文章

□現実
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にやりとした笑顔に腹が立った。弧を描いたその形の綺麗な唇の端から赤いそれが薄く見えていたことに私は気付かぬふりをした。白い肌がその赤さを際立たせたのは言うまでもない。

そしてますます腹が立つ。だってその赤は私がこいつに喰らわせて出て来たものではなし、勝手に咳をしたかと思えば血を吐き笑う。綺麗な顔で唇で。


「…死にぞこないかヨ」
「そんなとこだなァ」
「今すぐ帰れ、三秒以内」
「やーなこったァ」

皮肉には無邪気過ぎる(はじめて見たこんな)笑顔を向けて先程咳をしたときに取りこぼした刀を私へと突き出した。俺が死ぬ前にお前を殺す、道連れだ。掠れた声でそんな言葉を放ったこいつは。


(!)

飴色の髪の毛が目の前に降り懸かっていた。閉じられている瞼と髪の毛、そして感じる熱で私が何をされているのかが解った。

ふざけんな。


私は胸倉を掴んで精一杯こいつを地面にたたき付けた。死ぬかもしれないと思ったけど別にいつか死ぬんだしいいよね、なんて軽い考えで思考は中断した。
押し倒した状態、即ちマウントポジションで見下ろし邪気のない顔を見遣った。死ぬんだ、こいつ。私よりも先に。


「…ふざけんな」
「……」
「……ふざけ、ん、な」


いつの間にか震えていた声は私が泣いているということを証明させた。また腹が立ってきた。それと同時に込み上げる、感情。
痩せた身体と白い肌は現実を私に見せ付けて来て今この瞬間私は神様というものを本気で憎んだ。ねえどうしてこいつなの。ずっと前から私の心の真ん中に居座り続けたこいつが、どうして。

「…ば、かぁ」
「……」
「なん、で、こ、んな」
「……」

微笑みを貼り付けたままこいつは私の涙を拭った。思ってたよりずっと体温は冷たくて、いつ止まるともしれない心臓の真上を私は軽く小突いてやった。このばかやろう。







現実






(なんで)
(うがい手洗い忘れたから)
(そんなで死ぬわけないだろばかやろう!)
(でも、死ぬんだよ)
(…ばか)















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