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□それはまるで泡沫のように
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白く殺風景な部屋、気持ちの悪いほど清潔にした空気。
そこにアイツは寝ていた。

風月…俺様の彼女だ。

風月は末期ガン患者。
いつ死んでもおかしくないと医者は言っている。

過酷な手術をし、生き長らえた代わりに目を覚ます事がなくなった。
もう殆ど意識もないらしい。


けれど、奇跡が起きた。
神サマとやらが与えた、最後のプレゼントだろうか…



「風月、今日も来てやったぜ?」

『………。』

「今日は…そうだな。
いつものように、空気の読めねぇ城之内は煩さかった」

『………。』

「そうそう、久々に社長が学校に来てなぁ…ずっとパソコン開いてタイピングしてたな。
学校来てる意味あンのかねぇ」

『………。』

「あと、体育で器の遊戯が派手にすっ転んでたな。
クク…あれは今思い出しても笑えるぜ」

『………。』



毎日こんな感じだ。

でも俺様は信じてる。
目が開かなくても、意識が朦朧としてても、俺様の声は風月に届いてると。


少し痩せた頬を触る。
体温は暖かく、まだ生きているって事を実感する。

ま、死ぬわけねーけど。

次いで髪の毛を触る。
元気に走り回ってた頃と同じようにサラサラな髪の毛だ…

なぁ、また髪靡かせて俺様の名を呼べよ。


そんな願い、誰も叶えてくれないと。
そう思っていた。



「じゃ、俺様はもう帰るぜ。
また明日な…」



そう言って踵を返す。



『……っ…』

「…あ……?」

『…っ…く……!』

「風月…?
…おい、風月!聞こえるか!?」

『ぁ………ハ、ァ…
ば…く……』

「……っ!
おい!誰か来やがれ!
風月が…風月が目ェ覚ました!!」



我ながらガキみたいだと思う。
病院だと言うのに声を張り上げて…

だが、そんな事はどうでもいい。

何ヶ月も眠っていた風月が目を覚ましたんだから…

医者や看護婦が慌てて室内に入ってくる。
…チンたらしやがって。



「風月さん!聞こえますか!?」

『ぅ……』



その問いに小さくコクリと頷いた。

それを見ただけで、俺様は目頭が熱くなる。
畜生…情けねぇ…

それを見かねたのか、風月が俺様に手を弱々しく伸ばしてきた。
風月の手をキツく、キツく握る。



『ごめ…ね……
ずっ…と…聞こぇ……てた…』

「え…?」

『ば…くら、の……こえ…』



掠れた、でもハッキリした声で俺様に伝えた。

とうとう俺様の目から一滴の雫が零れた。



『ぁ…はは…泣ぃて…やん…の……』

「…っせーな…今は喋んな」

『分かっ、た…
あと…で…いっぱい……』

「分かった…分かったから」



頭を一撫でして一度離れた。

医者と看護婦は、点滴を変えたり薬を用意したりと忙しそうに駆け回り、俺様は少し邪魔みたいだったから。

俺様が邪魔して薬の投与が遅くなり、様態が悪くなるなんて冗談は勘弁だ。




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