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それはそれ以上でそれ以下で
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ぼけーと過ごしているのは少しもったいないような、けれどぼけーとして流れ行く雲と沈みゆく夕日を見ていたいと思わせる黄昏の頃。幸いにしても叱りつける人も帰宅を催促する人もいない。

今日の部活はミーティングだったためいつもより早めに終わり、素直に帰ればいいもののそんな気分にはなれず誰もいない教室に戻った。自分の席は窓側で夕日を眺めるには絶好な場所だった。言い換えれば暇な授業は外を眺めてさぼることが出来る人気の席だ。頬杖をして無心で空を見つめていた。

ふいにだんだんと近づいてくる足音が聞こえ、警備の人かとドアを振り返ると見慣れた人物が入ってきた。彼は俯いて入ってきたためこちらには気付いておらず、顔を上げると同時に肩を跳ねさせた。

「びっくりした…。ブンちゃん、いたなら声ぐらい掛けんしゃい」
「おー、仁王、お疲れ。なに、どうしたの?」
「そりゃこっちのセリフじゃ。疾うに帰ったと思ってたし。全く…」

ぶつぶつと溜息交じりに文句を言いながら、廊下側の後ろから2番目の席、つまりは仁王の机からなにやらごそごそと探していた。

「忘れもん?」
「ん、まあ。ほれ、今日古文の宿題出てたろ?流石に1限目のは写すの無理やし。置き勉の癖で入れんの忘れたんじゃよ」

目当てのものが見つかったのか鞄に詰め込み、それで、とこちらを振り返った。

「家に帰りもせずになにしとったんじゃ?オレの記憶だと今日はカフェに行くって言ってたと思うが」
「別になんもしてねぇけど。強いて云うなら夕日を見てた」
「ふぅん。えらい凹みだが…、なに、なんかあったか?」

仁王にしては珍しく相談を聞くという役目を買って出た。いつもなら面倒事は流し、我関せずを貫き通しているのに。丸井が物珍しそうな顔をしていなので苦笑いをしながら前の席に座った。

「なんじゃいその顔。オレにだってそういう時もあるんじゃい」
「いや、マジで珍しいと思って。詰まる所、仁王も多分、オレと同じ事を考えてたってわけ?それだったら話に乗ってくるってのは分かるけど」
「多分、あたり。…食べ物のことじゃないからな」
「オレだってそこまで食い意地張ってねぇよ。幸村くんが今日言ってた事だよ」
「お、同じだったな」

ほんの少し満足げに仁王は笑うと、頬杖を付きながら夕日を眺め出した。丸井はそんな仁王の反応を見てから同じく頬杖をして反対側、クラスの掲示板を面白味もなく眺めた。

「正直、オレは、みんなテニスを続けるって疑わなかったし、学校も付属だからそのまんま上がるって思ってた。赤也もまた後輩になって同じメンツでレギュラーって。つーか、そう考えてたからその可能性なんてこれっぽっちも考えたことなかったな」
「もしかしたら、次の大会がこのメンバーでやる最後のテニス、か」

今日のミーティングは幸村は何を思ってかそんなことを語り出した。いつもならば反省点を沢山挙げて、次の試合相手の攻略法などを否応に言い出すのに。

テニス強豪の学校でレギュラーになり、成績も残した。それ故に誰もが卒業をしたらそのまま高校に上がり、新たな環境でテニスをする。そう考えていた人は多かったが、幸村はやんわりと否定をした。テニス部には入らず違う部活に入るかもしれない。部活自体やらないでバイトに明け暮れるかもしれない。もしかしたら違う高校に入学するかもしれない。そう考えたことはあるか、と問いただしてきたのだ。

「そりゃプロになりたい奴もいるかもしんねぇし、テニスは部活だけで夢は別に持っている奴もいるとは思うけどよ。確かにオレの考えは自分勝手な解釈だったかもしんねぇけど。なんつーか…、あー、自分で何言ってるか訳わかんねぇ」
「ま、オレの考えになるが、詰まる所幸村はこのメンバーが好きってことなんかの。自分が出れなかった分を同じメンバーで高校で埋めたい、とか。でもきっと、みんなそのまま上がるって考えを持ってるから、改めて当たり前のように一緒にいるってことを考えるように促したってのか妥当な線かの。または、誰かがテニスはもうやらないとか違う学校に行くとか幸村に相談した奴がいるとか。全部憶測だから真相は幸村しか知らんがな」

なるほどそんな解釈もあるのか、と頭の回る友人を見た。仁王がこのような解釈をいているということは、他のメンバーは赤也以外解っているのかもしれない。

「なぁ、思ったんだけど、赤也って打倒三強の目標を達成できたら、どうすんのかな」
「さあそんな他人事知らん。他の強者を倒すって目標でも立てるんかの。幸村より強いっていうのはオレが知っている限り知らんがの」
「赤也、案外立海じゃない学校に行きそうじゃない?結局強い奴が仲間内にいたら戦えねぇし。敢えて敵対するところに行く、とか。あぁでもそうか。行く行かないにしろ、赤也とは一年間別になるんだな。そのことも幸村君、言ってたのかな。赤也来てから、なんかみんな変わったもんな」

なんとなく、という形容詞でしか言えないが、変わったというのは確かな気がする。部活の雰囲気も少なからず明るくもなったような感じもする。

「学生のうちなんぞ、性格は日々変わっていくもんさね。まあこれもなんかの機じゃろ。ちょいとオレも聞きたいことがあるんだが」

珍しいことは続くもので、普段聞かない発言にちらりと仁王を見たが、彼は沈みつつある夕日を見たままでこちらを見ようとは全くしなかった。顔も長い髪で隠され表情は読めない。なんとなくだが、口元は笑っているような気もする。

「答えられるか分かんねぇけど、オレも聞いてもらったし聞くぜ?」
「じゃ、聞くけど、オレ達の絆ってどんぐらいだと思う?」
「え、絆?」
「絆だと少し言葉は違うな。仲間意識、友情。そんな感じ」
「え、うーん、いいと思うけど。幸村君の一件もあったから、そこで団結したと思うぜ」

あれは良い出来事とは決して言えないが、確かにそこでみんなの気持ちが一緒になったときと云える。それからチームワークも更に良くなった。

今の部活は仁王の目には一体どう映っているのだろう。何か不満でも抱えているのか。それともただ単に丸井を試しているのか。

「オレは、そうじゃの。結局は仲間なだけ気もするがの」
「…仲間なだけ?よく分かんねぇんだけど、仲間っていいことだろ?」
「きっと、幸村が言いたいことってこれなのかもしれんの」
「いや意味分かんねぇよ」
「友達、親友、先輩、後輩、同僚、仲間、グループ、チーム、彼氏彼女に恋人。それぞれが同じような意味を持つが、それぞれに違う。同じなのは人間ってことだけ。つまりはそういうこと」
「はあ?さっぱり」

仁王はよいしょと立ち上がり思い切り伸びをした。自分から聞いておいて自己解決、しかもこちらはさっぱり意味が分からないのに、帰る支度を始めた。これはやはり試されたのか。詐欺師の言葉など耳を傾けなければよかった。なんとも釈然としないが、いつまでも教室にいても仕方がないので仁王と共に帰ることにする。
納得していない顔を見て、仁王は言葉を付け足した。

「ブンちゃんは今のままでいればいいってことじゃの」
「オカシイな、オレ、得意教科国語のはずなんだけど、お前の言ってること全くもって意味わかんねぇわ」
「いや、だからそれでいいんだって。変わっていく大切さもあるが、変わらない大切さもあるからの」
「お前はオレを馬鹿にしたいのか」
「ぷり」

もういいよ、と溜め息交じりに言えば、まさに悪戯成功と言わんばかりの笑顔をくれた。今日は知恵熱を出すかもしれない。けれどこの詐欺師のお陰でほんの少しだけわかったような気がした。


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友情の話を書こうと思ったら謎の方向に。classmate、いい曲ですよね

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