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なりたい
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「わい早よオトナになりたい」

なにを悩んでいたかと思えばそんな事。
部室にやって来てから、真っすぐに椅子に向かって、まるでいじけた幼稚園児の様にしかめっ面をしていた。特に気にする様子も皆無く、謙也と千歳が着替えながら妹の理想について云々語っていた。白石は斜め前に座る彼を少し気にしつつも今日のメニューを考えており、財前は開始時間までまだあるので、携帯を弄っていた。
いきなり金太郎が誰に言うわけでもなく、しかし独り言ととは言い難いぐらいの声のでかさで言ったのだから、みんなの視線は一気に金太郎に集まる。

「どうしたんや、いきなり」
「オトナになりたい」
「いやいや、答えになってない」

白石のことをじーと見つめて、きっとどうでもいいことで悩んでるんだろうなと、金太郎には失礼だけど白石はそう思い、思わず頬が緩んだ。

「やってみんなわいのこと子供扱いすんねん。よく謙也とユウジが話してるところに顔出すと、わいにはまだ早いとか、オトナになったらなとか言うん」
「………」

白石は着替え終わった謙也を睨み、謙也は笑って誤魔化していた。くだらない又は面倒臭いと思ったのか、財前はラケットを持ってさっさと部室を出て行った。謙也も出ようと思ったが、白石の睨みが逃がしてはくれない。

「なー、白石。いつからオトナになれるん?」
「え。あー…、大人は気付いたらなってるもんや。なりたくてなれるもんやない」
「白石とか謙也とかユウジとか千歳とか、みんなみんなオトナ?」

正直頭を抱えた。ほんまなにしてくれんだ。謙也とユウジのメニューを増やしてやろう。
そんなことを考えていたら千歳が口を開いた。

「金ちゃん、ちゅーしたことある?」
「千歳!」

白石の激怒を気にすることなくへらっと笑う。謙也は勇者だな〜、など感心していた。てかんな恥ずかしいことオープンに言えんわ。

「なに変なこと言ってんや!」
「ばってん金ちゃんが言っちょる大人ってそっちとね」
「ちゅーしたことあるとオトナなん?」

あ、頭痛い……。うちのメンバーはなんでこんな教育に悪いもんしかいないんや…。
千歳より早く口を開かなければいけないと思ったのか、少し慌て気味に金太郎を見た。

「金ちゃん、ちゃうよ。そんなんで大人になれ――」
「ちゅーならしたことあるよ」

ぴしっという音がここにいた者には聞こえたであろう。白石が固まり、謙也は驚き、千歳が口笛を吹いた。
金太郎に彼女って聞いたことない。どういうことだ?いないのにあるって…。

「なんやわいもうオトナやったんや。もうみんなに早いとか言われることないやん。な、謙也!」
「え、あぁ…う、…ん?そうなる、の、かな?」
「年上?年下?」

けろっとして言った金太郎に、白石を気にしつつあやふやに答える謙也。金太郎の恋愛事情にとても興味がある千歳。千歳の言葉にはっとして、やっと我に返った白石は直ぐ様千歳に噛み付いた。

「なん聞いとんねん!不健全や!」
「や、興味あっと、どんな子か」
「んなプラ――」
「犬!」
「は?」
「やから、犬」

犬?何が犬?何故犬?

「犬ー…って、何?」
「わいん家で飼っとる犬」
「…つまり?」
「や か ら 犬!ちゅーしたことあんの」
「………………」

つまり、彼女とかこう恋愛事情でのちゅーではなくて、金ちゃん家で飼っている犬にちゅーしたことがあるってこと……。

「はぁー、あー、よかったぁー。犬、犬ね、はいはい」

背もたれに体重を任せ、脱力した。だよな、金ちゃんがあるわけないって。

「なんその言い方!ひどいで、白石!わいオトナの仲間入りしたんやで!」
「金ちゃんは子供のままや」
「えぇー!オトナや言うたやん!」

内心白石は、どこまでも純粋な金ちゃんでよかったと安心した。
それと同時に。

「謙也と千歳、ここにはおらんけどユウジ。今日のメニュー覚悟しといてや」

二人に向けられた視線は跡部もびっくりするほどの絶対零度で、背筋がぞわり、よりも命の危険を感じた。

「あ、白石…、オレとユウジは悪気があっ――」
「部活、始まるで。早よ行けや」
「はいーっ!」

自慢のお早いお足で慌ただしくもさっさと出ていった。千歳も何事もなかったようにふらりと出ていった。

「わいオトナー!」
「金ちゃんはまだ知らんくてええし、知る必要もないねん。それにな、大人になるっちゅーのはたこ焼き食べれなくなるんやで?」
「え、食べれなくなる!?いやや!子供のまんまでおる!」
「分かったら早よ部活や」

おん!と元気よく部室を出た。1人残された白石は息を吐きだし、ただ思うのだった。

(後輩指導より先輩指導した方がええんちゃうか…)

本日の部活で地獄を見た人が3人ほどいた。



おまけ

「財前はちゅーしたことあるん?オトナ?」
「はぁ?」
「千歳がそう言っておった」
「へぇ……」

財前は千歳のことがもっと苦手(好かなく)なり、そして若干(かなり)気持ちが引いた!


おまけ2

「周りが卑しいこと教えんねん。そっちどうしてん?同じ純粋やん」
<純粋?やだなぁ、純粋じゃなくてバカなんだよ、赤也は>
「…それにしても、だよ。仁王君とか変なん教えそうやん」
<オレ、赤也の面倒係じゃないから知らないよ>
「へ」
<生活面は丸井と真田に任せて…。うん、あと知らない。柳生が物覚え悪いの嫌いだからあんま構ってないみたいだけどね>
「ほんま幸村君はなんもしとらんの?」
<だって面倒だし、自分の時間を割いてまで見てらんないもん>
「………」

相談する相手を間違ったな…。



拍手にしようと思ったけど、ボツにしたやつ。金ちゃんはいつまで経っても金ちゃんです。過保護白石だいすき。

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