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えぇ、元気ですとも
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げほっと咳き込んだ彼は、いつも以上に可愛さが増していると思う。現に回りの女子がちらちらと見てはかわいー、とこそこそ話している。
いつもよりほげーとしているように、更には目も大きく見える気がする。自分が異常に感じるが隣にいる奴もかわいいな、といっているので変なわけではないと思う。

「…なん、白石?」
「いや、やっぱ金ちゃんが風邪って珍しいなって」

そう。最近思いっきり暑かったり、次の日はかなり寒かったり変な気温が続き、珍しく金ちゃんが風邪を引いたのだ。
少し大きめのマスク(不織布ではなく真っ白いマスク)を付けており大きな目はきょろきょろと動いている。いつもはタンクトップだが、こちらも珍しく長袖を羽織り袖も伸ばしている。少し大きいのか袖も有り余っており、かわいい要素に繋がっているのだと思う。

部活の事で、授業が終わって直ぐにわざわざ教室まで足を運んだようだ。
掃除をしている音や、雑談などの声があちらこちらから響いている。

「まあ金ちゃんかて人の子や。風邪ぐらい引くやろ」
「財前なら分かるんやけどなー」
「財前なら今日休みやで。風邪引いたっておばさん言ってた」
「…そうか」

彼らが軟弱なのか自分達が頑丈なのか又は彼らが普通で自分達がおかしいのか。なんとも複雑な気持ちに陥った。

「健康オタクと医者息子は風邪引かんのな」
「それ誉め言葉?嫌み?」
「明らかオレ嫌みやろ」
「たこ焼き食べて、げほ、たからびょーきなんてならんと思うてたんに…」

どうやら金ちゃんの中ではたこ焼きは空腹をも満たす万能薬らしい。その勢いだとたこ焼きを食べ続ければ不死になれるとか思ってそうだ。
もごもごと金ちゃんはしゃべり続ける。しゃべる度マスクが動いて面白い。

「そういえば千歳さ、」
「ん、今日見かけてへんな。見た?」
「見とらんな」
「やからね、すごいよね」
「なんか知ってるん?」
「おん。今熊本だよ」

…熊本?今日水曜日ですが。平日ど真ん中ですけど。赤い日でもなんでもないですけど。学生は学校ですけど。熊本?

「熊本?え?なんで?小春なんも言ってなかったやん」
「ほんま知らんのな。まあ小春も知らんよ。昨日妹ちゃん、ええと、みゆきちゃん?が風邪引いて寝込んだんやって」
「うん。…え。まさか」
「猛ダッシュで帰ったよ」

恐ろしきシスコン(?)パワー。確かに千歳にミユキちゃんを尋ねれば、虫歯も病気も知らずのおてんば娘ばい、と自慢げに笑って話していた。そりゃもう鼻高々に。そんなミユキちゃんが風邪で寝込んだ。相当急いで便を取ったんだろうな。安易に想像がつく。

「電話来て、目をくわって開いて、げほっ、ミユキが風邪だ!って騒いで、多分謙也より早く走って去ってったんやで」
「へえ…。金ちゃんはその場にいたん?」
「おん、野良猫さんと一緒に遊んでたんや」
「ほお、サボってたんか」
「ちゃうよ、野良猫さんと遊んでたんや。サボりやなくて、遊んでたの」
「遊んでたっちゅーのをサボりって言うんやで、世間一般的に」
「わいの中ではさぼってせえへんもん」
「悪い子はたこ焼き食べても風邪を引かないっちゅー効果は現れへんよ」
「あわわ、ごめんなさい…」

まあ悪事を認めたからどうということはないのだけど。謙也もなんかなーっといった感じに溜め息混じりに外を眺め出した。

「げほっ…。あん、部活に出たいんは山々なんやけど、ごほ、ほんま怠くて…」
「ええよ、体は大事にせなあかんからな」
「見学してる」
「いや帰れや」
「んー、あかん。体育の授業でも体調不良は体育座りで見学…ん?んん?ぽーっとしてきたで?」

両手で自分の頬をぱちぱち叩き、何かを確かめながら首を傾げながら唸っている。まさか、とは思ったが、より早く行動したのは謙也だった。

「金ちゃん、デコだして」
「おでこ?ん」
「…金ちゃん、体温、測った?」
「んーん。測ったんは理科のなんか」
「やっぱ熱あるんかい」
「このノリだと朝からずっとやで」
「???朝からずっと?御天道様?」

自分の体調のことなのに全く把握していない素晴らしさ。確認の為、自分も右手でおでこを触ってみる。これ、軽く38度あるけれど。

「白石の手ぇひんやりしてて気持ちええなー」
「熱あるんやから、大人しく帰って」
「御天道様よりはないやん」
「当たり前です。あったらそれ、人間じゃないから。頼むから帰って?悪化して寝込むことになるで」
「…いや、既に寝込むまでの悪化を辿ってるがな」
「風邪って滅多にならんから、楽しみたい」
「楽しむようなことやないから」
「でもな、今日は帰っても誰もおらんもん。暇なん」
「暇と休むちゃうから」

全く金ちゃんとくれば、言うことなど何一つ聞いてはくれない。どういう意図で、そういうことを言っているかは知っている。
寂しいから構って、だ。
もちろん謙也も気付いている。一人っ子の金ちゃんは親に大事大事にされている。故に甘えっ子。風邪を引いているので余計にそうなっているのだろう。

「うーん…。眠なってきた。ぽかぽかする」
「ほら、風邪やからやで。帰って寝なさい」
「はーい…。でもな、部活終わったら帰る」
「白石、任せとき」

意味もなく自信満々に一歩踏み出した謙也は兄貴面をしていた。確かにここは謙也に任せた方が得策かもしれない。

「金ちゃん」
「んー?」
「今からちゃんと帰ったら、オレが部活終わった後にたこ焼き買ってきてやるよ」
「ほんま?」
「おん、たこ焼き食べれば風邪なんて直ぐに治るんやろ?1人で帰るのが心細かったら送ってあげるから」
「わかた。げほ、1人で帰れるから大丈夫。あとでちゃんと来てな?」
「行くから、大人しく寝てるんやで?じゃなかったらたこ焼きは財前にやるから」
「はーい。じゃあ、あとでね」

くるりと向きを変えて、すんなりと帰っていった。さすが弟扱いに慣れているだけある。

「ああいうんはご褒美あげれば大抵言うこと聞くで」
「さすが」
「財前も金ちゃんも千歳もおらん部活か」
「ついでに小春とユウジもおらんで」
「そうなん?」
「小春が拗らせたって言えば伝わるやろ」
「あぁ…。部活、どうする?試合練習やけど」
「基礎練…は、嫌やろ?」
「嫌っちゅーか、なんつーか…」
「ははっ、大事取って今日は休みにするか」

風邪とは無縁そうなメンツがダウンしているのだ。1人違うが。あれだけ金ちゃんに言っておきながら、休みとかなんだか笑える。

「どんくらいでみんな復活するかな」
「さあ。でも、オレらん家儲かるんちゃう?」
「最低やわ〜、ここに最低な男がおるわ〜」
「嘘やん、信じんなって」
「知っとるわ。じゃ、財前と金ちゃんの見舞いに行くか」
「青汁持ってかなアカンな」

いらないよ、とツッコミをいれながら教室を後にする。やっぱり今日は寒いな。天気予報によれば、明日は暑いらしいが。

財前家に行ったら、本人による面会拒絶されたが、構わずに部屋に上がった。ベッドでごろごろしながら携帯を弄っていたが、いつもの毒舌にはパンチがなかった。本当に怠いんだなぁ。

逆に金ちゃんは高熱にも関わらず、元気いっぱいだった。約束通り大人しく休んでいたようだ。だが発言はいつもの8割増し変なことを言っていた。結構会話が成り立っていなかったな。

次の日は相も変わらずオレと謙也は元気だったが、昨日のレギュラーに加え、銀と小石川がダウンした。レギュラー全滅。オサムちゃんもアウトだったようだ。

きっと真田くんだったら、たるんどるー!って一喝が入りそうだ。
が、その真田くんもダウンしたとのことだった(柳談)。

ここまで来たら、オレと謙也は笑うしかない。
健康オタクと医者息子は寒い日も暑い日も元気でございます。


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最近体調管理難しいですね


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