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ヒガン
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周りは静かでいてそうでないような、かといって何かを聞き取れるかというと微妙だ。日本語だとは思うが分かるようで分からない。

この感覚はそう、寝ているのだ。
僕は寝ている。意識を手放せばすぐまた眠れるし、起きようと思えば起きれる、あの微睡みだ。大抵それがやたらと心地よく、朝は二度寝をしてしまう。

しかしそんなことはどうでもよくて、何故寝ているかが問題だ。僕の記憶が正しければ帰路に付いていたはず。寄り道をしようかしないかで悩んでいたのをはっきりと覚えている。

つまり寝ているというのは、道端で急に倒れて病院に運び込まれたか、事故に遭って病院に運び込まれたかだ。だが身体のどこも痛くないということは前者で――…。

「唸ってねぇで起きろ」
「ぅー…ん…」
「起きろ、テツ」
「ん…。……。……」

誰かの声で目を覚ませば見知らぬ天井が飛び込んできた。病院でも、誰かの家でも、どこかの店内でもなさそうだ。まるで何かの物語に出てきそうな少し豪華そうな部屋。
数回目を瞬き、ゆっくりと上半身を起こす。
何故彼がここに?という疑問もあるが、取り敢えずは声の主を見た。

「…おはようございます、青峰君」
「お前、冷静だな…」
「あっ、黒子っち起きたっ!どんだけ起きんの遅いんすか」
「あれ、黄瀬君…」

こちらにぱたぱたと寄ってきた黄瀬君を見ると、後ろにも数名床に座っているのが見えた。今更だが、僕が横たわっていたのも床だ。
というか今は床じゃなくて。

「え、赤司君に紫原君まで…どうしたんですか?緑間君は県内だから分かりますけど…。え、ここどこですか?」
「やあ、テツヤ。混乱するのも分かるが、残念ながら僕たちもその答えは持ってないよ。まずは皆目が覚めたことだし、状況を整理しよう」

集まってと声を掛けられたので大人しくそれに従う。覚醒したばかりの体は少し重く、同時に自身になんの異変が無いことに安堵する。

身体に異変こそ無かったが、僕はジャージを着ている。帰るときは確かに制服を着ていたのに。おかしい。周りも皆、ジャージ姿だった。

みんなが集まったタイミングで少し溜め息を吐き、赤司君は腕を組ながら切り出した。

「まず、そうだね、今分かっていることは、気が付いたら皆ここにいた、何故ここに居るか分からなく尚且その過程の記憶がない、ここが何処だか分からない、ポケットに入れていたものしかないってことかな」
「分かってるんだけど解ってないんだよねー」
「黒子はどうなのだ?何か分かってたり、覚えてたりしないのか」
「いえ…、分かりません。僕はてっきり下校中に倒れたか事故に遭って眠っていたと思ってましたから」
「なんだそりゃ」

青峰君がそう言うと、周りからも呆れと哀れの目線を一気に浴びることになった。
自分で云うのもなんだが、変なことを言うよりもよっぽど現実味があると思う。しかも悲しいかな、事故に遭う自信は他の人よりもよっぽどある。この影の薄さで。

「でも、そうですね。ここに来る前は確かに通学路を歩いていて、気が付いたらここにいました。記憶も…、うん、ないです」
「だよなー。つーかよ、お約束通り携帯は圏外だし、時計も機能してねぇしよ…」
「お約束はお約束でも、あれっすね。少なくても明かりは点いてるし、人数も集まってるみたいすから、まだ安心感はあるっすね」

黄瀬君の言う通りだった。
くっきりと明るいわけではなく、柔らかな、と言えば聞こえはいいが、実際はぼんやりとした明かりが点いている。

本来、見知らぬ場所で更には何故ここにいるかも分からなければパニックを起こすに違いない。多少は焦るもののそれなりに冷静を保ててるのは見知った顔が揃っているからだろう。

「分からないのはしょうがないな。じゃあ部屋の探索を始めよう」
「探索、まだしてないんですか?」
「んー、ドアだけ調べたんだけどね、他はまだ。だって黒ちん起きないし、他のもん調べて何か罠とかあったら大変でしょー。多分自分のことで手一杯だし、黒ちんを構ってる余裕なんてないし。あ、ドアはフツーに開いたよ。また部屋になってた」
「はあ…」
「探索を始めるのだよ。そこまで部屋が広いわけでもないが、念のためペアになって行動しよう」
「間違っても大輝と涼太はペアを組むなよ」

分かっていると文句を垂れながら、青峰君がこちらに来た。後ろでは黄瀬君が騒いでいたが、面倒臭いので知らないふりをした。

改めて部屋を見渡すと、少し豪華な洋館、というイメージを抱いた。机や棚、本棚があり、絵まで飾ってあった。家具はすべて木製で、生活感はないのに埃などは見当たらなかった。

「この部屋、窓が無いんですね」
「ねぇけど問題はないだろ」
「…建築基準違反ですよ」

赤司君と紫原君は机を調べており、緑間君と黄瀬君は棚を調べている。残っているのは本棚なのでそちらに向かった。

ずらりと並んだ本は、文学、哲学、天体、洋書やドイツ語の本や、フランス語の本と様々な種類が並んでいた。
特に気になる所もないし、不自然な所はない。逆に本棚に何かがある方がおかしい。

「なんの本だかさっぱりだぜ」
「青峰君には縁なさそうですからね」
「否定はしねぇけどよ…。お、この本、気になる」

またそっち系の類いの本かと思いつつ、飽きれ半分で彼を見れば、『とおくへにげよう』というよく分からない絵本だった。

何故それが気になったのかは謎だが、絵本を選ぶ辺りはさすがだと思う。

「すげー。全部平仮名!オレでも読めるぜ」
「読めなきゃ困ります」
「えーと。『嫌いなものからは逃げたい。一番遠く、一番離れてる場所に。見えない所に隠れたい』。へぇ、分かんなくもねぇな。つーか見ろよ、この絵!この棒人間、小っせぇものから逃げるのに必死過ぎだろっ」

確かに絵本を覗けば、絵本作家というよりは子供が落書きで描いた棒人間が、色々な所に隠れて小さい何かから必死に逃げようとしている絵が書かれている。

こんな面白味のない絵本でけらけら笑っている青峰君が馬鹿らしい。

「そんなのはいいですから仕舞ってください。ほら、赤司君が睨んでる」
「うぉう…、久々の威圧感…」

他のメンバーは探索を終えたのか、既に集まっていた。早さからすると、あまり収穫がなかったのだろう。取り合えず僕たちも集まることにした。

「そっちは特になにもなかったようだね」
「まあ、本棚だし」
「その割りに青峰っち、楽しそうだったけど」
「絵本見てただけだ」
「棚も特に目ぼしいものはなかったのだよ」
「なら僕たちだけか、見つけたのは」
「メモ帳とペンと、手紙見っけた」

ほいと出したのは、普通のメモ帳とペン、そして真っ白な便箋とその中身の手紙だった。

手紙には、頑張って脱出してください、とだけ書かれていた。
正直、腹立たしい。

「うーわ、嫌味な文っすね。挑戦状的な?それとも恨み的な?」
「犯人に聞け」
「頑張って脱出しろって書かれてるということは、外には出れるってことなのだよ」
「頑張れば、ですけどね。ここの部屋は特になさそうですし、隣の部屋に行ってみましょう」
「赤ちん、どーする?二手に分かれる?」
「え、みんなで行けばよくないっすか?」

僕は黄瀬君と同じ意見だったので、軽く頷いた。ペアを作って行動は分かるが、わざわざ二手に分かれなくとも、と思う。

「何があるか分からないからね。待機と探索に分かれた方がいいかもしれない」
「そりゃそうっすけど…。まぁ最初は様子見ってことっすね。じゃあオレ、この部屋で待機してるっす。なんかあったら叫ぶか、そっちの部屋に行くっす」
「分かった。そうだな、真太郎も待機を頼むよ」
「分かったのだよ」

物事は淡々と決まり、赤司君を先頭に隣の部屋へ移動する。何があるか分からないのに堂々としているのはさすが赤司君だと思う。あれ、この表現さっきも使った。

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