儚く咲いた一輪花

□beklemmt
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ベクレムト
[不安な・胸苦しい]









とうとう半兵衛の部屋に着いてしまった。

半兵衛の部屋の入り口である襖をぼんやりと眺めた。
ここが黄泉の門ですね、分かります。

そう思いながら、あたしはゆっくりと襖を開けた。



『……失礼しまぁす』

「………。」



部屋の主はチラリとこちらを見て、すぐ書物に目を落とした。

あはは…馬鹿みたいに怖い。
光秀も怖かったけど、半兵衛の雰囲気とは種類が違うと思った。

やっぱり殺気だったのかなぁ…なんて、現実逃避をした。



「…何か、言うことは?」

『申し訳ありませんでしたぁ!!』



早かったー。
謝るのすっごい早かったよー。
まさかの土下座ですよーわたくし。
身体が勝手に反応したんですよー。

だってもう怖すぎるんだもん。
漏らしちゃうかと思った。

はぁぁ…と深い溜め息を吐いたのが聞こえ、あたしはゆっくりと頭を上げた。
が、その頭を踏ん付けられた。



『ぅぐあ!?』

「頭を上げていいなんて言ってないよね?」

『も…申し訳……』



畳にゴンッ!と、おでこをぶつけた。
(ちょー痛い)

女の子の頭を踏み付けるって、どーゆーことですか。
思いっきり畳にぶつけたんですけど。
これ絶対たんこぶになっちゃったよ。

そんな痛みよりも半兵衛の怒気が怖いんですけどね、あはは。
全然笑えない。



「君がいない間、停滞していた仕事があるんだけど?」

『ぅ……』

「確かに今の君の仕事は少ない。
けれど、それでも僕たちは仕事の進め方や計画を変えなくてはならない。
無駄な労働を僕たちにさせたと言うことだ」

『ご、めんなさい…』

「謝るだけなら犬にだってできるよ。
せめて何か連絡や報告があれば、少しは許せたんだけどね」

『、それなら』

「だからって、僕に相談もなしに行くこと自体が問題なんだけれど。
置き手紙でもすれば許されるとでも思ったら大間違いだよ」

『……はい』



見抜かれた。
いや、この状況で少しでも助かろうと思ったあたしが駄目だったんだけど。

未だに上から見下され、あたしは背中にかかる重圧に耐えることで精一杯だった。



「それで、2日も無断でどこに行ってたのかな?」

『あの……安芸まで…』

「は?安芸?」

『はい、安芸まで…』

「何故?」

『観光したいなーなんて…』

「馬鹿?」

『……馬鹿ではないです』



さっきからずっと畳に向かって喋ってるんだけどな。
流石にそろそろ前を向きたい。
首と腰が痛い。

しかし顔を上げていいとのお許しが出ていない為、未だに顔を上げられない。



「その風呂敷の中身は?」

『お土産です…
そのー…もみじ饅頭…』

「………。
もっとマシな土産はなかったのかな」

『女中さん達に全部預けちゃいました…
牡蠣とか京菜とか、』

「…へぇ、本当に観光に行っていたんだね」

『え、あ、え、っと…
お土産はそれだけじゃなくて…』

「いいよ、もう」



そう言うと、半兵衛は読んでいた本に目を落とした。
もう話は終わったとでも言うように。

あたしの懐に突っ込んで手紙を出そうとする手も止まった。



『は、半兵衛ごめん!
まだお土産は他にもあって、』

「部屋から出て行ってくれないか」

『…え?』

「目障りだと言っているんだ。
僕にもやるべき仕事がある。
さっさと出て行ってくれたまえ」

『……っ』



言葉のトゲが刺さる。
懐に入ってある手紙を渡すこともできないまま、あたしはその場で呆然とした。

懐で掴んだ手紙をくしゃりと握り潰してしまう。
懐から手を出し、あたしは立ち上がって無言で半兵衛の部屋を出た。

そのままフラフラと、どこに向かうわけもなく歩き出した。




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