キオクノカケラ
□T アンナチュラル
2ページ/20ページ
――寒い。
でも、心の中は温かかった。だって、すぐ横には彼がいたから。
『……あ、――!』
わたしは空に向かって叫んで、きゃっきゃとはしゃぐ。
でも不思議だ。空には何も無くて、何にはしゃいでいるのかが分からない。
空に向けた手のひらが冷たい。
『見たの、初めて?』
彼の声に振り向いて、満面の笑顔を浮かべた。
『うん! 冷たくって、白くて、とってもきれいっ! おいしそう!』
『……腹壊すぞ』
『分かってるよ! 食べないって!』
『どうだかな』
それはとても大切な日で。その時のわたしは、とても幸せで。
『――じゃあ、また来ような』
『うん! 約束ね?』
この幸せは、ずっと続くと、何の根拠もなく思っていた――。
**********
「……っ」
誰かが泣いている声が聞こえた気がして、わたしは目を覚ました。
まだ、夜のはずだ。この村は開拓団のようなもので、わたしと同い年かそれ以上の年齢の人で構成されている。
だから夜泣きするような子供はいないし、そもそもわたしは一人暮らしな上にものすごく寝付きが良いから、周りの人が泣いていても聞こえることはないはず。
と、言うことは。
「泣いてる……のは……わ、たし……?」
呆然と呟いた声は、なぜか震えている。
わたしは今、泣いている。
そう認識すると同時に、視界がぼやけた。
「……っ、う……」
嗚咽までもがこぼれる。
どうしてなんだろう。
何も思い当たる事がないのに、すごく胸が痛くて苦しかった。さみしくて、誰かに会いたくてたまらなかった。誰かに――そう、さっきの夢に出てきた『彼』に。
「……会いたい」
唇から、ぽろり、と勝手に言葉が漏れた。
口に出してから、強く思う。
――会いたい。『彼』に、会いたい。
毛布にくるまって横を向き、膝を抱える。理由も分からずに流れる涙は、止まらない。止まらなくても、仕方がないと思う。
だってわたしは、『彼』がだれだか知らない。わたしが誰を求めているのかが、自分でも分からない。
「……ねぇ」
どうして、わたしのそばにいないの?君は、誰?どうしてわたしは、君を覚えていないの?
不安だよ。怖いよ。寂しいよ。
会いたい。
会いたいよ。
でも、誰に?
夢を見るたびに、『彼』は私の心の中に現れて、そしてどこかへ行ってしまう。わたしは残されて、ここに一人でいる。
ねぇ。お願いだから。
「……一人に、しな……で……」
わたしの言葉は、誰も聞いていなかった。
**********
村の朝は、早い。夜明けと共に起きて働き出すし、夜は早く眠るのが普通だし、休みもない。
だけど、今日は特別だった。
日が高く昇った頃には人々が広場に集まって、お酒を飲み、食事に手をつける。村中をあげてお祝いする、めでたい日ならではの光景だ。
本日の主役は、2人。
アリスとケイト君だ。
そして、わたしは2つの小さな花束を抱えて、その2人を探して村中を走り回っていた。
「アリスー、ケイト君ー!」
どこだ、どこにいる、どこにもいないよあの2人!
そう、今日は2人の結婚を祝う日だ。
寝不足の頭で大切な友人を祝おうと考えて花束を用意したのに、その2人がいない。
せっかくハヤトに仕事を代わってもらって用意したのに!
と、その時。
「マコト!」
「えっ?」
「わっ」
――ドン。
不意に何かにぶつかって、わたしは尻餅をついた。
「おっと……」
やばい。尻餅ついているけれど、立ちくらみがする。
日の光がまぶしい。
立ちくらみが少し治まって状況が見えた瞬間、わたしは絶叫した。
「あ……あああああっ! 花束っ!」
用意した花束はぐしゃぐしゃで、ものすごく悲惨な事になっている。
絶叫の後に、絶句してしまった。
「マコト! 大丈夫か!?」
どこからともなくハヤトが現れて、わたしを助け起こす。……ちょっと待って。ハヤトはどこから来たんだろう?
「ハヤト……? どこから出てきたの?」
正直で、素朴な疑問にハヤトが一瞬沈黙した。
……もしもーし?
「えっと、……花束の中?」
いや、それは物理的に無理だから。ていうか、どうして疑問系なの?
それよりも、とわたしはぶつかった『何か』の方を見た。
高い身長に、使い込まれた旅行鞄が目に入る。
少し困った様に笑って、旅人らしい20代中頃の男の人がわたしに手を差し伸べていた。
「大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
わたしはハヤトをすっぱり無視して、男の人の手を取る。
わたしを立たせながら、男の人は楽しそうに言った。
「すみませんでした、マコトちゃん。少し見ない間に、ますます綺麗になったね。ハヤトに何もされてない?」
……ん?
「あの、どうしてわたしの名――」
立ち上がった瞬間、また立ちくらみを起こして頭が揺れた。
「え……?」
すぐには治ってくれず、ふ、と目の前が暗くなって、一気に意識が遠のいていく。
「あれ? ……マコトちゃん?」
「マコト?! おいユウ、何した!」
闇の中に落ちる寸前、そんな声が聞こえた。
**********