夏組
□人前だろうがなんだろうが
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たまたまの出来事だった。
気分が悪くて保健室で休ませてもらった、少し寝てたら良くなったから教室に帰ろうとした休み時間に、廊下でばったりと犬飼君に会った。
部活以外で会う事が珍しくて、休み時間ということもありお喋り。
「そういやお前、保健室に行ったんだろ?大丈夫なのか?」
「あ、少し寝てたら平気になったよ。今日の部活もちゃんと出れるし!」
「それはいいけど、無理すんなよー?」
「ふふ、ありがとう。」
最初はこんな、なんでもない様な、普通の会話だった。
「あれ?そういやお前ニキビなくなったな。」
「うん、そうなんだよ!目立つニキビだったから治ってよかった!」
「肌の荒れも治まって綺麗になったなー。」
タイミングが悪かったとしか思えない。
そう言いながら私のほっぺに触れて、肌を見ようとしたのか少しだけ顔を近づけた犬飼君。その現場をタイミングがいいのか悪いのか、偶然通り掛かった梓君に見られていたみたいで、
「ちょっと犬飼先輩!僕の先輩に何してるんですか?!離れて下さい!」
どこからやって来たのか、急に私はその声の主に後ろから引っ張られてそのまま抱きしめられる。
「お、木ノ瀬。偶然だなー。」
「あ、梓君!移動教室?」
梓君が教科書や筆記用具を持っていたからそう尋ねたら、どうやら彼はそれが気にくわなかったようで、さっきよりも伝わってくる苛々オーラが強くなった、気がする。眉間に凄く皺をよせている梓君、可愛い顔が台なしだよ。
「なんでごまかすんですか?」
「え?」
「だから、どうして二人とも話を反らそうとするんですか?」
私にはそんなつもりは全くなかったのだけれど、随分ご立腹の様子の梓君は聞き入れてくれそうもない。私が一人で悶々としていたら梓君の顔が近づいてきた。そう、近づい、え?我に返った私は思いっきり梓君の肩を押し返した。
「む。なんで止めるんですか?」
「梓君、よく考えて!犬飼君見てる!」
「別にいいじゃないですか。」
ちゅっ
私の抵抗なんて何の意味もなかったようで、そのまま梓君は私に口づけた。犬飼君が見てる、前で、だ。
「ああああああ梓くっ、」
「わざわざ見せ付けなくてもいいだろー?木ノ瀬。」
「見せ付けじゃありません、忠告です。
この通り、先輩は僕のなんで手出さないで下さい。」
行きましょう、それだけ言うと私の腕を引っ張ってその場から去った。
恥ずかしくて振り返れない!今日の部活とか、どんな顔して会えばいいんだ!
−−−−−−−−−−−
「嫌なんです。」
「うん。」
「僕以外が先輩と話すのとか先輩に触れるのとか全部、全部嫌なんです。」
「うん、気をつけるから…。」
腕を引かれてやって来たのは空き教室。まだ怒りが治まっていない様子の梓君は、教室に着いた途端に私を思いっきり強く抱きしめながら囁く。
「嫌なんです…子供みたいな独占欲ですけど…。」
「うん。」
「他の男と喋るの、必要最低限だけにして下さい。触らせるのは絶対に駄目、です。」
「分かったよ。」
「キスさせて下さい。」
「え、」
「深い方のキス、させて下さい。」
「梓くっ…んっ。」
最初から私の意見なんて聞く気はなかったんだろう。壁と梓君に挟まれて動けなくなる。
「ん、先輩。」
「はっ…、んっ。」
「先輩、可愛い。」
ようやく満足したのか不機嫌そうな雰囲気はなくなり、にっこり笑いながら口を外した梓君。
「梓君…。」
「先輩、約束破ったら人前であろうがなんだろうが今みたいなキスしますよ。」
あっさりと爆弾を投下した梓君がもう愛しくて仕方ない私は一種の病気なんじゃないでしょうか。