短編
□辛くも甘い痛みと共に
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「長曽我部の軍はどうなっている」
室内に響く冷徹な声。
声を発するのも躊躇うほどの威圧感のある彼の声が兵士に突き刺さる。
やはりと言うべきか、怯んだ兵士が一瞬息を飲んだ。
私は元就様の隣に座り、目を閉じて静かに彼らの声に耳を傾ける。
「はっ…長曽我部軍はからくりの用意をしており、幾月後に毛利軍へと進軍してくる模様でござる」
「ほう…?
その幾月後がどれほどの期間かまでは調べておらんのか」
「…っ、申し訳ござらぬ!」
「もう良い、下がれ。
…使えぬ駒共よ」
失礼しますと早足に去っていく兵士。
この部屋には私と元就様の二人だけ。
そこで目をゆっくりと開け、またゆっくりと立ち上がる。
『元就様、私が探りに行って参りますわ。
少々軍を離れる故、皆を宜しくお願い致します』
「…待て」
手首を掴み、元就様は睨み付けるように私を見た。
そして静かに立ち上がり、手を引っ張り自分の胸へと私を収めた。
私を抱き締めている状態。
他の軍や兵士が見れば目を疑うだろう。
しかし、私にとってはそこまで珍しくもない行動だ。
「兵がおらぬときは様を付けぬと約束したであろう」
『…申し訳ありません』
「その敬語もいらぬわ」
『ん…ごめん』
親しい仲でもあり、恋仲でもあり、認めあえる存在であり、信頼できる者同士でもあり、かけがえのない人でもあり。
幼い頃から互いを見てきた、馴染みある仲でもある。
「少々とは…どのくらいの間ぞ」
『少々とは少々だよ』
「……。」
『えーと…一月と取って?』
無言の圧力。
少し冗談を言ってみただけなんだけどな…
元就は私にしがみつくように、きつく抱き締めた。
私も元就の身体へと腕を回すと、緊張が解けたように少し力が緩んだ。
「必ず帰ってこい。
さもなくば貴様を連れ戻し、自由をなくしてやろうぞ」
『ヤですねぇ、戻ってこないと思ってるの?』
「言わぬと分からぬか」
『はは、はいはい。
期待にちゃんと答えなきゃなぁ』
「期待などするか、馬鹿者」
少し着物を肌けられ、首筋に顔を埋めて唇を寄せる。
ちう、と吸われて心地好い痛みが走り、元就は私から身体を離した。
至近距離で目が合い、その目は一瞬だけ…微かだが左右に揺れた。
「この痣が消えるまでに帰ってこい」
『…そんな無茶な。
長曾我部軍のとこにどれほどのからくりがあると思って、』
「異論など認めぬ。
痣が消えるまでが期限よ、分かったか」
『…あーもー分かりました、分かりましたよ。
じゃあもう少し、強く吸って?』
「…貴様は阿呆か?」
『何を今更』
また首筋に顔を埋められ、元就はキツくキツく吸い上げた。
先程より強い痛み。
元就が唇を離すと首筋がズキンズキンと疼き、それがまた愛しく感じた。
私は着物を正し、ニコリと笑った。
『…行ってきます。
早く帰ってくるからね』
「当たり前だろう、馬鹿者が」
『お土産は何がいい?』
「はっ、いらぬわ」
同じように元就が微笑む。
そしてくしゃりと頭を撫でられた。
その手が離れ、私は部屋を出て城の外へと出ていく。
途中、女中さんや兵士さんに「出て行かないで」という目で見られ、苦笑が洩れた。
辛くも甘い痛みと共に
(支え、支えられ)
(愛し、愛され)
end.
ほのぼので甘いのを目指したが、私には無理のようでした。
元就様ムツカシイ。
そして不完全燃焼。