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感情哀愁忘却
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「寂しいと思わへん?」
「いや…。ていうかさ、それだけの為に来たわけ?」
「わいにとっちゃ大事なことなんや!」
「や…だからって、部活サボってきちゃダメでしょ、部長サン」
「ひどい〜…」

いきなりの訪問者は大阪からやって来た。平日の、部活が始まると同時に。
しょうがないから部室に通すことにした。いじけた小学生の様に椅子に座り、机に顎を乗せている。
なんでも卒業していった先輩達がなかなか逢いに来てくれなくて寂しい、との事だった。

「だってさー…、今までは隣に当たり前の様にいたんやで?そんなのに、めっきりぱったりなくなったんや。寂しいやん」
「愚痴こぼしにわざわざ東京に来たの?」
「だって愚痴言えんの他におらんし」
「六角のとか山吹いるじゃん」
「遠い知らん仲良くない」
「大阪から東京までランニングでくればどこも遠いでしょ…」

彼は公共機関を使わず、ランニングでここまで来たのだ。呆れと言うか彼らしいと言うか、溜め息しか出てこない。部活はと聞けば、自分だけランニングにして、他は自主練にしてきたと言う。つまり責任放棄。

「まあ、きっとわいとちゃうから、分からんのや。頻繁に逢いに来てくれる人がおるし、仲ええ同級生もおるし。こっちなんて逢いに来てくれたんは1回だけや!全く来てくれへん奴もおるし…」
「それこそしょうがなくない?みんな学校だし」

というかなにこの、まるで彼女が逢いにこない!連絡くれない!みたいな相談は。そしてなんていう言葉を掛けてほしいのだろうか。

「うー…。冷たい…」
「オレにだってどうにも出来ないし」
「同じ一人っ子なら少しは分かってくれると思ったんやけどなぁー…」
「あぁ、あれだよ。他人って割りきっちゃえば?」
「この流れでそのアドバイス?」
「……人間はさ、変わっていくものなんだよ」
「う?」

自分がこんなことを悟り出すなんて可笑しいけど、まあ彼にだったらそこまで気にしない。頭、よくないし。そこまで理解されないから。

「自分じゃ気づかないけど変わっていく生き物なんだよ。例えば、ほら、アンタがオレに逢いに来ても試合しろって騒がなくなっただろ?」
「あ…、うん」
「それに落ち着いた。なら先輩達だって変わっていくんだよ。だからアンタも少しすれば寂しいって感情を忘れるよ」
「…なら、寂しいって感情、自分も忘れたん?」
「………さあね」

なにも考えていなさそうでなかなかに鋭いことを言う。確かに寂しかったかもしれない。けれど正直、自分が寂しかったかどうかも忘れてしまった。

「わいは…、忘れたくないな。寂しいって」
「…なんで?」
「人は…うん、自然界の中で唯一変わっていく生き物だと、わいも思うよ。でも変わりたくないって思うのは可笑しいこと?その時の感情を忘れたくないって可笑しい?……忘れたくないって思うんは、変わりゆく時間の中で、その感情を忘れてしまったら、ほんまにわいは変わってしまうから。みんなの知らないわいになっちゃうから。わいが変わらなければ、みんなが変わっててもきっと、大丈夫やん?」
「……でもさ、それって取り残されるだけじゃない?」

少し寂しそうに笑って言うものだから、自分も思っていることを素直に言ってみた。
何も考えてなさそうで、小難しい事を考えているんだなぁと染々思った。でも彼の考えは足を止めることではないか?

「どんなに変わりたくないって願っても変わっていくのが人間じゃん。みんなが変わっていくのに、一人だけ変わらないなら、時にもその人達にも取り残されてるのと同じじゃない?それってもっと寂しくない?」
「んー…。自分は取り残されるのが寂しいから、変わるん?ほんまの自分を圧し殺してまで?」
「…寂しいかどうかは分からないけど、それって大人になるなら当たり前の事なんじゃない?多分」
「みんなそろって大人大人って…。自分の感情を殺してまで大人になりたいん?わいは嫌や。そんなら大人になんてなりたくないわ。でも…、みんなは大人になるんやもんね…。取り残されるのは…確かに寂しいね」

難しいなぁ、と呟いて机にぺったりする。そのまんまの体勢で、か細い声で話を続けた。

「…わい、忘れられるんかな?」
「どうして?」
「やって…みんな他の友達いるやん。わいの知らない話をいっぱいするやん。逢わへんと…忘れちゃうやん…。前にみんなのブログ?見せてもらったけど…、分かんないことばっかやった。知らない名前も沢山あったし…。めっちゃ楽しそうやった。…わいは過去の人間になるんやな」
「それが人間なんだと思うけど」
「…で、最初の話に戻るんやろ?人間は変わる生き物やって」
「少しは頭、良くなったんだね」

へらっと笑った顔は、やはり寂しそうだった。納得したというよりは、無理矢理納得させたとう感じだ。
本当、先輩達が大好きなんだな。

「寂しいんならさ、逢いに行けばいいじゃん」
「んー…。知らないんだ、学校。かといって家に行くわけにもいかないし。まあ…、まだ自分がおるからええんかな…」

項垂れる彼は、本当に彼なのか。現に彼だってかなり変わった。前だったらこんな難しいことで悩むような人ではなかった。
机に伏せた彼は小さな声で、わいの事忘れないでね、と言った。
それは浅い意味なのか、深い意味なのかは分からない。

「…わいも、みんなを過去の人にして、忘れてしまう日が来るんかなぁ…。名前もうろ覚えになって、顔もぼんやりとしか思い出せなくて…」
「さぁ。年取れば当たり前でしょ」
「うー…、寂しいなぁ…。わいも、そう割りきれたなら楽なんやろね」
「全く、女じゃないんだから、うじうじすんのやめなよ」
「……やっぱ、感情って共有出来ないんだね」
「は?」
「なんでもない。今日はおおきに。帰るな」

少し重い腰を上げ、ゆっくりとドアへ向かっていく。彼は一体なんて言葉を掛けてほしかったのだろう。何を思ってこの様な話をしに来たのだろう。何度考えても分からない。
ドアノブに手を掛け、振り返った顔は、変わらず寂しそうだった。

「部活邪魔してごめんな。ほんまおおきに。…あんな、」
「え?なに?」
「…なんでもあらへん。ばいばい」

静かに部屋を出ていき、残された自分は呆然としていた。なんとなく後味が悪い。小声でなんて言ったのだろうか。

(もし、と、寂しい、ってことしか聞こえなかったな…。もし忘れたら寂しい?違うな…。変わったら?なんて言ったんだろう。…あ、)

分かった。その問いに対して答えをあげるべきだったのだろうか。それにしても全く彼らしくない。本当どうしてしまったのだろう。寂しさは人をあそこまで変えてしまうのか。

彼が出ていったドアを見つめ、問いに対しての答えを一言呟いた。

「…寂しいよ」

この声は彼に聞こえただろうか。


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名前を出さずに書いてみた。あえて色々抽象的。彼が最後に言った言葉、なんだかわかりますか?


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