Story

□LOVELESS
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Loveless


ああ、本当によく泣く男ね―。


月明かりの差し込む窓際で、半ば呆れながらあたしは息を吐く。

見下ろす視線の先には、彼がいた。

孤城の城主、アレイスター・クロウリー三世。
今は冷たい床に座り込み、長身の体を縮こまらせて泣いている。

床の上には死体が、いや彼に壊されたアクマが転がっていた。
喉を噛み潰されて、有り得ない角度に首を曲げて、がらんどうの暗い目が何もない空間を見つめている。

…これで何体目だろうか。

残骸を一瞥して、あたしはアレイスターの傍に歩み寄った。いつまでも泣かれていてはたまらない。

やるべきことはわかっている。いつも通り彼を慰めるのだ。

「泣かないで、アレイスター様。」

屈みこんで顔を近づけると、彼が動揺するのがわかった。
とびきり優しい声と表情で囁きかけ、取り出したハンカチでそっと涙を拭ってあげる。

「仕方ありませんわ…。だって、あなたは吸血鬼なんだもの。」

言い聞かせるように囁く。
吸血鬼、という言葉に彼の肩がビクッと震えた。

馬鹿ね。あんたが襲ったのは、人間じゃないのよ。
怯えた様子に、思わずそう言ってやりたい衝動に駆られる。

本当はアクマという兵器を壊しただけ。だからそんなに泣く必要なんてないのに。
もちろん、そんなこと教えてやらないけれど。

彼が恐る恐る顔を上げて、こちらを見た。
両の瞳からはまだ涙が溢れ、零れ落ちている。

「エリアーデ…わ、私は…」

彼が何か言いかけるのを察して、あたしはわざと先回りして答えた。

「愛していますわ、アレイスター様。」

わかってるわよ。あたしを愛してるって言いたいのね。
でも一度も言えたためしがないじゃない、この臆病者。
仕方ないから、あたしから言うわ。こう言って欲しいんでしょう?

あたしの言葉を聞いて頭に血が昇ったのか、彼はあっという間に首筋まで真っ赤になった。これも、いつものこと。

硬直したまま何も言えないでいる彼の頬に手を添えると、そっと触れるだけのキスをする。

二人の間で何度も交わされた、お馴染みのやりとり。もうすっかり慣れてしまった。

「さあ、もう泣きやんで。部屋に戻りましょう。風邪をひいてしまいますわ。」

最後にもう一度涙を拭いてやると、彼は顔を赤くしたままこくりとうなずいた。


真夜中の城は、不気味なほど静かだ。二人分の足音だけがやけに響く。
長い廊下を、労わるように彼の腕をとって寝室まで歩いた。

二人とも、黙ったままだ。
沈黙が夜の闇よりも重く、二人の間に横たわる。

少し猫背気味に歩く彼がこちらを気にしているのを感じるけど、話しかけては来ない。
だから、あたしも何も言わない。

あたしに惚れていることなんてとっくにバレてるっていうのに、いまだにそれを一言も口にすることができない、情けない男。
あたしは何故こんな奴と一緒に暮らしているんだろう。

そう、何故なんだろう。こいつを殺しにきたはずなのに。

その目的を忘れたわけではないけれど、彼が泣く度にあたしは寄り添い、優しく慰め、そのうえ「愛している」とさえ言ってあげる。
そうしたいと思う。

彼が泣いていると、なんだか胸が落ち着かなくなる。

…なんだろう、この感情は。

いくら自分の心を探っても、この気持ちを言葉にできない。
雨に打たれて泣き出しそうな仔犬に、心細げに見つめられた時の気持ちとでも言えば良いのかしら。
放って置けない、というような…。

わからない。だけど、否定できない温かいものが、胸の中に確かに存在している。

お互い何も言わないまま、やがて彼の部屋が見えてきた。
つくりだけは重厚な扉の前で歩みを止めると、彼を見上げてにっこりと笑ってみせる。

「ではお休みなさいませ、アレイスター様。」

挨拶だけして、もう用はないとばかりに踵を返す。

彼はまた何か言おうとしたようだったけど、気づかない振りをして歩き出した。

言いたいことがあるなら、引き止めればいい。

だけど廊下の角を曲がり視界から消えても、結局彼の声が聞こえることはなくて、あたしは軽くため息をついた。
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