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きょうだい
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大変珍しい客が来た。本当に。流石にこれ目的で来たわけではないだろうが…。
しかもすごいことに、オレの家にいる。彼女はソファで寛ぎ、リビングに出されたお菓子を頬張っている。
そう彼女。半分押し掛けだが、まあ彼女はそういう子だ。全く、正反対な性格をしている。いや、似ているな。マイペースに強引か、アクティブに強引か。さして変わらない。

「蔵兄ちゃん、聞いちょるー?」
「聞いとるから、飲み込んでからしゃべろうな、ミユキちゃん…」

ごっくんと飲み込んで、お茶をぐびっと飲む。なんだか金ちゃんを見ているようだ。そこまでは酷くないが。
そう、ミユキちゃんが突然家を訪問してきたのだ。

「な、答え」
「なんの?」
「聞いとらんじゃん!もー。兄から見て、妹にされて嬉しいことを聞いてんの!」

あぁ、そうだった。さっきから千歳(彼女も千歳だが)がああでこうで、んでもってそうだから、あんなんなって、云々かんぬん。これはブラコンの一種に入るのだろうか。仲が良いことは大変いいことだが、ここまでくると、さすがに。
いや、早くに離れたから寂しいのだろうか。

「てかなんでオレなん?」
「なんが?」
「相談?」
「女兄弟に囲まれてんやろ?兄ちゃんから聞いた」
「言っておくが、仲は良おないからな」

なんせ若干カカア天下だからなぁ。良いことは良いが、少し違う。人扱いが非常に乱暴だ。妹の癖に洗い物を押し付けたり、掃除機から宿題まで全部任される。姉はまあいたりいなかったりだが。
友香里は甘えん坊なんだ。それを許しているオレも甘やかしているのか。なんやかんやで可愛がっているんだなぁ。

「うん。で、なにしてほしい?」
「ちゃんと自分で掃除とかすることやなー」
「嬉しい違いっちゃわ!ていうか蔵兄ちゃんの生活垣間見えた」
「いや、そんならオレに…あ」
「なんね?」
「橘くんに聞きゃええやん」
「だって、杏がいるだけで十分嬉しいーって全然ダメな答えだったんだもん」

そうだった。九州組は兄バカ妹バカのを忘れてた。いやだからってオレに当たられても困る。なんせ兄弟と云えど、環境というかその形が余りにも違いすぎるのだから。

「んー…嬉しいこと…」
「家事全般はパスの方向で」
「……。話を沢山するだけで十分やと思うけど」
「話?」
「兄弟やけど、やっぱ男と女やん?歳を取るにつれて、あんま喋んなくなんねん」
「そうなん?」
「そう。前は結構友香里と話しとったけど、だんだんと減ってはきたなぁ。別になんとも思わんが、昔は可愛かったなぁってよお思うわ」

友香里だって属に云う年頃の女の子。家族より友達を取るお年。おしゃれに芽生えれば、兄は少し邪魔な存在。嫌い、というのとはかなり違うが、うるさいと捉えられてるようだ。

「話すだけで嬉しいって…、それほんと〜?蔵兄ちゃんだけじゃない?」
「流石にそこまで悲しい兄は経験してないで…」
「ふうん…。どげんこつ話せばよか?」
「んー…。他愛のない話?学校生活や好きなこととか?なんかそこら?」
「疑問系で返さんといて」

いやだっていざなにを話しているかを聞かれても、分からない(思い出せない)んだからしょうがない。
思い出せてもソファで雑誌かテレビを見ている位だ。しかも大抵お菓子を貪りながらと、大変行儀が悪い。本人曰、2つの事を同時にやって無駄を減らしてんねん、くーちゃん無駄がないの大好きやろ、だなんて屁理屈を貫く。無駄がないことはいいことだが、行儀となれば別だ。

「なあ、蔵兄ちゃん」
「ん?」
「妹は大切にしないといけんからな!」
「逆を言うとな、千歳…、千里みたいな兄ちゃん持ててごっつう幸せやから、大切にするんやで?」
「兄ちゃん、いつもなんかうちのこと言うん?」
「もうすごいで」

ぷらぷらと足を揺らしていたのを止めて、少し驚いた顔をして直ぐに照れ笑いをした。本当に仲が良い兄妹だ。羨ましい。うちの可愛い妹はどこに行ったんだか。

「どこのテニスの大会に出るから始まり、この食べ物が好物とか仕舞いには金ちゃん…後輩な、の行動見てよくしてたなーとか。世間話の時はミユキちゃんの話で持ちきりや」

…あれ、兄弟離れしてないのはお兄ちゃんの方?

「ふうん…。えへへ、兄ちゃん、都会に行ったら絶対うちのことなんてどうでもええと思ってそうやったけど…兄ちゃんは兄ちゃんやな」

ふわり、という表現がぴったりのように彼女は笑った。兄弟愛ってこういう事を言うのかなって感じる。見ているこっちも暖かい気持ちになってくる。

「ミユキちゃんが想像してるより、グレードアップしとるで」
「どゆこと?」

外から騒がしい音が聞こえてきて、内心やっぱりな、と思った。そりゃそろそろかなと思って心構えはしていたが。

「ミユ――んがぁ!」
「ぶはっ!千歳ーアホちゃうかー!なにしとん!」
「さすが白石、無駄があらへんな」

デカイ音と共にそんな会話が聞こえてきた。どんなことが起きたか簡単に想像出来る。
千歳が猛ダッシュで走り、インターホンを鳴らしもしないで家に入ろうとした。玄関のドアには鍵は掛けてはいなかったが、こうなることは予想済。ドアチェーンを掛けておいたのだ。開いたと思ったドアに思いっきりぶつかったのだろう。で、アホの子にバカにされたと。
ミユキちゃんは驚いて玄関の方を向いている。

「…なに?今の…」
「今から分かるで。ちょお待っとき」

少し面倒くさいな、と思いながらもソファーを立ち上がった。ちなみに今はインターホンの連打攻撃がきている。どんな嫌がらせだ。しかも名前も叫ばれてる。

「はいはい、開けるからドア叩くのやめてぇな」
「はよ開けるばい!」

溜め息を吐きながら渋々とチェーンを外す。外すや否や千歳がドアを開け、挨拶もなしに速攻に上がっていった。苦笑いをしつつ残りの2人も上げた。挨拶をして上がったのは礼儀正しい謙也だけだった。

居間に戻れば、想像通りことが繰り広げられてた。

「ミユキっ無事かっ!?」
「へっ?に、兄ちゃん、どげんここ…、え?」

ミユキちゃんの肩をがっし掴み、物凄い剣幕で迫っている。対するミユキちゃんは驚いて目をぱちくりさせている。

「千歳、落ち着き…。話してただけやから」
「……ほんまか?」
「え、うん。蔵兄ちゃんやなきゃ分かってもらえん話ししとったね」
「……はぁ〜、よかった…」

安心したのかソファーにどかりと座り込む。当たり前のように座るが、せめてオレに挨拶ぐらいしようか。一応ここ人ん家だから。

「で、なして兄ちゃん来たん?」
「そりゃミユキが白石ん家行ったって聞いたから」
「えーと…。うん、そっか。蔵兄ちゃんもよお来るって分かったな」
「この短い間で千歳がどういう奴かよお分かってるからな。せやこいつと会うの、初めてやっけ?ほら金ちゃん」
「んー?」

完璧に千歳に付いてきたので特に用事なし、と云ったように人様の家をうろちょろし色んな物を物色していた。さっき冷蔵庫を開けたような音がしたが目を瞑ろう。

「なん?呼んだ?」
「ミユキちゃんに挨拶」
「おお!千歳の妹っちゅーね!まいどおおきに〜、遠山金太郎言います〜、あんじょうよろしゅう」
「ミユキたい。よろしゅうね。歳、あんま変わらへん?」
「精神年齢や頭の良さからいえば断然ミユキちゃんの方が上だよ」
「久しぶりやな」
「あ、謙也だ〜」
「なんでオレだけ呼び捨てなんねん!」

子供と戯れるのが慣れている謙也には、非常に懐いているミユキちゃん。その証拠にソファーの背凭れを飛び越えてハグをしている。
何度も言うが一応ここ人ん家だからね…。ものは大切にしてね。怒られるの、オレだから。

「でさ、なんで兄ちゃん来たの?謙也なら答えてくれるやろ?」
「えーと。この…、いや、なんだ。女の子がほいほいお」
「謙也、金ちゃんとミユキちゃんの前ではやめろや」
「お、おう…」
「てか千歳、ひどいやん。信頼なさすぎやな」
「分かっちょるがミユキばこつなるとやっぱ心配で…」

全くどういう思考回路をしているのだろう。いや、そういう思考回路なのか。ミユキちゃんが関わると盲目になるのだ。

「兄ちゃんが何に心配するか知らんけど、分かったことが沢山あるから気にせんわ」
「わかったこと?」
「うち、かなり大切にされてるってこと!」

にかっと笑ったミユキちゃん同様千歳もふわり微笑み返していた。
今の笑い方金ちゃんに似ていたな。だから千歳は金ちゃんに甘いのだろうか。いや、“元気な子”が好きなのだろう。好みは反対の癖に。
ミユキちゃんは続けて言った。

「あと」
「あと?」
「格差社会を学んだ」
「ミユキ、謙也ん家はもっとすごいとね」
「えぇー!」
「謙也ん家すごいでぇ!でっかいテレビとか、でっかいキッチンとか。全部でかい!白石の家は食事とかごーか!」
「へえー…」

なんとも言えないこの会話。謙也も困っている様で苦笑いをしている。
変な話、自分の家が豪華とか思っていないし寧ろ他人の家の方が豪華に見える。
謙也は自覚があるからか、うんともすんとも言わず流して対応している。

「決めた!兄ちゃん」
「ん?」
「今日蔵兄ちゃん家に泊まる!」
「………は?」

金ちゃん以外は目が点としていた。どんな流れでそんな考えになったのだろう。

「そしたらわいも泊まる〜!美味しいもん沢山食べさせて!」
「まあ別に構わんが…」
「絶 対 ダ メ で す !」
「はあ〜?兄ちゃんケチやん!」
「それはそれ、これはこれたい!いけません!許しません!」
「なら謙」
「男世帯はもっとダメです!」

頼むから他人の家で兄妹ケンカはやめてくれ。
やっぱり兄妹離れ出来ていないのは千歳の方だ。自分も妹を持っているが、なかなか理解できない感情だ。どちらか一人立ちすれば分かる感情なのだろうか。

「うちは妹ちゃんと女子会すっと!」
「なら泊まらなくてよか!」
「あかん!泊まる!」
「白石〜、わいは泊まってええ?」
「…せやなぁ…、オレ、財前家に泊まるわ」
「財前?」
「じゃ、じゃあオレも財前家に泊まるかなぁ〜、ははっ…」

流石は謙也。すぐに察してくれる。おバカ代表の金ちゃんは分かっていないので、不平不満を呟く。

「わいの家でもええやん」
「や、ダメや。お風呂のアヒルちゃんに用あんねん」
「え〜、ペンギンさんはあかんの?」
「あかんな〜」
「謙也もアヒルちゃん?」
「オレはー…、せや、あれ。ぞうさんのじょうろ」
「あかん、うちにないわ。ならわいも財前家に泊まるわ」

不本意だが金ちゃんも話題に乗ってくれた。よしよし。
未だケンカを続けているミユキちゃんに話しかける。

「なんね?」
「オレら、財前っちゅー奴の家に泊まることにしたから」
「うん」
「だから泊まりは諦めて。友香里とも面識ないんやから。財前とも面識なしやから付いてくるのはやめた方がええで」
「えぇー…」

この会話に千歳は満足したのか安堵の溜め息を吐いていた。流石に知らない財前ときたら諦めるしかないだろう。

「…わかったよ。しょうがないから、兄ちゃん家に泊まってあげる!」
「へ」
「ていうか酷い!端から兄ちゃんとこ泊まるって決めちょんのに」
「あ、あぁ、すまん」
「妹が小遣い貯めて兄ちゃんに会いに来ちょるんだから、気が利いたこと言えるようになってよね!」
「お、おう…」
「だから蔵兄ちゃんに相談するんやから!」
「はい…」

ああ、なんだかミユキちゃんが友香里に被って見えてきた。まあ一段落ついたのかな。
なんだかこの風景が微笑ましくて口許が緩んでしまう。仲良し兄妹。離れているからこそ素直に大切と思えるのだろう。少しは兄妹を大切にしようと改めて思えた。

「兄ちゃん、お茶しに行こうよ」
「おう、奢ってあげるたい」
「やった!ありがとう」
「白石、わいらもお茶しに行きたい」
「ええな」
「……奢って?」
「……しゃーないなぁ…」
「オレは?」
「謙也はじゃあ…おんぶ!」
「はいはい」

ここに手が掛かる弟がいることをすっかり忘れていた。


―――――
年下は甘えん坊
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