キオクノカケラ
□T アンナチュラル
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『――え?』
言われた事がどうしても信じられなくて、思わず聞き返してしてしまった。
『……何ですと?』
非常に失礼な一言を添えて。
『……。だーかーらー、えっと……その……あー』
彼が口を開いて、閉じて。また開いて、迷って。
『あーもう!』
ぐっ、と引き寄せられて、わたしは驚く。
その、額に。
『――俺、マコトの事、好きだよ』
彼がそっと、唇で触れた。
次の瞬間、わたしは――
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「……コト、マコト! おい!」
ハヤトがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
ぼんやりと目を開けると、至近距離にハヤトの顔。
「やっと起きたか! 逃げろマ」
「……っ、きゃあああああっ!」
「うわっ!?」
夢の内容がフラッシュバックしたわたしは迷いもなくストレートパンチを繰り出し、ハヤトをぶん殴った。
パンチはハヤトの額に、見事に命中する。
「……おお、我ながら見事な……」
「……おい」
思わず自画自賛してしまったわたしを、ハヤトが睨む。――やっぱり、至近距離で。
「……ご、ごめんハヤト。でもハヤトが悪いんだからね! 顔近いっ! ていうかどうしてこんなに近づいてるの!?」
わたしはずざざざざっ、と後退しようとして何かに背中をぶつける。……逃げ場、無し。
まさか、今襲われかけてる!? こんな物語みたいな展開ってありなの!? それよりも、何でこんな展開になっているの!?
「……っ、いい加減にしろ馬鹿ユウ!」
混乱していると、ハヤトの叫び声と共に、ドカッ、と鈍い音がした。
……ドカッ?
「ぐえ」
なにやら悲鳴らしきものまで聞こえる。
何となく状況が分かった気がして、わたしはハヤトの背後を覗き込んだ。
……予想通り。
ハヤトの背後、そこには。
「……あ、マコトちゃんおっはよー。大丈夫? ハヤトに何もされてない?」
床にしりもちをついた状態で、男の人が笑っていた。
どうやらこの人が、わたしを使ってハヤトをからかっていたらしい。
……そういう関係じゃないぞ、わたし達は。
だから、ハヤトが焦っていたのか。
納得してから、男の人に声をかけようとして言葉に詰まる。
――えっと、誰だっけ?
じーっ、と男の人を観察する。
年齢は20代半ば。身長は、すごく高い。
何となく、女好きのしそうな顔だ。
「何もしていないから! ユウに押されてマコトに接近した以外は何もしていないから!」
慌ててわたしから距離をとったハヤトの必死な声を聞きながら、わたしは考える。
「信じてくれマコト!」
さらに考える。
「俺は無実だ! 罰せられるべきなのはユウだ!」
思い出した。
「……えっと、旅人さん、ですよね?」
「うん」
「人の話聞いていなかったのかよ!」
「わたしの事を知っているみたいですけど、どこかでお会いしましたっけ? 初対面のはずなんですけど……」
次の瞬間、空気が凍り付いた。
「……え?」
男の人が、不思議そうな顔をしてハヤトの方を向く。
「……ユウ。マコトは覚えていない」
首をひねっているわたしとは対照的に、さっきまで騒いでいたのが嘘みたいに、怖いくらい真剣な顔でハヤトが言った。
……どういう事?
相変わらず首をひねっているわたしとは反対に、男の人はとても驚いた様な、困った様な、変な顔をした。――少しだけ、ハヤトに似た表情だ。
「……まあ、仕方がないよね。
俺、数年前にマコトちゃんとハヤトに会った事があるんだ。でもまあ、一回きりだったし、覚えていなくても仕方がないよね、うん。
俺が話しかけたらびっくりしていたのはそのせいかー」
……なんか、「仕方ない」を二回も言われると、罪悪感が芽生えてくる。無理矢理納得しているみたいな男の人に、心の中で「ごめんなさい」と謝る。
それよりも、ここはどこでどういう状況なんだろう?
わたしは周囲を確認する。
わたしが寝ていたのは、どうやら、ソファの上らしい。
ハヤトの家みたいだ。
幼なじみという事もあってハヤトの家には入り浸っているから、間取りまで完璧に把握出来ている。
……まあこの村は、どの家も大体同じ間取りだけどね。
ここは居間で、他に台所と寝室がある。
わたしが倒れた場所からだと、わたしの家よりもハヤトの家の方が近いから、きっと、ここに運び込まれたんだろう。
他の女の子に任せれば良いのに、ハヤトはつくづく世話焼きだ。
きょろきょろと周囲を見回して状況把握に努めていると、ハヤトが口を開いた。
「それよりもマコト、お前急に倒れるなんて体調が悪かったのか? 最近よくぼーっとしてるし、寝不足でうとうとしているし。――何かあったのか?」
ハヤトの声に、わたしは再びはっとした。