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迷惑な迷子ちゃん
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もし50分ぐらい前に戻れるのなら、まず自分自身に癇癪を起こすなと言い付ける。そして闇雲に走り回るな、と言い聞かせ、きちんと反省する。

いつもそうだ。何も考えずに行動して後で後悔をする。所持しているものは何もない。だって飛び出したし。

つまり、そう。

(また迷子になってもうた…)

飛び出した理由なんてつまらないものだ。部室で白石と謙也に宿題を教えてもらっていた。どんなに上手に教えてもらっても、自分の頭じゃ理解できなくて、解らない、もうやだ、部活したいなど、癇癪と我儘を発揮させた。そしたら白石がちゃんとやらないと部活に出さないし、毒手やで?と言った。いつもなら大人しく聞くのに、逆ギレをして部室を跳びだして本能のまま闇雲に走り、案の定迷子になった。

(うー、白石からもらたん迷子カード持ってたらええんかったのに…)

電話番号なんてものは覚えてなくて、更には公衆電話から掛けるお金すら持っていない。案内標識を見ても知っている地名は見当たらず、その上読めない。

(ううーん…。コンビニとかで電話貸してくれんかな?白石の番号…080しか覚えてへんし…。あ!110とかにすればええやん。ちゃう、交番や!交番探そう!)

思い立ったら即行動。長所でもあり短所でもあるこれは吉と出るのか。
勘で走り回っているので勿論吉ではない。見つかったらラッキーという勢いだ。結局は更に迷子になるだけだった。

とことこと歩き、ついにはそこら辺の公園のベンチにぺたんと座った。

(……お腹すいた。まだおやつのたこ焼き食べてへんもんな…。ん?んん?あれって学校…。電話してもらお!)

とてててて、と可愛らしい効果音が付きそうな歩きをし、どこだか分からない学校の校門を潜る。放課後だけあって、部活をしている生徒が多い。

(ほんまならわいだって部活やん。はよ事務室行こ)

知らない学校なのでどこになにがあるかなんて分からない。取り敢えず玄関から入る。靴を脱いだらスリッパに履き替え、きちんと靴を揃える。白石がいなくてもちゃんとしてしまうのは日頃の反射か。

ぱたぱたと少し大きいスリッパの音が響く。きょろきょろしながら目的の字を探す。あぁあった、よかった。窓口を叩き人を呼ぶ。窓が開き、相手の問いに答える。

「なぁー、わい迷子なん。学校に電話してほしいねん」
「お名前と学校名を教えていただけますか?」
「遠山金太郎で四天宝寺中学校や。テニス部の白石か…、テニス部に連絡いれてほしいねん」

分かりました、といい電話番号を調べ、掛けてくれている。その様子を他人事のようにほげーと見ていたら受話器を差し出され、首を傾げながら耳に当てる。

「もしもし?」
<金ちゃん!もー、心配させなといて>
「白石?」
<そや。飛び出していなくなったから、今日の部活なんて急遽校外ランニングなんやで!>

別名金ちゃん捜索ランニングやけど、と付け加えた。あんな態度で飛び出したから少なからず怒っていると思ったが、その音色は責めることなくどこまでも心配をしていた。

<春日野道にいるなんて誰も思ってへんよ>
「か?」
<よー聞くんやで?山陽本線に乗って梅田で降りるんや。そん次乗り換えて谷町線に乗って四天宝寺前で降りるんや。大体1時間30位で帰ってこれるで>
「うん?さっぱや」
<地元やろ…って地元で迷子なるんもんな。謙也に連絡いれたから、梅田まで頑張って来るんやで?>
「おん、ほなな」

受話器を返し、おおきに言ってその場を去った。梅田に着けばいいんでしょ?まぁなんとかなるだろう。余裕すぎる。

(あり?…駅どっちや?)

辺りをくるりと回ってそれらしいものを探す。
あれかな?これかな?どれかな?
あ、たこ焼きやん。けど一文無しやから買えへんわ。ん、待って。じゃあ、やで?

(切符買えへんやん!あかん!どないすりゃええか!?)

…タクシー使って学校で…。いや、高いな。歩いて帰るしかないよな…。よく分からないが、四天宝寺からここまで走ってこれたんだ。いけるよ。看板で梅田って書いてある方に歩けばいいんだ。そうしよう。

(…梅田ってどっちや?看板ないやん。うー…、お腹すいたぁ…)

ん、鼻むずむずする…。

「へくちっ!っくしゅっ!…っしゅ!誰や、わいの噂すんの!」
「オレやオレ」
「う?」

1人で文句を言っていたら、答えが帰ってきたので驚いて後ろを向いた。そこには四天宝寺のユニホームを来て、片手を上げ、もう片方はポケットに突っ込んでいる謙也がいた。

「あり?なんで謙也がおんねん?」
「なんでって…ひどいやんな!白石から連絡があって、きっと金ちゃんは一文無しだし、説明しても道分かってへんから迎えに行ってやってって言われたんねん」

来んの早いやろ?なんせ浪速のスピードスターやからな!
鼻高々に仁王立ちをしてすんごい笑顔で言い放った。
それよりも流石は白石。迷子と一文無しと云うことをよく分かってらっしゃる。

「なー、道分からへんの。一緒帰ろな」
「そん前に」
「前に?」
「謝ることあんやろ?」
「謝ること?」
「おん」
「うん?」

あ、若干舌打ち聞こえたかも。いや、謙也に限ってそんなことはしない。きっと今横と通ったチャリの音だ。
謝ることとはなんだろう。分かった、あれだ。

「昨日青汁不味言うてごめんなさい」
「そうや、青汁は白石公認健康ドリンク…ってちゃうわ!」
「ちゃうの?」
「今日のことや!today!」
「とぅでい?」
「なんで金ちゃんは迷子なったん!そのことや!」
「そりゃべんきょ解らんくて飛び出したからや」

あれ。まずった…よな。笑ってるけどこめかみに青筋が見える気がする。謙也は怒らせるとかなり怖いから地雷を踏むのは是非とも避けたい。

「ち、ちゃう!あん、なん言ったらええんかな、その…。癇癪起こして我儘言うて、迷子なってごめんなさい。解るよう努力します。迎えに来てくれておおきに」
「よし。白石も苦労すんなぁ…。さ、帰ろ」

背中をぽんと押されて、くるりと反対を向いたら探していた入り口が見えた。
あれ、謙也ってこんなお兄さんだっけ?
一歩後ろを歩き、ブリーチされている頭を見上げる。
ここまで走って来たわけではないよな。いや、どうだろう。確かに来るのはかなり早かったと思う。走って来てくれたのだろか。

「なん後ろ歩いてんねん。また迷子なったら困るから、ちゃんと見える横歩き」
「んー、謙也の背中おっきな〜思うてな!」

横に並んだらバーカと言われて頭をがしがしと撫でられたので、はにかんで笑った。

「ほんま来てくれておおきに!」
「オレやなかったら、あと1時間迷子続行やったな」
「地下鉄使って来たん?」
「や、近くにおったんでランニングついでに走って来たで」
「わぁー…ほんっまおおきに!!」
「わっ」

どん!っといきなり抱きついたので若干よろけた。ただ自分の為だけ(しかも自分の癇癪と不注意による迷子)にここまで走ってきてくれたのがすごく嬉しかった。

「はよ帰って白石を安心させんとな」
「おん!」

謙也から離れ、ホームへ向かった。地下鉄に乗っているとき(切符は謙也に買ってもらった)、さすがに疲れたのか謙也はうとうと寝ていた。乗り換えの場所はちゃんと覚えていたので、梅田のアナウンスが聞こえたら、きちんと起こした。

乗り換えした地下鉄の窓から外を見たら、綺麗な夕日になっていた。今度は謙也は眠らず、代わりに自分が寝てしまった。

気付いたらいつもより目線が高くて、謙也におんぶされていることがすぐに分かった。居心地がとてもよくて、狸寝入りをしてようとさえ思ったが、謙也は気付いて、おはよう、と言った。下ろす素振りをしなかったので、そのまま甘えておぶられていた。

「おはようなー。謙也の背中、めっちゃ居心地ええ」
「ん、そうか?よく弟おぶってるから慣れてんのかもしれへんな」
「弟かぁー。わいも兄弟ほしいなぁ」
「あかん。金ちゃんみたいなのが2人も3人もおったら地球終わるわ」
「えー、なんそれ」
「やから、オレらが兄貴や」
「みんなが?」

考えたことのないことだったので、目をぱちくりさせた。
白石や謙也、千歳に小春にユウジに銀に財前が兄ちゃん…。
兄ちゃん多いわ。弟もほしいねん、わいわ。なでなでして、ぎゅーっとして、一緒に遊んで。あれ、犬にやってることと全く変わらへんな。
でも。

「ごっつ嬉しな!!」
「ぐへっ!」

後ろからぎゅっとしたら、腕に力を入れすぎたらしい、腕を叩いてギブのジェスチャーをした。ぱっと腕を離すと少し咳き込んだ。

「あ、ごめん」
「げほっ…。力強すぎや…」
「やってめっちゃ嬉しいんやもん」
「じゃあ兄貴の言うことちゃんと聞くんやで?」
「う?」
「勉強はちゃんとすること」
「えぇー!?嫌や!」
「嫌もなんも割り算は出来なきゃあかん」
「えー…」

掛け算をやっとのこと覚えたのだ。誉めても罰は当たらないはず(現にたこ焼きおごってもらったが)。
ほら、と謙也は背負い直し、顎で前を指した。ひょいと顔をずらし、前を見た。そこには四天宝寺中学校の校門があり、白石が待っていた。

「もう一人の兄貴を安心させてきな」
「おん!」

背中から降りて校門へ小走りする。中腰になっていてくれる白石に駆け寄る。

「ただいま!」
「おかえり。もう勝手に飛び出して迷子なって、みんなに迷惑掛けたらあかんからな」
「うー、ごめんなさい。もうしません」
「よし、ええ子や。さ、みんなにもごめんなさいしに行こな」

白石は右手で頭を撫で、背中をぽんぽんしながら二人部室へ向かった。
謙也はその様子を少し離れた場所から微笑ましく眺めていた。

(白石は兄貴っちゅーより、おかんやな)

そんなことを思いながら、門を通った。きっと今日の星空はとても綺麗だ。



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本当はおんぶではなくて、手を繋ぎたかったな。絶対かわいいもん。白石も同じ(笑)
それ故に書いた小説


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