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横道反れると交わらない
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「白石ぃ…」
「ダメ、聞かない」
「なんも言ってへんもーん。なぁ聞いてぇな?」
「今までの経験上、そういう感じで名前を呼ぶときは大抵面倒事や」

放課後に差し掛かり、委員会の仕事があったため白石は教室で作業をしていた。

部活や帰宅をする人はとっくに教室を出ているので、ドアが引く音が響き渡り誰かと思い見たら、制服姿のままの金太郎が入ってきたのだ。

白石の元に来るや否や、前の席の椅子に横向きに座りまだ夕日には程遠い空を見ながら、冒頭になるのだ。

「白石が思ってるようなことやないで。少なくても、問題は起こしてへんもん」
「問題は起こさないのが普通なの。しゃあない、なに?」
「んー…、あんな、部活って、掛け持ち、出来るの?」
「……掛け持ち?」

プリントを出席番号順に並べていた手が止まる。そんなことを聞かれるとは思っていなかったので聞き直してしまった。テニス一直線だと思っていたので尚更だ。
金太郎自身も言いにくいのか言葉は途切れ途切れだし、ちらちらと白石の様子を伺いながら言葉を選んでいるようにも見えた。

「別に…、なんも支障が出なければええんちゃう?」
「というか…、その…、ちょっと困ってるんやけど…」
「うん、なに?」
「なんか、色んな運動部の部活のぶちょーさんに、猛烈に勧誘されてんの」
「…は?」

金太郎の告白には流石に驚きを隠せなかった。金太郎の言い方からしても納得をしてないようではあるが。

「いやその前に、今頃勧誘?」
「わい、体育の授業好きやからはしゃいでやってんねん。それで運動部の友達が見て部長に話してると思うの。あいつ、運動できる、みたいな感じで。多分、最後の大会、優勝したい、とか。だから、勧誘」
「…こっちだって大会控えてるし、金ちゃんにはこっちにいてもらわなきゃ困るわ」
「だよね。わいも、テニスがいい。レギュラーやもん」

金太郎は、はあぁーと肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。俯き何かを考えていたようだが、直ぐに顔を上げ、ほんの少しだけ真面目な顔で目線が合った。自然とこちらも背筋が伸びる。

「白石、これから他の部活とたくさん問題起こすから、怒らないといてぇな」
「…それ、頷けない内容やけど。真面目な顔してなにかと思えば…」
「けど、な」
「他の部活と問題って…、下手すりゃ出場停止とかなるんやで?」
「けど、けどな?」

そもそもこんな内容を承知する部長がどこにいると思っているのか。けれどこういう問題を起こすとき、金太郎は独断で突っ走り相談など全くなしだ。それを思えば今は本当に助けを求めているのかもしれない。

「…問題を起こす理由は?なんで起こそうと思うねん」
「みんなを巻きこ…やなくて、気分的にボコりたいから?」
「金ちゃん」

疑問系で言われても知るわけもないし嘘だと云うのがよく分かる。言い直してる時点でばればれだが。
少し声を低くして名前を呼べば、曲がっていた背筋はピンと伸び、手も律儀に膝の上に置かれる。

「はい!ええと、簡単に言うと脅されてるみたいな…」
「脅されてる?」
「おん、兼部でもええからメンバーで大会に出てほしいって。もちろん嫌って言うたねん。全部の断った。でも、何人かは気に食わなかったのか、それともどうしても優勝したいのかは分からんが、ヘルプ入んなきゃテニス部荒らすとかメンバー怪我させるとか言われて。最初は嘘やって思ってたんやけど、今日コートが少し荒らされてたからほんまなんやなぁって思って…。わいだけのあれやったらええんやけど、部活やメンバーに怪我なんてさせられないから、だから、そいつらをボコりに行くの」

はいおしまい、というように鼻息をふんと鳴らした。やや早口気味だったが、これは大分まずい問題ではないか…?
言葉を紡ぎ出そうとするが、内容が内容なだけになかなか声を発することが出来なかった。

「あいつら、なに考えてるかは知らんが、白石たちにとっても最後やもん。やから、白石からの小言も聞かんし、生徒指導室にも世話にならんからな!」
「っ、ちょ、金ちゃん、待って。待ってな。状況整理してるから…」
「うん?いくらでも待つで?」

勢いよく立ち上がり、今にも駆け出しそうな雰囲気の金太郎に制止の声を掛ければ、笑顔で首をかしげられすとんと座り直した。
いつもと立場が逆のような気がして少しだけやりにくい。

「ええと…、それ、大問題やから、先生に話してどうにかしてもらった方が…」
「あかんよ、先生っちゅーのは全く当てにならん。それにこういうのは裏で動いてるんや、学校側で何を問い詰めようがしらばっくれられて終わりや。まあ、白石はそういうの、分からへんよな。というか、分からないでほしいな」
「そりゃ分からんけど…。けど、ボコりに行ったら金ちゃんが犯人、みたいなのが分かるんやない?」
「こういうの、早い話、弱肉強食の世界。わいは強いから絶対負けへんし、圧力掛ければわいがやったってことも言わへん。だって今までバレてへんやろ?」
「……今まで?」

しまったという顔をしたが、直ぐ様笑顔に書き消される。開き直った、という方が合っているかもしれない。

「おん、今まで。やから、大丈夫。安心して待っててな」
「いや、これから危ないことするって奴を見逃すわけにはいかん」
「でも、白石は何も出来ない」

金太郎から否定の言葉が出てくるとは思わなかったので動揺したが、その目は馬鹿にしているのでも嘲笑っているわけでもなく、いつもの信頼をしている目だった。

「白石は、部長さん。レギュラーやし、みんなが尊敬する人。白石は、手、汚しちゃあかん。こういう汚いお仕事は、わいに任せといて」
「そういう問題じゃ」
「心配なら、財前にも手伝ってもらうから」
「は?財前?」
「あかんあかん。白石はね、表舞台だけ見てればいーの。裏は、わいに任せておけばいーの。お話聞いてくれておおきに!」

こちら側の反論を言う前に話を終わらせてしまった。
あ、と声を出して、何かと思い顔を見ると舌をぺろりと出した。

「白石の言った通り、面倒事やったな。さっすが白石」
「もうなんも言わへんよ…。でも無茶はしちゃあかんからな。信じとるから」
「おん、任されたで!」

今度こそ立ち上がり、軽く会釈をして走り去っていった。

きっと部を思っての行動なのだろうが、どうしても認められるようなものではない。
いつから曲がった道を行ってしまったのだろうか。部長として気付いてあげるべきなのに。

金太郎が出ていったドアを寂しく見つめ、教室には紙を束ねる音だけが響いた。


―――――――――――
チームを想う故に曲がった道を行く金ちゃん。きっとみんなその無邪気の笑顔に心痛めるんだろうなぁ。


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