キオクノカケラ

□T アンナチュラル
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 ――寒い。

 でも、心の中は温かかった。だって、すぐ横には彼がいたから。

『……あ、――!』

 わたしは空に向かって叫んで、きゃっきゃとはしゃぐ。

 でも不思議だ。空には何も無くて、何にはしゃいでいるのかが分からない。

 空に向けた手のひらが冷たい。

『見たの、初めて?』

 彼の声に振り向いて、満面の笑顔を浮かべた。

『うん! 冷たくって、白くて、とってもきれいっ! おいしそう!』

『……腹壊すぞ』

『分かってるよ! 食べないって!』

『どうだかな』

 それはとても大切な日で。その時のわたしは、とても幸せで。

『――じゃあ、また来ような』

『うん! 約束ね?』

 この幸せは、ずっと続くと、何の根拠もなく思っていた――。

**********

「……っ」

 誰かが泣いている声が聞こえた気がして、わたしは目を覚ました。

 まだ、夜のはずだ。この村は開拓団のようなもので、わたしと同い年かそれ以上の年齢の人で構成されている。

 だから夜泣きするような子供はいないし、そもそもわたしは一人暮らしな上にものすごく寝付きが良いから、周りの人が泣いていても聞こえることはないはず。

 と、言うことは。

「泣いてる……のは……わ、たし……?」

呆然と呟いた声は、なぜか震えている。

 わたしは今、泣いている。

 そう認識すると同時に、視界がぼやけた。

「……っ、う……」

嗚咽までもがこぼれる。

 どうしてなんだろう。

 何も思い当たる事がないのに、すごく胸が痛くて苦しかった。さみしくて、誰かに会いたくてたまらなかった。誰かに――そう、さっきの夢に出てきた『彼』に。

「……会いたい」

唇から、ぽろり、と勝手に言葉が漏れた。

 口に出してから、強く思う。

 ――会いたい。『彼』に、会いたい。

 毛布にくるまって横を向き、膝を抱える。理由も分からずに流れる涙は、止まらない。止まらなくても、仕方がないと思う。

 だってわたしは、『彼』がだれだか知らない。わたしが誰を求めているのかが、自分でも分からない。

「……ねぇ」

 どうして、わたしのそばにいないの?君は、誰?どうしてわたしは、君を覚えていないの?

 不安だよ。怖いよ。寂しいよ。

 会いたい。

 会いたいよ。

 でも、誰に?

 夢を見るたびに、『彼』は私の心の中に現れて、そしてどこかへ行ってしまう。わたしは残されて、ここに一人でいる。

 ねぇ。お願いだから。

「……一人に、しな……で……」

 わたしの言葉は、誰も聞いていなかった。

**********

 村の朝は、早い。夜明けと共に起きて働き出すし、夜は早く眠るのが普通だし、休みもない。

 だけど、今日は特別だった。

 日が高く昇った頃には人々が広場に集まって、お酒を飲み、食事に手をつける。村中をあげてお祝いする、めでたい日ならではの光景だ。

 本日の主役は、2人。

 アリスとケイト君だ。

 そして、わたしは2つの小さな花束を抱えて、その2人を探して村中を走り回っていた。

「アリスー、ケイト君ー!」

 どこだ、どこにいる、どこにもいないよあの2人!

 そう、今日は2人の結婚を祝う日だ。

 寝不足の頭で大切な友人を祝おうと考えて花束を用意したのに、その2人がいない。

 せっかくハヤトに仕事を代わってもらって用意したのに!

 と、その時。

「マコト!」

「えっ?」

「わっ」

 ――ドン。

 不意に何かにぶつかって、わたしは尻餅をついた。

 「おっと……」

 やばい。尻餅ついているけれど、立ちくらみがする。

 日の光がまぶしい。

 立ちくらみが少し治まって状況が見えた瞬間、わたしは絶叫した。

「あ……あああああっ! 花束っ!」

 用意した花束はぐしゃぐしゃで、ものすごく悲惨な事になっている。

 絶叫の後に、絶句してしまった。

 「マコト! 大丈夫か!?」

 どこからともなくハヤトが現れて、わたしを助け起こす。……ちょっと待って。ハヤトはどこから来たんだろう?

 「ハヤト……? どこから出てきたの?」

正直で、素朴な疑問にハヤトが一瞬沈黙した。

 ……もしもーし?

「えっと、……花束の中?」

 いや、それは物理的に無理だから。ていうか、どうして疑問系なの?

 それよりも、とわたしはぶつかった『何か』の方を見た。

 高い身長に、使い込まれた旅行鞄が目に入る。

 少し困った様に笑って、旅人らしい20代中頃の男の人がわたしに手を差し伸べていた。

 「大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」

わたしはハヤトをすっぱり無視して、男の人の手を取る。

 わたしを立たせながら、男の人は楽しそうに言った。

「すみませんでした、マコトちゃん。少し見ない間に、ますます綺麗になったね。ハヤトに何もされてない?」

 ……ん?

「あの、どうしてわたしの名――」

 立ち上がった瞬間、また立ちくらみを起こして頭が揺れた。

「え……?」

 すぐには治ってくれず、ふ、と目の前が暗くなって、一気に意識が遠のいていく。

 「あれ? ……マコトちゃん?」

「マコト?! おいユウ、何した!」

 闇の中に落ちる寸前、そんな声が聞こえた。

**********
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