ、確か傘の貸し出しをやっていたと思った。ずっと置きっぱなしだったものや、要らなくなったビニール傘など学校側から貸してくれたはずだ。
いや、考えてみろ。今日はみんな傘を持ってきてなくて困っているに違いない。取る行動など誰も同じだろう。きっともう一本も残っていなそうだ。

考え込んでいたら更に雨は強くなってきた。もう大人しく下駄箱に向かおう。これ以上強くなるのは避けたい。手ぶらで帰れば物は濡れなくて済むし、ラケットも、本当は嫌だが、置いて帰れば痛むこともない。毎日ほぼ手ぶらなようなものだから、なくて困るような物はないだろう。

下駄箱に辿り着き、靴を履き替えドアを出る。静かだった耳に雨音が飛び込んでくる。屋根があるからまだ濡れないが、弾けた滴が少しずつ服を濡らしていく。なんとなく降り続ける風景を眺めている。やっぱり無防備かなぁとも思うが、ここで眺めていてもなにも変わらない。よし、走ろう。いきなり走り出すのも、突然身体を冷やすのも危ないので準備運動だけしよう。屈伸から始まり、軽めの柔軟体操までしっかりと。幸いにも帰宅ラッシュは過ぎているので人に見られることはなかった。

頬を軽めに叩き気合いを入れる。ただの雨だ。大丈夫、いけるいける。

ばっと駆け出し、案外いけるんじゃないかと思ったのは束の間。強く降っているので、濡れるとかよりも取り敢えず痛い。安易な考えだったかも。目についた木の下へ行き雨足を凌ぐ。ほんのちょっとの距離なのに大分濡れてしまったようだ。雨って結構痛いんだなぁ。というかどう帰ろう。雨が弱くなればいいのだが、それは見込めなそうだ。

「あれ、金ちゃん、雨宿り?」
「んー…?あ、白石」

彼はいかなる時も完璧のようだ。差しているものは折りたたみではなく長傘だ。特に何も言っていないが、こちらに近づいてきて傘に入れてくれる。
その時に気付いたのか、濡れてるじゃん、と慌ててタオルを出してくれて拭いてくれる。

「もう、何してんのや。確か折り傘、持ってたやろ?」
「女子に貸した。突っ切って帰ろうと思ったんやけど、案外痛くて。濡れんは全然構わへんやけど…」
「濡れんのもダメ。風邪引いたら元も子もなし。あぁ、全身びしょ濡れやん。さ、帰るで」

髪をわしゃわしゃと拭かれ、タオルはそのまま首に置かれた。洗って返さないと。柔軟剤のいい香りがする。
傘もそのまま半分の体制でこちらに来るように促しているようだ。

「半分こにしたら、白石、肩濡れてしまうで?それに帰り道ちゃうし」
「全身濡れてる奴に言われとうないわ。道はちゃうっつーても通り道やん。うちに寄ってもらって、服と傘貸すから、ああそれと温かい飲み物飲んで、必要なら風呂入って、それから帰り。ほんま風邪引くで」

早くと言わんばかりに傘を差し出すものだから、肩を狭くして、お邪魔しますと隣に入った。白石は、服のサイズあるかなぁなどと呟いているが、どう考えても無いだろう。かといって妹さんのを借りるのは勘弁だ。

でも白石は、今自分が欲しいと思っているもの、こうしてほしいと思っていることを、自然と熟してしまう。困っていると颯爽と現れてくれる。それはまるで。

「ヒーローみたいやな」
「ヒーロー?なにが?」
「ううん、こっちの話。猫ちゃん撫でたいな」
「まずは着替えか風呂な」

先輩と後輩でいる限り、ずっと自分のヒーローであってほしい。そして後輩が出来たら、白石のようなヒーローになりたい。
白石は憧れの人。

雨で身体は冷えたが、心はとても暖かかった。

そんな雨の日も悪くない。


―――――――――――
金ちゃんがにっこり笑って傘を貸すシチュエーションなんてにやにやしちゃう。通りかかる人は千歳や財前でもいいかなーって思ったけど、ここは白石だよな。

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