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金ちゃんと辞書
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どれ位時間が経ったのだろうか。正直言ってしまえば、5分も経っていない。彼は椅子に座ってから全く、本当に1ミリも姿勢を変えていない。

「金ちゃん、出来た?」
「んーんー」

白石の問いにふるふると首を横に振る。睨めっこしているプリントは先程から変わらず、白紙だ。
シャープペンを握り締め、右には辞書を置いて、意味調べの宿題を部室でやっているのだ。宿題といっても、正確に言えば授業中に終わらなかったらしい。

「さっきから進んでないなぁ」
「あんな、これ、読めないんよ。なんて読むん?」

あぁ、だから睨めっこして進んでいなかったのか。小さい手で示している単語を見る。確かに金ちゃんなら読めないだろうな、と勝手に解釈してしまった。

「没我って読むんや」
「ぼつが?」
「おん。さ、意味調べぇ」

こくこくと頷き、辞典を手に取る。だが直ぐにその手は止まり、白石をじっと見つめる。悲しいかな、何も言っていなくても助けを求めていることが伝わってくる。

「なん、どうしたん」
「うーん、じしょの使い方よう分からんのや」
「はぁ!?今まで意味調べどうしてたん?」
「やらんか、写しとったんか、みんなに聞いてた」

だから漢字も意味もいつまで経っても覚えないのか。誰だよ、今まで甘やかしてたの。これに関してはオレじゃないぞ、と言い切れる。

「辞書の使い方教えんから、覚えるんやで」
「えー、白石が意味教えてくれんやないの?」
「自分でやるんや」

左手をちらつかせながら言えば、おとなしく頷く他なかった。渋々と辞書を適当に開き、じーっと眺めだした。

「…なにしてるん?」
「ぼつがを探しとるん」

もう驚きも何もない。呆れるというか、もう溜め息しか出てこない。でも可愛い後輩故にきちんと教えようと思ってしまう。

「そこに没我はあらへんよ」
「なんでなぁ?」

大きい目を瞬き、首を傾げた。ほんま可愛いやっちゃな、と苦笑いをしてしまう。

「あんな、どんなに頑張ってもさ行にはあらへん」
「さぎょう?」
「"ほ"は何行にあるん?」
「なにぎょう?んー…あいうえお、かきくけこ……あ!は!はにある!」
「おん、ならは行を引くんや」
「ひく?」

あぁもう、ほんましょうがないなぁ。貸して、と言い、一度辞書を閉じ、索引を見せる。

「ここに、あかさたなって書いてあるやろ?これ索引言うんや。んで、調べたい没我は、は行やから、はって書いてある横の黒い部分を開くんや」
「うんうん」
「で、"ほ"は、は行の一番後ろやから、この黒い部分の後ら辺を開いて…」
「おお!ほから始まる言葉がいっぱいや!」
「せやろ?没我の"ほ"の次の言葉が"つ"やから、2番目に"つ"を探すんや」

感心の言葉を並べている金太郎は果たして理解しているのだろうか。多少心配になりつつも、単語を探す。

「あぁほらあった」
「ほんまや!んーと、ものごとにうちこんでじぶんをいししないこと…?」
「せや。さ、プリントに書き」
「おん。…どゆ意味なん?」
「せやな、金ちゃんがテニスをしている時、テニス以外に考えないやろ。それの事や」
「ふーん」

綺麗とは言えない時で意味をプリントに書き込んでいく。書き終わると満足し、にっこり笑う。

「出来た!次はなんて読むん?」
「識見や」
「しきけん?」

覚えたかどうか心配だったが、覚束ない手取りで引いており、ちゃんと覚えてたようで安心した。
がちゃりとドアが開き、レギュラー全員がわらわら入ってきた。

「財前、悪いけど今日のおやつはたこ焼きな」
「はぁ?昨日ぜんざい言うたやないすか」

眉間に皺を寄せ抗議する。きっとおやつがぜんざいだから今日の部活を頑張ろうとか思っていたに違いない。しかし宿題をやっている金太郎に気付けば溜め息を吐いた。
どうせ白石が金太郎絡みになれば、こっちが折れる他ない。

「ほんま甘いっすね。明日は絶対にぜんざいにしてくださいよ」
「おん、おおきにな」

もう一度金太郎の方を見れば、千歳が飴をあげ、謙也が意味を教え、小春が更に分かりやすく教えている。

(みんな金太郎に甘いんやから)

きっとそういう人徳が金太郎にはあるんだろいな、と小さく微笑んだ。


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唯一甘やかさないのは財前だと思います。でもなんやかんやで心配的な。


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