*

嫌いになった?
1ページ/1ページ



やばいやばい。取り敢えず見つからない場所へ逃げなければ。いつも隠れないような場所に。
そうだ、あそこがいい。きっと、見つからない。
わりと近くから鬼さんの声が聞こえる。

「…、千歳か」
「んー…?おお、白石。どげんした?」
「サボっててどうしたもなにもないやろ。金太郎見なかった?」
「金ちゃん?見とらんなぁ。また追いかけっこ?」
「せや。はぁ…、ほんま、どこいきおったんや」

そんな会話が聞こえ、白石が遠ざかっていった。
あんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか、と正直思っている。今回ばかしは毒手を使われたって謝りなんかしない。だから即効逃げたのだ。自分が、正しいから。

放課後、生徒指導室から出てきたところを見られなければ、白石にバレなかったのだが、噂が広がるのは早いもので、すぐに小春の耳に入り、白石とバッタリ会った、というよりも、待ち伏せをされていたのだ。
多分、小春から聞かなくても、先生経由かなんかで、すぐ部員の耳に入ったと思うが。

(わいは…悪ないもん)
「…みっけ」
「んぎっ!…て、財前やん。なんで分かったん?」
「バカは高いところが好きっていうやろ」

財前の言うとうり、今は木上に避難をしている。普段は裏山や、なるべくテニスコートから離れた場所に隠れるが、裏を読んで、わりと近い場所にいる。

「…部活、捜索になってるん?」
「まあそんなん。安心せ、部長には言わんから」
「てかなんで財前は怒られへんの」
「バレんようにやったからや。時間経てば経つほど、お許しが厳しくなるで」
「でも!」
「ここにおったんか」
「んげっ」

わりかしでかい声で話していたので、遠くに行ったと思われた白石になんなく見つかってしまった。
財前のせいや。

「降りてきいや」
「……毒手、なしやで?」
「さあ?金太郎次第やな」

がっくり項垂れながらしぶしぶと木から飛び降りる。今まで見下ろしている立場から、一気に見下ろされる立場になる。
財前は立ち去りもせず、その場を見守る形を取った。
いつもの怒っているけども優しさがある目ではなく、本気で怒っている目を白石はしていた。その証拠に、名前呼び。
自分も我儘やしょぼくれた表情はせず、軽く睨む形を取る。

「わいに文句でもあんのか」
「ありすぎて何から言ったらええか分からんわ。なあ、なんで3年殴ったんや?」
「…白石には関係ないやん」
「あるわボケ。そういうの部活に響くんや。連帯責任っちゅー言葉を知らんのか、自分は。大会に出たくないんか」
「関係ない言うたら関係ないわ!気に食わんなら、殴るなり毒手でもなんでもすりゃええわ!」

一気に血が上り白石に怒鳴り付けた。相当驚いたのか、彼の顔からは怒りが消えた。怒鳴るにはなんらかの深い理由があると踏んだのか、怒るのをやめたようだ。
そっぽを向いたので、助け船として財前の方を向いた。

「……財前、ここから去らないっちゅー事は、なんか知ってるんやろ?」
「さあ?」
「詳しくは全く知らんが、財前も関わってたのは、小春から聞いてるで」
「正当化するわけやないけど、オレはオレが正しいと思ったからやっただけ。金太郎も同じや」

これ以上話すことはない、と言ったように無言が続いた。白石も何を言ったらいいか分からないのか、困惑を浮かべていた。
そこに場違いと云うようなステップで、こちらに小春がやってくるのが見える。
嫌な予感。

「あらん、修羅場?まあ役者も揃ってることやし、ちょうどええわな」
「なん、分かったん?」
「詳しくは分からへんけど、どうやらテニス部絡みで金太郎さんと光が手を出したそうよ。相手は重症やないから、まあ大丈夫なんやない?じゃ、アタシは去るわねん」

らんたった、という効果音が似合うような走りで、来た時と同じように去っていった。
小春が校内で分からない情報があるというのは嘘だ。もう全部知っているはずだが、言わなかったのは自分達への気遣いか将又気紛れか。

「なん、教えてくれてもええんのに…。なぁ、部活絡みでやったんなら、オレにも、みんなにも関係あるやん?教えてほしいんやけど」
「………嫌や。どうせ小春から聞くやん」
「先輩が教えてくれへんなら、それまでっちゅーわけで」
「オレらと縁切れてもええんか」

縁が切れる?なんでそうなる?もしかしてこれがきっかけで口を利かなくなるとか?ちょっとした意地っ張りで?

「…嫌。うー…」
「はあー…。アホな3年らが、テニス部の事を話しているのが聞こえたんすよ」
「…まさか、それだけで手ぇ出したん?」
「やって!テニス部の悪口や、白石の事や謙也とか、ユウジとか、みんなの悪口言うてたんやで!?腹立つし、なんも知らんのに、あんなことっ…」

偶々財前と2人で、その人達の近くを歩いていた。なにも知らないくせに嘲笑っていた。見た目だけの部長に付いていってる部員の実力はたかが知れているとか、自慢をしたい、格好をつけたいだけだとか。僻みにも近いものをうだうだと文句を言っていた。そして、白石はなんも努力もしていない、と聞いた途端、横から殴り出していた。

「白石は、めっちゃ努力しとるもん。生まれながらの聖書やないもん。見た目だけやないもん。部活の後も練習しとるの、知っとるもん…。あいつら、なんも知らんのに…」
「全国なんて無理って言いよったから、まあ軽く、ね」

財前がしたことは、しれっと足を掛けてコケさせ、手を差し伸べたふりして、捻らせたのだ。本人は、コケた時に手の打ち所が悪く捻ったんだろ、の一点張り。相手も単純なもので、そうかも、と言い出す始末。

「…2人共、部の為に怒ってくれたんやな。でも殴るのは――」
「わいは悪いとは思ってへんもん」
「…金ちゃんがな、部の為に、オレの為に怒ってくれたんは嬉しいよ。けどな、殴るのはダメや。人を傷付けるのは、ダメや」
「あいつらは言葉で白石達を傷付けたやん。屁理屈や」

言葉の傷は、物理的な傷よりも傷付き、深く痕に残ると聞いたことがある。
やられたらやり返せ。それ故に出た行動だ。ムカついたから、というのも7割方あるが。

「でもな、オレはその言葉よりも、金ちゃんの行動に傷付くわ」
「え?」
「金ちゃんの手は、殴る為やない。テニスをする為の手や。誰かを傷付けた手で、ラケットを持ってほしくないねん。財前も財前や。後輩が間違うた事をしたら、止めるのが先輩やろ」
「オレかてムカついてたもんで。もうええやん。もうしません、反省しています。これでもオレらはテニス部という事を十二分も承知してます。だからこそ、あんなことを聞いて、じっとしている訳にはいかなかったんすよ。先輩かて居合わせたら文句の1つや2つは言いおったやろ」
「そんなことは――」
「部長は金太郎と同じなんすよ。自分の事では怒らんけど、他人の為に怒る優しさを持っとるってね。じゃあオレはこれで」

財前は言いたい事を言ったらさっさと去っていった。後ろ姿を目で追っていけば、謙也とユウジがおり、あぁ今から2人からのお説教が始まるのか、と他人事のように思った。

「金ちゃん」
「!…なに?」
「殴るのはアカン」
「……うん」
「ああいうのは勝手に言わせとけばええねん」
「でも白石のっ」
「オレは分かっててほしい人達に分かっててもらえば、それでええねん。負け犬の遠吠えなんて気にしたら、それこそ負けやん」

自分のあの行動は負け犬の行動だったのか。ああでも、考えなしの自分の行動で白石を傷付けてしまったのか。

「……ごめんなさい」
「うお!金ちゃんが自発的に謝りおった…!」
「笑い事、ちゃうもん…」
「そうやな、すまんすまん。珍しくほんまに反省しとるもんな」
「わいの事…嫌いになった?」
「ん?なんでや」
「やって…、勝手に問題起こしたし、怒鳴ってもうたし、白石傷付けたし…」

なんて情けない。やっぱりこれは我儘ではないか。いや違う。自己中というやつではないか。ああもう。全く自分は正しくなかった。

「嫌いにはならへんよ」
「ほんまに?」
「殴ったのは別にして、金ちゃんと財前が、テニス部の事で怒ってくれるんは、嬉しかったで。オレらが卒業しても大丈夫やな」
「…期待しといてや!」

にーって笑ったら、思いっきり髪をわしゃわしゃとされた。子供扱いされるのは嫌いだけど、テニス部のメンバーにされるのは好きだ。

「さてと、あっちも話が終わったようだし、2人で少し雑草でも毟っておいで」
「えー…」
「奉仕活動は必要やろ。ほんまならラケットも持たせんやで」
「うー…。しゃーないなぁ…」

どの口が言ってんねん、と軽く頭を叩かれ、横目で財前を見ると目が合い、軽く肩を竦めた。その目も、しゃーないわ、と言っていた。
なんだかそれが可笑しくて、つい口元が緩んでしまった。


――――――――――
同じ考えの2人。四天大好きっ子ちゃんの後輩。頼もしい


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ