*

願ったのは
1ページ/1ページ



至って変わらない日常の中。けれど今日はいつもと違う日になるようだ。

「仁王っ!今日放課後暇だよなっ!」
「…なんじゃい、その決め切った言い方は」

席が大分離れているのにわざわざこちらの席に丸井がやって来て、前の机にどかりと座る。

「てか放課後は部活じゃ」
「いや今日休み。幸村くんの気分で」

我儘な部長だ、と改め思った。しかし部活がないならないで家でゆっくりしたいというのが本望。

「用事はないが、帰る」
「そうか!じゃあケーキ美味しい店行こうぜぃ!」

会話、噛み合ってないんだが。
丸井は椅子の上に足を置き、それを弄んでいる。返事を早くしろという意味なのだろうか。

「甘いものは好かん。ジャッカルか赤也でも誘いんしゃい」
「ジャッカルには金がないって言われて、赤也は真田と柳の楽しーいお勉強会があんの。だからお前誘ってんじゃん。わっかんねーの?」

そもそもケーキとかそういう類があまり好きではない人と食べに行っても楽しいのだろうか。自分が食べないにしても、丸井が大量のケーキを食べているのを見ているだけで気持ち悪くなりそうだ。

「行かん」
「オッケー!じゃあ放課後一緒に行こうな!」

丸井は元々強引というか自己中なところはあったが、こんな酷かっただろうか。それとも日頃の何かの恨みか。
周りに音符が見えるぐらいにルンルンで席に戻っていった。

様子から察するに。
何かを隠しているには違いない。カフェ、レストランなどは誘われたことは何度もあるが、ケーキ類はジャッカルか赤也を必ず連れ回す。仁王一人ををそういうところに誘うことはまずない。

(まあええか。あんなご機嫌なら悪いようには使われんじゃろ。それに無視して帰ればいいし)

なにやら携帯をいじって嬉しそうにしている丸井を遠目から見て、頬杖をし、一人微笑んだ。

授業が終わり、帰り支度をして指定のマフラーを巻く。丸井に見つからないようにとさっさと教室を出ようとしたが、違う人物により妨げられた。

「仁王せんぱ〜いっ」

教室を出るが否なおバカな後輩がやってきたのだ。それもでかい声をあげて。

「なんじゃいバカ也」
「ひどっ!じゃなくて助けてください!」
「ん、あぁ…」

赤也の後ろからやってくる真田と柳を見て大体事態の把握が出来た。今回はどんな事態をやらかしたのだか。
赤也は振り返って、げっ!と言ったらそそくさと仁王の後ろに隠れた。

「赤也!何をしておる!さっさと戻って宿題をやらんか!」
「仁王、悪いが赤也をひっぺ剥がしてくれないだろうか」
「ドウゾ」
「ひどっ!仁王先輩はオレのこ―…」
「仁王見っけたぜぃ!」
「…ぴよ」

額に手を当て、あちゃー、というポーズをとる仁王に対し、かなりご機嫌の丸井。
赤也のせいでブン太に見つかったじゃなか。
こうなったら仕方がない。

「悪いな、ブンちゃん。今から赤―…」
「じゃ、ケーキ食いに行くぞぃ」
「いや人のはな―…」
「えー!ずるいっす!オレも行きたいっすよー!」
「ならあか―…」
「たるんどる!宿題をやらずに糖類に誘惑されるとはなんたる堕落!」
「かわ―…」
「それを褒美にしてやるから頑張るのだぞ」
「オ―…」
「じゃあ仁王連れてくなー!」
「………」

首元を引っ張られ、ずるずると引き摺られる。
なんだ今の会話に入れさせない感は。オレ、そんなに声小さかったっけ。
丸井は余程楽しみにしているのかケーキ、ケーキ!と歌っている。

「ブン太、歩ける」
「あぁ、わりぃ、わりぃ」

悪さなど全くないように謝られ、やっと解放され自分の足できちんと立つ。マフラーを巻き直し憂鬱を吐き出す。昇降口が近いので寒さが増してくる。

(さぁーて、どうやって切り抜けるかのぅ)
「今日はな、どうしても仁王とケーキ食いたかったんだよなぁ!」

上履きから外靴に履き替えながら、本当に嬉しそうに言うのだから中々に考えるものがあった。

「オレは早よ帰りたいんだがの」
「固いこと言うなって!だって今までケーキだけってのは一緒に行ったことねぇじゃん?だからマジ行きたかったんだよなぁ」

丸井は一足先に外へ出て、寒いなぁ、と顔をマフラーに埋めた。こっちだって寒い。特に興味がないものに連れ回されることは嫌いだ。
仁王が横に来たことを確認すると、両手をポケットに突っ込みだらだらと歩き始めた。そのペースに合わせ、こちらも歩く。

「そんなにオレと行きたいんか?」
「だってお前とプライベートの付き合い少ねぇし」

怪しい。今の一言は何かが引っ掛かる。少ないわけではないし、そもそも丸井はそういうことを気にしない。なら三強や柳生などの方がプライベートの付き合いは少ないと思われる。クラスメートでもある仁王とは比較的多い方とみなされる。

「ほぉ…」
「な、なんだよ?」
「いやいや、オレ的にはプライベート付き合いもそこそこあるし、ケーキって言葉が頻繁に出てくるなぁと思っての」
「う、うん、そんで?」
「胡散臭い」
「え、そんなこ―…」
「仁王くんに丸井くんではないですか」

部活が休みだというのに、やたらレギュラーに会うな。
後ろから柳生がやってきた。
全く今からいいとこで、ケーキから抜け出せると思ったのに。心なしか丸井はほっとしたように見える。

「柳生じゃん!今帰り?」
「えぇ。それより二人は今からどこかへ?」
「おう!仁王とケーキ食いに行くんだ!」
「いいですね。もしよかったら私もご一緒してよろしいでしょうか」
「もち!」

柳生と一緒に行くのなら帰っていいだろう。丸井が何を考えているかも分からないし、首は突っ込みたくない。

「ほんじゃ、オレは帰るぜよ」
「は!?なんで?」
「ケーキは食わん。柳生と食べんしゃい」
「いえ、私は仁王くんに話があるのです。ケーキを食べなくても来てくれないと困ります」

なんだこの怪しい感じは。
丸井だけだったらこの場を切り抜けることが出来たが、柳生となればそのハードルは高くなる。それに大分こちら側の手も読まれてしまう。変に読まれてしまう前にこちらが折れたほうが得策だろう。

「…分かった、聞くだけ聞いてやんよ」
「よっし!じゃあケーキ目指して出発〜っ!」

口元をマフラーで隠して、本日二回目の憂鬱を吐き出した。それは白い煙となり、晴れ渡った空に消えていった。

連れてこられたケーキ屋は思ったより広くてコジャレており、喫茶店と兼用になっていた。
ここだよ、と丸井は先に入っていき受け付けを済ました。

「あ、オレと柳生はケーキ注文すっから、仁王は先に席行っててよ。こっから死角になってるあそこの角席だからよ」
「はいはい」

特に聞く耳は持たず、席へ向かう。だんだんと席が見えてきて、結構広い席なんじゃないか?と思い椅子に手を掛けようと思った瞬間。

パンっ!パンパンっ!

クラッカーが鳴り、視界はカラフルなものが飛び散った。

「仁王先輩っ!誕生日おめでとうございますっ!」

死角になって見えなかったところには、赤也、幸村、真田、柳、ジャッカルがいて口々におめでとうと言ってくれた。
正直、かなり驚いた。

「誕、生日?」
「なに、自分の誕生日も忘れちゃったの?せっかく休みにしたんだからさぁ、もっと嬉しそうにしてよ」
「お待たせ!ケーキだぜぃっ」

丸井と柳生が後ろからやって来て、机にホールケーキを置く。プレートには“お誕生日おめでとう 仁王くん”と書かれていた。

「あぁ、今日オレの誕生日か」
「もー、こっちはずっとヒヤヒヤだったんだぜぃ?絶対怪しまれてる!って。柳生スタンバイしてなかったらマジヤバかった…」
「誰でも厳しいとは思いましたけどね」

皆座りながら種明かしをしてくれた。
幸村がこのサプライズパーティーを考えたらしい。あの仁王を上手く騙したい、と。そこでよく寄り道して帰る且クラスメートの丸井が仁王を誘い出す。しかし仁王の場合、この時点で疑い、一人抜け出して帰ることを考えていたので、赤也にメールして授業が終わったら廊下でスタンバイしていてほしいと頼んだのだ。案の定一人で出てきた仁王にでかい声を出して丸井に伝えたのだ。そして二人で帰っているときに仁王は探りをいれて抜け出そうと考えるだろうから、後ろからこっそり柳生が付いてきていたのだ。

「怪しいとは思っていたが、今日が自分の誕生日だってのをすっかり忘れてたわ。みんなグルだったとはな」
「ジャッカルはあんま関わってねぇぞ」
「いや予約とか裏方頑張ったからな!お前がやるって言ったのに押しつけたから…」
「何はともあれオレは仁王を騙せてよかったよ」
「赤也の勉強を本当にやってもよかったのだがな」
「いやマジ勘弁です」
「精市、渡すものがあるのだろ?」
「あ、忘れてた」

ケーキはまだかと駄々ねる丸井を一睨みし、懐からひょんと可愛らしい袋を出した。

「これ、プレゼント、みんなから」
(…いらんとは言えんオーラだしとるなぁ…)
「早く開けてみてくださいよ!」
「なに入ってんの?」
「いや、お前さん達は知ってるだろ」
「いや、オレがお金巻き上げて、学校を休んでまで買いに行ったから知らないよ」

このパーティーの趣旨が分かった気がした。ただ単に幸村が学校と部活を休みたかっただけではないだろうか。
それなりに重い箱を受け取り、袋を開ける。が、中にはまた新たな袋が。マトリョシカか。

「一番デカイのが一番最初に開けるんだよその次に中くらいで、最後が小さいの。オレがわざわざ入れたんだからね」
「早くー!」

仁王よりも赤也がとてもわくわくしており、赤也に開けさせてあげようかと思ったが、この笑顔のプレッシャーがそれを許そうとはしない。大きい袋を出して、そのリボンを取る。

「…ポップコーン機?」
「いいなぁー!」
「次これだとよ」
「……ポップコーンの元に牛乳」
「次!これ、これ!」
「…いろんな味のキャラメル」
「ナイスチョイスでしょ、オレ」
「「ナイスっ!」」

いやいや、オレ、どんなイメージ持たれてんよ。
真田に関しては、このようなおもちゃでポップコーンが作れるのかと変な関心をしている。
嬉しいけど、さすが幸村。

「そろそろメインのケーキに移ろう」
「待ってました!」
「まだですよ!蝋燭付けて、ふーってしなきゃ!」
「ほら、真田。風林火山の火だよ」
「流石に無理だ…」
「店員に頼もうぜ」

やたら冷静な自分に対し、自分を祝ってくれ、嬉しそうにしてくれる仲間。
光が灯った蝋燭を見て、らしくもないことを思った。

「ちゃんと願いを込めて消すんですよ!本当に効果あるんですから」

思わず口が上がってしまった。騙されついでに騙されてやろう。
ふうっと火を消し、拍手とおめでとうの言葉をもらった。

「なぁ、なんて願いを込めたんだ?」
「たまには甘いのも悪くないのぅ」
「?」

その言葉に丸井と赤也は顔を見合わせ、傾げた。
仁王はというと、切り分けられたケーキを一口食べ、微笑みながら外を見る。
ひらひらと冬の訪れを告げる雪が舞っていた。


―――――――
仁王はぴばです!
プレゼントのはノンフィクションだったり
今年の自分の誕生日は本当に忘れてました


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ