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□月夜に夢見る
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月夜に夢見る


月の光が眩しくて、エリアーデは目を覚ました。

どうやらカーテンを開けたまま寝てしまったらしい。
城の鬱々とした雰囲気にふさわしくないほど清らかな月明かりが、部屋の中に差し込んでいた。
窓からは大きな月が見える。今夜は満月だ。

(今、夢を見ていた?)

はっきりと覚えていないが、朧気なイメージが頭の中に残っている。
何の夢だったかはわからない。
ただ夢を見たという感覚だけが、残像のように留まっていた。

(アクマでも夢を見るのかしらね)

或いは、それは記憶なのかもしれなかった。

エリアーデの皮となった女が、生きていた頃の記憶。
そして、アクマのエネルギー源として今も拘束されている、呼び戻された魂の記憶。
彼女らの生きた証が、エリアーデというアクマの自我に夢を見せたのかもしれない。

眩しさに身じろぎして隣の男に目を遣ると、クロウリーは無防備な顔で眠っていた。
大事そうにエリアーデの華奢な肢体を抱きしめて、離そうとしない。
まるで、お気に入りのぬいぐるみを抱いていないと眠れない子どものようだ。

長い腕に絡みつかれたまま、自由になる左腕だけで、ベッドの上を探る。
シャツらしきものが手に触れたので引っ張ってみると、クロウリーの服だった。
エリアーデにはかなり大きいが、これを着ることにする。
少し借りるだけだから、構わない。

起こさないように気をつけて、そっとクロウリーの腕から抜け出す。
シャツを羽織ると、案の定大き過ぎた。袖は指先まで隠れるし、裾は膝まで覆ってしまう。
かといって、シーツの隙間から自分の服を探し出すのも面倒だった。
気にしないことにして、シャツ1枚のままカーテンを閉めようとベッドを降りる。
窓辺に近づくと、月がいっそう明るくエリアーデを照らし出した。

「エリアーデ…」

突然名前を呼ばれ、少なからずエリアーデは驚いた。
いつのまにかクロウリーが目を覚ましたらしい。
振り向くと、彼はベッドの上に半身を起こしてこちらを見ていた。

「はい、アレイスター様」

返事をして、すぐにベッドへ戻る。
彼の傍らに寄り添うと、何があったのかクロウリーは涙ぐんでいた。

「どうなさったのですか?」
「…嫌な夢を見たである。」

返ってきた答えに拍子抜けした。
いい歳をして夢で泣くなと言ってやりたいのをぐっと堪える。

「エリアーデは、何をしていたであるか?」
「月を見ていました。ほら、あんなに綺麗。」

エリアーデは窓の外を指差して答えた。
月は相変わらずきらきらと柔らかい光を投げかけてくる。
しかし、クロウリーはどことなく上の空だった。
嫌な夢とやらが、よほど尾を引いているらしい。

「どんな夢だったのですか、アレイスター様。」

話の続きを促してみると、落ち着かなく目をそらす。
話したくないというより、どう話していいのか迷っているように見えた。

「いや…内容はよく覚えていない…忘れてしまったである。」

口を開いたかと思えば、そんな曖昧なことを言う。
明らかに嘘だとわかった。

「………」

たかが夢の話に、嘘なんかついてどうするのだろう。
訝しげな表情で見つめてみるが、沈黙が長引くだけだ。
静寂が重くその場を支配した。

(あたしにベタ惚れのくせに、嘘なんて吐きとおせると思ってるの?)

しかしどこか怯えたようにも見えるクロウリーの様子を見ていると、問い詰める気も起こらない。
仕方ないと思い直し、慰めてやることにした。
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