*

赤也と辞書
1ページ/1ページ



最初は珍しいなーとか思ってたけど、今はもう悲しいかな、慣れてしまった。

「で、今日は何?」
「辞書っす!」
「いやどれだよ。国語?英語?」

そう、可愛い…、否おばかで可愛い後輩、切原赤也が1週間に2回はこの3年B組にやってくる。暇から始まり、あれ貸してこれ教えてなど。頼られるのは嫌いではない。だがこうも甘やかしていたら、自立なんて到底無理なのではないかと、丸井ブン太は思う。
しかし弟だと思っているので、やっぱり甘やかしてしまう自分がいる。

「英語っす!英和!」
「待ってろぃ」

綺麗、とは言い難いロッカーで分厚い辞書を探す。出てくるのはプリントやらお菓子やら。あった、あった。

「ほい」
「あざーす!」
「てかさ、なんで毎回オレなの?仁王でもいいじゃん」
「仁王先輩に英和辞典借りたら、英英辞典だったんすよ。んでもって国語辞典借りたらドイツ辞典とかギリシャ辞典で…。もう嫌っす」

あぁ確かに。あいつ赤也をからかうの大好きだもんな。
妙に納得してしまった。素直に貸す訳がない。素直に貸すということは大抵悪戯だ。だけど切原が英英だのドイツなど分かった分凄いものだ。

「ジャッカルは?」
「持ってないって」
「柳生とか柳は?」
「貸すのは1回だけって言われて…」
「んー、真田は?」
「こ、殺される……!」

というか貸してくれないだろうな。くれるのは拳骨だけだ。切原はにこにこ笑って丸井を見た。

「だから、丸井先輩には感謝してるんすよ!貸してくれる貴重な先輩なんすから」
「微妙な感謝だな」
「あ、チャイムなるんで帰ります。昼休みに来ますね」
「おう」

バタバタと廊下を走り、真田の怒りの声が聞こえた。毎度本当学ばないよな、と思うがそこが可愛いと思う。

(バカほど可愛いって強ち嘘じゃないよなー…)

そう思いつつ教室に戻った。
そして昼休みになった。丸井はB組で仁王とご飯を食べていた。そこへ切原ではなく幸村がやってきた。

「丸井」
「ん、幸村君、何?」
「跡部からさ、なんか芥川が丸井にあ――」
「丸井先輩!」

幸村の言葉を遮り切原がドアで吠えた。クラスの視線が一気に彼に集まる。心なしか涙目になっている気がする。

「丸井先輩なんか……大っ嫌い!デブン太っ!!」
「はぁ!?」

口を開く前に、切原が丸井目がけて辞書を投げた。テニスをしているだけあって、腕力がありそのスピードは凄まじい。丸井も劣らず、当たる寸でで辞書をキャッチし、ドアを見たらもう切原の姿はなかった。

「危ねぇなぁ…。ったくなんなんだよ」
「ブンちゃん、ちと辞書見せて」
「ん」

色白な手にどすと辞書を置く。仁王はなんの単語を調べるわけでもなく、パラパラと眺め始めた。倣って丸井も幸村も覗き込む。

「あぁ、ほれ」

細長い指でとんとその文字を叩く。そこには文字の配列ではなく、黒のマーカー(恐らく油性)で塗り潰されていた。その横には文字にはお構いなしに、「バカ!」と書いてある。
属に言う卑しい単語に友達と面白がってライン引いたのを思い出した。

「…忘れてた」
「切原はなんやかんやで純粋だから、相当ショックを受けたんだろね。特に懐いてたし」
「暫くはブンちゃん離れ出来ていいんじゃないかの」

仁王が言った通りあからさま避け、珍しく真田にべったりな切原を暫く見ることが出来たとさ。


――――――――――
赤也は絶対に純粋だと思う。

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ