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素直裏返し
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彼の為に付いた溜め息は数えきれない。彼の為に割いた時間も、数えきれない。
会って一年という月日は経っていないのに、もう何年も付き合いがあるような錯覚があるのも、気のせいではない。

「謙也、なんでテストするか解るか?」
「え、オレ?…授業の内容をどの位理解してるかやろ?」
「そうや。それで決まるものはなんや、財前」
「……せーせき」
「そういう事や。これ、意味解っとるか?」
「わ、解っとるよ!」

剥れながら答える彼は、意味は解っているが、何故こういう事態になっているかは理解していないと、経験から解る。

「テストは遊びやないんや、金太郎」
「ゎ、わいやって、めっちゃ、頑張ったんやで!」
「…頑張った?」

その言葉にぴくりと反応をみせれば、彼はびくりと縮こまる。先程から白石が出しているオーラは恐ろしいものがある。
狭い部室を占領し、面と向かって座っている。最初は二人だけだったが、水分補給かタオルを取りに来た謙也と財前にも迸りがいったのだ。

「この珍解答の連発で頑張った?ほんまに言うてんのか、金太郎」
「そ、うや、で…っ!」
(なんであんな部長機嫌悪いんすか)
(分からへん…。金ちゃん、タイミング悪かったなぁ)
「これ以上成績が悪なったらレギュラー外すから、ほんまに。嘘やないからな」
「えっ?」
「今日はもう帰れ」

そう告げた白石は席を立ち、部活へ戻っていた。ドアの閉まる音がいやに響き、残された三人は目を丸くして、開いた口が塞がらなかった。

「…マジギレ……」
「え、白石マジギレ?この金ちゃんに対して?」
「わい、え…?なん…?」

金太郎はもちろん、謙也も財前も混乱をしていた。何せあんなにキレている白石は初めて見たのだから。
金太郎は半泣きしながら喚きだした。

「れ、レギュラー外れるの嫌やぁーっ!白石に嫌われたぁーっ!」
「わわ、落ち着けって。次のテスト頑張れば大丈夫やから。なっ?」
「部長をマジギレさせる程の解答、見せて」

金太郎の隣に座りながら財前は言う。謙也も倣って財前の隣に座る。愚図りながらぐしゃぐしゃになったそれらを机にスライドさせる。点数はもちろん良くない。

「問題もある?」

コクコク頷きながら、カバンの中から同じくぐしゃぐしゃになった問題も渡された。落書きがしてあることは目を瞑ろう。

「……徳川家で将軍になったのは何人でしょう」
「………日本人…」
「間違っておらへんやろ?三角もらえてるし…」
「人種やなくて何人かや。15人やで。ええと、…日本に初めてキリスト教を伝えた人は誰か」
「…外人…。金ちゃん、そりゃ白石も怒るわ…。こんなアッバウトな答え」
「でもこんなんで部長がマジギレします?」

解答用紙を弄びながらふと思った疑問を言ってみる。
確かにあの白石ならこの位の解答は、真面目にせなあかんで、と苦笑いで済まされるはず。
謙也は腕を組み天井を仰ぐ。

「んー、金ちゃん心当たりある?」
「ない……」
「覚えようとしないからじゃないすか。例えば…、安土城を築いた人物は誰や?」
「大工さん…」
「大工さん偉大やな」
「近年ガソリンの価格が上がってるけど、なんでや?」
「子供が口出ししていい問題やないと思う…」
「…なあ、まさかそういう系が解答用紙に…?」
「最終的には過去は省みないって書いてあるすわ」
「…思い当たる節あったわ。白石、きっちり歴史教えてた」

部活の時間やプライベートの時間を省いてまで勉強を見てやり、その結果、点数は残念だし、回答も教えたものを一切書いていない。
唯一きちんと書いていたのは、

問1 この戦いの絵は、どちらが織田軍か。その理由も書け。
解 左 理由 教科書に左と書いてあったから

実になんとまあ残念な答えだ。そりゃあの温厚な白石だって怒っていいはず。謙也、財前にとってもフォローをしにくいものだ。

「金ちゃん、謝った?」
「んーん。やってわい悪ないし…」
「アホか。謝った方がええで。じゃなきゃもうレギュラー確実外れるわ」
「えっ…!で、でもな?白石ごっつ怖くて謝れへん…」
「原因自分やろ」
「あうぅ…」

澄ました顔で座っていた財前だったが、だらしなく頬杖を付き、悪戯を思いついたような悪い笑みを浮かべて金太郎を見た。

「ほんなら一緒に謝りに行こうや」
「へっ?財前と?」
「そ。謙也さんも一緒にな」
「なんでや?そんな事したって、今の白石なら只の逆鱗やで?」

それが?という感じに謙也をちら見して、すぐにどこでもないどこかを見た。その口元はまだ笑っている。

「やって、今堂々とサボってますやん、オレら」
「…Oh,Noooooo!」
「でも、やっぱ悪い…」
「なん、一人で謝れないんやろ?」
「今日の白石は…うん」

奴は何を考えているのか。
かなり怪しい目線で財前の少し長い襟足を見つめたが、表情が読めない今、それは分からない答えだった。

「じゃあ謝りに行くか」
「い、あ、う、ん」
「噛みすぎ」

よいしょ、と立ち上がり、金太郎の肩をぽんぽんと叩く。彼も諦めたのか、椅子の鈍い音を響かせ、やっと立った。謙也はどうするか悩んだが、サボった事は変わりないので一緒に行くことにした。

部室を出ると皆練習に励んでおり、白石もそうだった。今の彼に声を掛けるのは忍びないと思ったが、お構いなしに財前が声を掛けた。かなり嫌そうな顔をしたが、取り敢えず来てはくれた。

「なん?」
「部活サボってすんませんした」
「堪忍なー。ちゃんと今からすっから」
「…で、自分は?」
「…て…、テスト、点数、悪くてごめんなさい……。次、頑張るから、レギュラー、外さないで」
「ふーん」

その冷たい目線からは
口だけでしょ。期待してないし。レギュラー落ち決定な。
と、言っている様だった。
しかしここで助け船を出したのも、普段は人に干渉しない財前だった。

「なん部長、八つ当り?それとも噂?金太郎の為にはならんと思いますけど」
「珍しく首突っ込んでくるんやな」
「話し逸らすっちゅー事は図星ですか。へぇ」
「なんや自分、いつもに増してムカつくなぁ」
「あ、オレ、練習に戻るわ。じゃ」

話の雲行きがかなり怪しくなってきたので、謙也はそそくさと練習という名の脱走をした。財前を自由にしゃべらせると良いことなんてないに決まっている。
なんせ奴は、口は災いの元、という言葉を知らないのだから。

「よかったな、金太郎。嫌われてへんで」
「うへ?」

きつく睨んでいる様な白石だったが、ふっと表情が和らぎ、困ったような、呆れたような、緊張が解けた顔をした。

「………はぁ〜。どこまで知ってるん?」
「ん、なんも知らんすよ」
「は?」
「鎌、掛けてみただけすわ。じゃ練習戻るんで」
「ちょ、ちょお待ちや!」

悪戯成功と言わんばかりの笑顔を残し、去ろうとした財前をギリギリで引き止めた。振り返ったその顔は、白石とは正反対に余裕そうな顔をしている。

「なんすか?」
「なんで分かったん?」
「勘」
「は」
「嘘」
「………」
「いやでもマジ勘っす。勉強教えても、いつもこんな感じの解答と点数って当たり前やし、極端にキレすぎってか、なんか。部長に限って金太郎にはキレなそうだし。だから噂かあえての金太郎の為かなって。多分ユウジ先輩も気付いてたと思いますよ。あの人観察力だけはありますからね」
「……なんで珍しく首突っ込んだん?」
「うーん、せやな。金太郎が可哀想やったからとでも言うときますわ」

これ以上の質問を受け付けないと言ったように、今度こそ練習に戻っていった。

「…可哀想やから突っ込んだって…ますます分からんやん…」
「し、白石……?」
「うん?」

今まで黙るに黙っていた金太郎が恐る恐る見上げて話し掛けてきた。それはまるで恐怖に怯える子犬。

「お、怒っとる?」
「………怒ってないで」
「レギュラー、外す…?」
「…外さないよ」
「…白石?」
「なん?」
「……点数悪くてごめんなさい」
「…それが金ちゃんやもんな」

左手が出そうになったが、すぐに右手を出して頭を撫でた。それはもう深く反省しているようで、うんともすんとも言わなかった。
案外効果があったようだ。

「ちょいと噂でね、まあ色々あって、厳しくせなあかんな思うて。でも財前が言うたように、金ちゃんの為にはなんなそうや」
「…噂?」
「んー、金ちゃんは気にしなくてええねん」
「白石がそう言うんなら…。わい…帰んなきゃダメ?」
「ははっ、あれも嘘ねん。お詫びに今から試合しよう。な?」
「……おん!」

すっかり仲直りの空気になった二人を、一人不思議そうに眺めていた人物がいた。

「…噂?うーん、金ちゃんに関しては暴れん坊っちゅーことしか聞いたことないけどなぁ…」
「そんな時の小春やーっ!」
「うおっ」
「ご指名おおきに。わたくし、金色小春がありとあらゆることにお答えいたしましょう。で?」

突然湧いてきたユウジと小春に驚きつつも、聞いてみることにした。だって白石をあんなにさせるまでの噂って気になるじゃないか。

「噂。どれ?」
「え、どれ?そんなにあるん?」
「もうちょい具体的に言ってくれへんとどれか分からんやろ」
「あ、すまん。白石が金ちゃんにあんな態度を取った噂や」
「あぁ〜、あれね。蔵リンが金太郎さんを甘やかし過ぎてるから、成績もなにもかも成長しないんやって噂よ」

それだけであのキレ具合?
分からない、と難しい顔をして首を傾げて見れば、見るに見かねたユウジが口を挟んだ。

「ちょいと問題になってるんや、テニス部のレギュラー」
「は?問題?」
「せやねん。金太郎の成績を始め、千歳の遅刻ぶりや、財前の態度とか問題視されてんねん。特に後輩組はレギュラーなって調子乗ってるんちゃうかって。それも全部部長がしっかり指導してないからやないかっちゅー話や。白石も部長として思うことがあるんやろ」
「光の態度はうちら3年の方でも噂んなったし、2人は先生達の間で問題になってねぇ。まあ蔵リンは他人の目より後輩を取った様だけどね」

心配するだけ無駄よん、と手をひらひらしながら小春はテニスコートに戻っていった。
白石の件はなんとなく納得ができた。だが腑に落ちない事が1つだけある。

「財前はなんで金ちゃんの肩を持ったんや?いつもはどうでもええ思っとるのに」
「財前?………。ま、白石と同じやろ」
「今の間はなんや。説明面倒いから省いたやろ!そしてよお分からん!白石と同じって?」
「スピードスターは脳みそが退化すんのも早いですなぁ。ほなな」

ユウジも小春と同じく手を振り去っていった。残された謙也の顔は、矢張分からない、と書いてあった。

「よけーな詮索、やめてくれません?」
「あ、財前。聞いてたんなら話は早いわ。なんで?」

ユウジと入れ替わりに、噂の財前が来た。多分ストレッチが終わり、こちらに繰る時にたまたま聞こえたのだろう。
質問に対し嫌な顔をせず、特に表情を変えることなく、だが目線を反らして口を開いた。

「んー…、なんでだと思います?」
「え、うーん、気分的に、とか?」
「じゃそれで」
「は?」

言うことだけ言って、さっさとコートへ入っていった。口の端が上がっていたので、答えは違うのだろう。

結構最後まで何故だか分からなかったが、帰りに白石にそれとなく聞いてみたら、彼も分かっていたわけではないが、なんとなく読めた気がした。

(つまりみんな、金ちゃんが好きっちゅーことでええんかな)

多分きっとみんな、あの笑顔が大好きなんだ。


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大分間が空いたので収集がつかなくなった。


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