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完璧で不完全な人
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天は二物を与えず。
よくできた言葉だなって本当に思う。初めて聞いたときは、あっそ、としか思わなかったけど、この人に会ってからは、確かに、と思うようになった。

見た目も性格も良い。だが親しくなれば、知らなきゃよかったとか、本当に残念な人だなってつくづく思う。
現在進行形でそう感じている。

「めっちゃエクスタシーやろ?」
「はぁ、さっぱですわ」
「せやから、あぁもう、なんで分からへんのかなぁ」

いやそりゃこっちが聞きたいわ。
出そうになった言葉をぐっと飲み込み、小さく溜め息を吐いて襟足を弄ぶ。
細い顎に細長い指を当て、綺麗に整った眉は不満そうな形を作っている。きっと今考えていることは、どう言ったら上手く伝わるか蘊蓄(うんちく)を組み立てているのだろう。

「何回言われてもさっぱなんで、何度も言わんでええすから」
「いや、何度でも言うてガブリエルの良さを伝えるで」

真顔で言うから困ったものだ。ただの虫だろうに。しかもカブトムシに宗教の名前を付けるなんてどうかと思う(まぁ本人が聖書と呼ばれているが故にだろうが)。

完璧主義者の健康オタクが仇になっている。たかがカブトムシの為に、湿度は25度がベストだの、適度の加湿が大切で霧吹きは必須アイテムらしい。さらにはプロテイン入りゼリーを与え、高蛋白がポイントでバナナも良いとか、栄養管理は完璧と鼻高々に言っていた。

ちなみに可愛いと思っていて、ずっと一緒にいたくて、全力で守りたいらしい。これを聞いた時かなり引いた。オレの妹は恐ろしい悪魔だとか言っていたが(冬を越せないとか、もう少しで死ぬんちゃうかと言ったらしい)、妹さんに同感する。だってそれ、カブトムシでしょ。

「なめらかなボディに、すべるようなラインに…はあ…めっちゃええわぁ…」

美白の肌の頬に手を添えてうっとりしながら言うのだから、言葉なんて出てこなかった。何も知らない人が聞けば青春真っ盛りの中学生の会話に聞こえるかもしれないが、話題はブレもせずカブトムシだ。人の趣味嗜好なんざそれぞれだと、自分に言い聞かせる。だが顔も性格も頭脳もパーフェクト故に残念極まりない。
それにもう一つ残念なことがある。彼の口癖も残念なものがあるが、それではない。

「この無駄のないフォルムええよなぁ…」

そう“無駄”。逆ナンの次に無駄を嫌う。あれは無駄、これも無駄、その次は何故無駄なのか蘊蓄を語りだす。その蘊蓄こそが無駄ではないのかと思うことが多々あるが、言えるわけがなく常に適当に聞き流す(今現在も語っているが、全く聞いていない)。
かなりの自己中に部類されが、人徳によって許されてしまう。

「やからええんや。せやろ?」
「そうっすか」
「せや、財前って冷え症やろ?」
「まぁそうなんじゃないすかね」
「生姜湯飲むとええよ。それに半身浴やろ?あとは運動することやけど、テニスしてんもんな」
「…生姜湯は飲んでますよ」

何故今日に限ってカブトムシスイッチと無駄スイッチ、健康オタクスイッチが入っているんだ。というかいつ語り終わるのだろう。
自分にとってはこの時間が無駄だと思うが、そんな地雷を踏むことなんて出来ない(実際本気で怒っているところは見たことないが)。

「あ、ヨガ。風呂上がりにヨガええで」
「いや、間に合ってるんで」
「なん、健康的やん」
「ええかもしれんすけど、あんなキショいの無理っすわ」
「つれないなぁ」

なんとまあどんまい。ヨガについての蘊蓄を語りだしてしまった。そんなことを聞いてもさっぱだ。
こんな時に無駄に役立つ先輩達は何故いないのだろうか。いやまあ購買部になんて滅多に来ないだろう。ただ自販機に用事があっただけなのに、意外にも意外。この人物が現れたのだ。せっかくの昼休みが終わろうとしている。なんてもったいなくて、無駄に過ごしてしまったんだろう。

「ははっ」
「なん笑ってるんすか」
「オレの言うたこと、全部聞いてないやろ?」
「はい」
「速答かい。あんな、たまには沢山しゃべった方がええで。財前は自分の考えを良くも悪くもしゃべらへんからなぁ。溜め込みは体に悪いで」
「余計な世話ですわ。そんな部長は蘊蓄語るのやめた方がええすよ」
「文句はちゃんと言うんのになぁ。じゃあほら財前が好きな音楽について語ってほしいねん」

は?意味分からん。なにをさせたいんだ。にこにこしながら話すのを待ってるし。なんか腹立つ。

「…部長みたいになりたくないんで嫌です」
「ほお。オレみたいってどない?めっちゃ気になるねん」
「………顔も頭も性格もええんのに、虫好きやし、無駄と言いつつ自分の無駄に気付いてないとか、蘊蓄語るの好きやし。残念な人ですよね」
「なるほど、財前はオレんことを完璧に見てるんやな。で、オレみたいになりたくないっちゅーことは、自分も少なからず顔とかええって思ってるんやね」

この人嫌い。
否定しないってことは自分だってそう思ってる証拠だろう。つまりはナルシストも入ってることになる。間違っちゃいないが。

「そういう意味で言ったんやないすけど」
「ふうん?」
「せやから…。あぁもう!部長に憧れてる分、残念なところが多すぎてがっかりやっちゅーことや、アホ!」

このことは絶対に言うつもりはなかったのに(特に本人には)、つい乗せられて言ってしまった。悔しいからアホって言ったが、正直まだ言い足りないくらいだ。けど白石に向かってアホとかそういう部類を言ったのは初めてではなかろうか。
足早にさっさとこの場を去ろうとしたが、嬉しそうに笑っている白石の手により妨げられた。

「…なんすか、この手」
「頭なでてるんや」
「そやなくて…」

やんわりと白石の手をどけ、軽く睨んだ。
オレは金太郎とちゃいますわ。

「睨むことないやろ。全く可愛い後輩やなぁ。話してくれておおきに。めっちゃ嬉しかったで」
「さいすか」
「おん。オレから聞かんとったら、そないこと絶対話してくれへんやろ?」
「アホちゃいますか」

今度こそ去ろうと思ったが、また障害が。目の前からご機嫌そうな千歳が歩いてきたのだ。最悪だ。てか来るタイミング遅い。

「二人仲良くなにしとん?」
「世間話や。千歳こそどないしたん?もう昼休み終わんのに」
「飲み物買って昼寝しに…あれ?」

少し体を屈めて顔を覗き込んで、軽く首を傾げた。なに、なんやねん。キショいねん。

「…なんすか」
「耳、赤いと。どぎゃんしたね」
「あんたの…そういうところが大っ嫌いなんねん!」
「いでっ!」

流石にキレるものがあったので、思いっきり足を蹴ってその場を去った。
後ろからは、それは言っちゃあかんやろ、という白石の声が聞こえた。バレてるとは薄々気付いていたが、改めて言われると腹が立つ。

やっぱり天は二物を与えない。
どんなに完璧でも、人間離れの能力を持っていても。
話していてよぉっく分かった。

完璧な人なんていてたまるものか



―――――――
実際私がそう思いました。

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