*

痛いのは嫌い
1ページ/1ページ



「いーやーやぁーっっ!」

そう言って金太郎は、どぴゅーっ、という効果音が似合うような走りをして逃げていった。

事は昼休みに遡る。


「予防注射?」
「おん。おとんがオレらに特別に安くしてくれるって言うてんねん。今年はインフルめっちゃヤバイらしいから、しといて損はないと思うで」
「ふぅん。じゃ、部費から出してもらうか。今日は部活休みやし、謙也んちで予防注射やな。今日で問題ないやろ?」
「おん、平気。ならオレ、みんなに知らせに行ってくるわ」
「待ち合わせ場所は校門な。頼む」

彼は快くうなずいて、教室を後にした。うちらのメンバーは注射は平気だから、すぐ終わるだろう。その後はそのまま謙也の家で遊べばいい。たまにはテニスなしで遊ぶのも悪くない。

廊下からやたらバタバタと走ってくる音が響き、なにかと思って廊下に出たら、金太郎が走ってきて、その後ろに謙也が追い掛けていた。

「廊下は走るなって…おわっ!」
「ちゅ、注射ってほんまっ!?」

しゃべっている途中で金太郎にタックルされ、そのまま抱きつかれた。顔色を伺うと、相当血色が悪い。

「なん、注射平気やろ?」
「イヤや!イヤやぁっ!」
「悪い、白石。知らせた途端走りだしおって…」
「ええよ。金ちゃん、健康診断の時平気やったやん」
「あ、あの後、腕ごっつう痛なって、腫れたんや。その後、なんかの予防注射して…、ごっつう痛くて、熱出して…。いややぁー!」

さすがに困った。まさかこの金太郎が注射がダメなんて。謙也を見ても、困り果てていて、どうするべきか悩んでいた。

「ほら、注射してくれんのは謙也の親父さんやで?痛ないって」

そう言っても、ぎゅっとしがみ付いて首を横に振るだけだった。その力は結構なもので、こちらの方が痛い。

「みんなで一緒に受けるんや、そんなら怖くもないし、痛くもないやろ?」
「痛いもんは痛い。イヤや」
「ほらほら、金ちゃん、白石が困ってるやろ?頑張ったら、3日間たこ焼き買うてあげるから。なんなら宿題も手伝うし。な?」
「うー…」

渋々、といったところか、やっとのこと離れてくれた。予鈴が鳴り、金太郎は重い足取りで教室へ戻っていった。

「…毒手も使わへんであんなへこんでる金ちゃん久々見たわ」
「相当嫌なんだなぁ…」

そんなこんなで平和に授業が終わり、問題の放課後へなる。謙也と共に校門へ向かったら、すでにメンバーが全員揃っていた。

「悪りぃ、ホームルーム長引いてしもうた」
「じゃ、行きますか」
「ヤダ!わい帰る!」
「なんお前、注射嫌なん?」

財前の問いにみんな意外そうな顔をする。その問いに食い付きも取っ付きもせずに、顔を背けて眉間に皺を寄せた。

「あ、今の仕草、蔵リンに似てるわね」
「は?」
「虫酸が悪なると、よおやっとるな」
「わい注射嫌やもん。行かへんもん、絶対」

寧ろ今から家へ帰ります、と宣言したかのように一人で先に歩きだした。暴れもしないで大人しく去ろうとするので、なんて声を掛けたらいいか分からず困った。
そこへ千歳が一歩前へ出て、にこにこ笑って自分自身を指差した。

「オレも注射嫌いだばい。痛いねん」

ぴたりと金太郎が止まり、半信半疑気味で千歳を見た。

「…ほんまにぃ?」
「うん。ミユキによおバカにされてたけん」
「うー…、注射イヤやぁ…」
「オレも嫌たい。手ぇ繋いで一緒に行くばい。ね?」
「…おん」

差し出された手を素直に掴み、一緒に歩きだす。その光景はまるで親子だ。身長差もそれなりにみえる。

「千歳が注射嫌いだなんてめっちゃ意外や」
「そんなギャップもええわぁ」
「あんな大の男がなぁ」
「そんなん人それぞれや。オレらも早よ行くで」

千歳のお陰でなんとか金太郎を説得し、病院に行くことが出来た。後は注射前に落ち着かせるだけで大丈夫だろう。

病院の中に入ると、金太郎は1人でそわそわし始め、落ち着かないのか周りをきょろきょろ見渡している。千歳と手を放してはいるが、裾をぎゅっと掴んでいる。あれは皺になるな。
注射についての説明は馴れ親しんでいる謙也がしてくれる。

「えぇと、予防注射をした後、熱出たり、咳出たり、気持ち悪くなったり、あとなんやったかな、頭痛?とか、まあ風邪と同じような症状や、あと注射したところが腫れたりすんけど、まぁ1日で治るから気にすんな」

それを聞いただけで金太郎は固まってしまい、さぁーっと血色も悪くなっていった。

「それと注射したあとは、運動を控えること」
「わい、やっぱ…」
「はいー、白石からGOー」

もう聞かない、と言ったように謙也は金太郎の言葉を遮り、この部屋ね、と言って部屋を案内した。
まあ確かに痛いが、すんなりと2秒位で終わった。
待合室に戻れば、痛かった?とやたら聞いてくる金太郎がいたが、そこで痛いと言ってしまえばおしまいなので、一瞬過ぎて何も感じなかった、という無難な感想を述べた。

「あ」
「なん!?なん!?なんやっ!?ざ財前っ」
「ざざいぜん?なんやそれ」

びびりまくっている金太郎とは正反対に、冷静なユウジがつっこむ。そうしている間にも着々と順番は迫ってくる。

「オレ、去年注射したらめっちゃ体調崩したんすわ。3日寝込んだんすよ。大丈夫すか?」
「うーん、大丈夫やろ」
「わ、適当。まあええわ」

千歳と入れ替えに財前が部屋に入っていった。千歳は注射したところを擦りながら、禁句を言ってしまった。

「痛いとね…」
「いたい…!」
「金太郎、お前の番やで」

注射し終わった財前は何事もなかったように順番を告げる。完璧に青ざめている金太郎はぶるりと震え、ぶんぶんと首を振り、大声をあげた。

「いーやーやぁーっっ!」

そう言って金太郎は、どぴゅーっ、という効果音が似合うような走りをして逃げていった。

ここで冒頭に戻るのだ。

「あーあ、千歳、どないしてくれんねん」
「わ、悪かね…」
「この勢いでいくと金ちゃん迷子なるかもなぁ」
「す、すまんばい…」
「みんな注射してもうたから、思いっきり走れんもんなぁ」
「あ、はい、すみません…」
「あんま部活来ないっちゅーのに来たら来たでトラブル持ち出すもんなぁ」
「うん、ごめんちゃい…」
「それにその反省のないた―…」
「白石、もうええから金ちゃん探そうや。な?千歳も。軽い運動なら大丈夫やからさ」

あえてネチネチと言ってみたら、見るに見兼ねた謙也が助け船を出してきた。
となれば。

「千歳、いってらっしゃい」
「ん、オレ一人と?」
「おん。5分経ったらここに帰ってくるんやで」
「あ、はい、行ってきます」

特に急ぐ様子もなくふらりと出ていった。どこまでもマイペースの奴だ。

「さてと。オレも金ちゃん探してくるわ」
「あら、蔵リンも行くん?」
「やって千歳、金ちゃんがいる場所知らんやろ?」
「うわ、根暗やなぁ〜」
「じゃ、行ってくるから、みんなは謙也ん家で遊んといて」

病院を出て、真直ぐに、ある場所へ向かう。金太郎が謙也の家の近くでいじける場所は分かっている。

「お、おったおった」
「げぇっ!白石…!」

見つからないと本気で思っていたのか、かなり驚いている。可愛らしくもブランコに乗っている。
そう、ここは公園。なぜかいじけるとここにやって来るのだ。

「ちゅ、注射せぇへんからな!」

タイトルを付けるのならば、威嚇している猫。怖くはないが。
ブランコの横に行き、小さな彼を見る。

「あかんなぁ。あの注射、運が良ければ毒手予防にも効果あるらしいで」

こう言えば、思った通り、金太郎はぴくりと反応をした。

「え、ほんまにっ?」
「おん。やってオレ、毒手の持ち主なんやで?」
「…そっか!わい注射してくる!」

可愛いぐらい単純な子だ。
さっきと打って変わって早く注射したいと言わんばかりに走って謙也の家へ戻って行った。
最初からこうすればよかったと少し思う。

謙也の部屋にあがって、金太郎と目があったら、痛かったけど頑張ったで!これでもう毒手は平気やもん!と満面の笑顔で言ったのだから、心が痛む他なかった。


――――――
予防注射、かなり痛かったです。ええ、腫れましたとも。なにが10人に1人だ。

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ