キオクノカケラ

□T アンナチュラル
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『――え?』

 言われた事がどうしても信じられなくて、思わず聞き返してしてしまった。

『……何ですと?』

非常に失礼な一言を添えて。

『……。だーかーらー、えっと……その……あー』

 彼が口を開いて、閉じて。また開いて、迷って。

『あーもう!』

 ぐっ、と引き寄せられて、わたしは驚く。

 その、額に。

『――俺、マコトの事、好きだよ』

彼がそっと、唇で触れた。

 次の瞬間、わたしは――

**********

「……コト、マコト! おい!」

 ハヤトがわたしを呼ぶ声が聞こえた。

 ぼんやりと目を開けると、至近距離にハヤトの顔。

「やっと起きたか! 逃げろマ」

「……っ、きゃあああああっ!」

「うわっ!?」

 夢の内容がフラッシュバックしたわたしは迷いもなくストレートパンチを繰り出し、ハヤトをぶん殴った。

 パンチはハヤトの額に、見事に命中する。

「……おお、我ながら見事な……」

「……おい」

 思わず自画自賛してしまったわたしを、ハヤトが睨む。――やっぱり、至近距離で。

「……ご、ごめんハヤト。でもハヤトが悪いんだからね! 顔近いっ! ていうかどうしてこんなに近づいてるの!?」

 わたしはずざざざざっ、と後退しようとして何かに背中をぶつける。……逃げ場、無し。

 まさか、今襲われかけてる!? こんな物語みたいな展開ってありなの!? それよりも、何でこんな展開になっているの!?

「……っ、いい加減にしろ馬鹿ユウ!」

 混乱していると、ハヤトの叫び声と共に、ドカッ、と鈍い音がした。

 ……ドカッ?

「ぐえ」

なにやら悲鳴らしきものまで聞こえる。

 何となく状況が分かった気がして、わたしはハヤトの背後を覗き込んだ。

 ……予想通り。

 ハヤトの背後、そこには。

「……あ、マコトちゃんおっはよー。大丈夫? ハヤトに何もされてない?」

床にしりもちをついた状態で、男の人が笑っていた。

 どうやらこの人が、わたしを使ってハヤトをからかっていたらしい。

 ……そういう関係じゃないぞ、わたし達は。

 だから、ハヤトが焦っていたのか。

 納得してから、男の人に声をかけようとして言葉に詰まる。

 ――えっと、誰だっけ?

 じーっ、と男の人を観察する。

 年齢は20代半ば。身長は、すごく高い。

 何となく、女好きのしそうな顔だ。

「何もしていないから! ユウに押されてマコトに接近した以外は何もしていないから!」

 慌ててわたしから距離をとったハヤトの必死な声を聞きながら、わたしは考える。

「信じてくれマコト!」

さらに考える。

「俺は無実だ! 罰せられるべきなのはユウだ!」

思い出した。

「……えっと、旅人さん、ですよね?」

「うん」

「人の話聞いていなかったのかよ!」

「わたしの事を知っているみたいですけど、どこかでお会いしましたっけ? 初対面のはずなんですけど……」

 次の瞬間、空気が凍り付いた。

「……え?」

 男の人が、不思議そうな顔をしてハヤトの方を向く。

「……ユウ。マコトは覚えていない」

 首をひねっているわたしとは対照的に、さっきまで騒いでいたのが嘘みたいに、怖いくらい真剣な顔でハヤトが言った。

 ……どういう事?

 相変わらず首をひねっているわたしとは反対に、男の人はとても驚いた様な、困った様な、変な顔をした。――少しだけ、ハヤトに似た表情だ。

「……まあ、仕方がないよね。

 俺、数年前にマコトちゃんとハヤトに会った事があるんだ。でもまあ、一回きりだったし、覚えていなくても仕方がないよね、うん。

 俺が話しかけたらびっくりしていたのはそのせいかー」

 ……なんか、「仕方ない」を二回も言われると、罪悪感が芽生えてくる。無理矢理納得しているみたいな男の人に、心の中で「ごめんなさい」と謝る。

 それよりも、ここはどこでどういう状況なんだろう?

 わたしは周囲を確認する。

 わたしが寝ていたのは、どうやら、ソファの上らしい。

 ハヤトの家みたいだ。

 幼なじみという事もあってハヤトの家には入り浸っているから、間取りまで完璧に把握出来ている。

 ……まあこの村は、どの家も大体同じ間取りだけどね。

 ここは居間で、他に台所と寝室がある。

 わたしが倒れた場所からだと、わたしの家よりもハヤトの家の方が近いから、きっと、ここに運び込まれたんだろう。

 他の女の子に任せれば良いのに、ハヤトはつくづく世話焼きだ。

 きょろきょろと周囲を見回して状況把握に努めていると、ハヤトが口を開いた。

「それよりもマコト、お前急に倒れるなんて体調が悪かったのか? 最近よくぼーっとしてるし、寝不足でうとうとしているし。――何かあったのか?」

ハヤトの声に、わたしは再びはっとした。
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