幽☆遊☆白書〜2ND STAGE〜

□大会編02
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――魔界統一トーナメントBブロックの三回戦・第一試合



棗(なつめ)
×
鉄山(てつざん)



――選手達の休憩所



躯「つまらんな」



スクリーンに映し出されている倒れた棗の姿を見て、躯は面白くない顔をしている。



「躯、あの女の試合はどうなっている」



躯の背後から話しかける男が一人。



飛影である。



躯「見ての通りだ」



飛影は躯に促されてスクリーンに視線を移すと、倒れている棗の姿が目に入った。



飛影「あの女の負けのようだな」

(俺に賭けを持ち掛けておいて、俺と闘う前に敗れるとはな。拍子抜けしたぜ)



飛影は躯の隣に歩いてくる。



躯は隣にやって来た飛影を横目で見ながら話しかけた。



躯「お前はこの後、試合だろう。さっきまで姿が見えなかったが何処に行っていた?」



飛影「フン、お前には関係のない場所だ」



(ニヤッ)
躯「フッ、“あいつ”は大丈夫だったのか?」



躯は飛影が何処に行ったのか検討はついていた。


飛影「チッ、俺が何処に行っていたのかはお前にはお見通しというわけか…」



躯「お前の事はなんとなくだが分かる」



躯の言葉にやれやれっといった顔の飛影。



飛影「あいつは大丈夫だ」



――Bブロック



鉄山の足元に棗はうつ伏せに倒れていた。



棗(…一体何が私の身体に起きたの……)



自分の身体に一体何が起きたのか?棗は一瞬の出来事で分からなかった。


分かっているのは自分が地面に倒れている事。



棗は自身が放った鷹襲波を鎧化した鉄山のヘルメットの特殊能力によって吸収されて返された。鷹襲波の威力をそのまま自身が受けてしまったのだ。



鉄山「この大会に被ってきたヘルメットがこれでなかったら、今ので俺は倒されていたな」



ズボッ



そう言うと鉄山は埋まった下半身を抜いたのだった。



棗(そうか…。私は放った鷹襲波を逆に鉄山に返されたんだ…)



自分が何故倒れたのか、その理由を漸く理解した。



鉄山「このヘルメットの鎧の特殊能力の有効範囲が上半身のみ」



下半身についた土を払い落とす鉄山。



鉄山のヘルメットの鎧化した部分は妖気の類の打撃、遠隔攻撃を受けるとその威力をそのまま吸収させる事が出来る。



恐ろしい事に吸収した威力を身に付けた者の両腕に宿す力を秘めていた。


棗の放った鷹襲波を鎧化した部分に受けてその威力を完全に吸収。両腕に宿した鷹襲波をそのまま棗に触れる事で返したのだった。



結界を鉄山が自ら解いたのは棗が鷹襲波をもう一度放ってくると見通した上で、重力に影響を受けない完全版の鷹襲波を棗に使わせて、それを鎧に受けて吸収することにより、それを棗に返す事が目的であった。



鉄山「棗、お前に鎧化していない足などに触れられて、妖気を流されるとやばかったぞ。まぁ、それを避ける為にわざわざ地中に下半身を潜らせたのだけどな」



勝利を確信した余裕のせいが、棗に次々と種明かしをする鉄山。



棗(…悔しい……)



唇を強く噛み締めた。



口の中に血の味が広がる。



最初は久しぶりの喧嘩に勝敗を気にせずに挑んだこの鉄山戦。



敗北が現実となろうとしている今、棗には未だかってない悔しさで胸を締め付けられる。



鉄山に倒された悔しさではない。



この後に控えている飛影。そして、最終目的である躯と闘えない自分自身の不甲斐なさが悔しいのだ。



棗(負ける…わけにはいか…ない…)



棗の強い想いとは裏腹に身体が動かない。なんとか立ち上がろうとするが、もはや立ち上がれるだけの力が彼女にはもう残されていなかった。



棗(…雪菜ちゃん…ごめん…)



そしてついに棗の意識は失われたのだった。



――選手達の休憩所



酎「棗さんがやられちまった……」



九浄「この喧嘩は鉄山の勝ちだ。棗の新しい技にも驚かされたが、今回は鉄山の方が一枚上手だったな…。あの技を自らがくらってしまえば立てないだろう」

(残念だ棗)



スクリーンに映る倒れた棗を見て、暗い表情になる二人。



二人の後方からスクリーンに映し出されている棗を見つめる男がいた。酎と九浄とは対称的にその男は笑みを浮かべている。



(フッ、彼女から感じる妖気は俺好みだ。心地よい闇を心の奥底に持っている。彼女の妖気からはそれが面白いぐらいに伝わってくる)



男は目を瞑ると精神を集中し始めた。



(興味がある。彼女の記憶を少し呼び起こしてみるとするか)



男の身体から目に見えない微細な粒子が放出された。



粒子はBブロックの闘場に向かって飛んでいった。



粒子は棗の身体に吸い込まれるように入っていく。



棗という妖怪の心の奥に眠る闇に触れる為に……。



――私の身体に何かが入ってきている。



温かい。不思議な感覚だ。



何かが見えてきた。



あれは人の姿。まだうっすらとした感じではっきりとは見えない。



誰なのだろうか?



………。



………。



どうやらあれは私のようだ。



私がいるのは深い深い森の中。



とてもとても暗い森。



魔界の14番地区の外れにあるこの森には、近くに住んでいる妖怪ですら近付く者はいない。



その森の中に私はいる。


いや、いたと言うのが正確な表現だろう。



思い出した。これは私の遠い遠い過去の記憶。



過去の私の記憶が私の頭の中に鮮明に甦ってくる。



幼い女の子が泣いている。



その女の子は私だ。



そう、この記憶の中の私は幼い少女。



私の隣には同い年の男の子がいる。



男の子は泣くのを必死にこらえて、自分の手を強く強く握り締めていた。


男の子の名は九浄。私の双子の兄だ。



私達の目の前には血だらけになった男女の姿が見える。



血だらけの男女は私と九浄の両親。



両親はとある妖怪達とのトラブルに巻き込まれて、命を狙われていた。



妖怪達に襲われた私達親子は命からがらにこの森まで逃げてきた。



だけど両親は私達を助ける為に全身に大きな傷を負って、もはや身体を動かす事が出来なくなっていた。



この森に逃げて来ても彼らの追跡は止む事はない。私達を皆殺しにするまでは……。



母は私と九浄に自分達を置いてここから逃げろと必死に訴えかける。



だが、幼い私は母の身体にしがみついて離れない。



恐怖で泣いていたのだ。


これは夢なの?



夢であって欲しい。



昨日まで普通の生活をしていた幼い私には目の前の光景が嘘であって欲しいと心の底から願っていた。



でもこれは夢なんかじゃあない。



現実に起こった出来事。


私と九浄の両親はこの後、妖怪に殺されて死んだだ。



私はそう記憶している。


私は両親の変わり果てた姿を目に焼き付けて九浄と二人で死にもの狂いに生きてきた。



しかし私には両親が死んだ瞬間の記憶がすっぽりと抜け落ちている。



どのようにして殺されたのかも覚えていない。



何故なら……。



私はこの先の記憶を自分の中から完全に消去していたからだ。



私自身の自我を保つ為に。



その抜け落ちている記憶が映像として流れようとしていた。



止めて!止めて!ここから先を見せないで!!



私は必死に訴えかける。


何故かは分からない。映像として頭の中に流れてくるのを私は恐れている。



何故私はこんなに恐れているのだろう?



………。



………。



徐々に思い出してきた。


答えは簡単だ。



これは封印された記憶。


私が生きてきた長い長い時間の中で一番つらい記憶なのだから……。



そして私の脳にその時の映像が流れ始めた。



消えてくれ!!と心の中で必死に叫ぶ。本能的に私の脳が訴えかけているのだ。



でも本当はこの封印した記憶から目を反らしてはならないのだ。



これは私の贖罪なのだから。



でも私は目を反らそうとする。私の精神が保てなくなるからだ。



そしてその封印された映像が私の脳に異変を起こす。



嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌



嫌ァァァァァ!!!!!!



気が狂いそうになる。何もかも破壊したい衝動に駆られる。



自分を保てない。



私が私でなくなる。



その瞬間、知らない男の声が私の脳に語りかけてきた。



その言葉は私にとっては救いとなる甘い言葉。



“目を覚まして何もかも壊してしまえばいい”。楽になるよ。



プチン



男の言葉に私の中で何かが弾けた。そんな気がした。



――Bブロック



審判が上空から倒れている棗の様子を見ている。


審判「Bブロックの三回戦の第一試合は……」



鉄山の勝利を告げようとした。



その時だった……。



スーー



倒れていた棗が突然立ち上がったのだ。



鉄山「な、何だと!?」


立つ事は不可能と思っていた棗が立ったのだ。予想外の出来事に動揺する鉄山。



――メイン会場



雪菜「棗さん!?」



立ち上がった棗に驚く雪菜。



小兎「これは驚きです!!!棗選手が立ち上がりました。不屈の闘士です!!!勝敗がついたかに思えたBブロックの第一試合。棗選手が立ち上がった事でまた試合は分からなくなりました!!!!」



棗の予想外の復活劇に小兎の実況にも熱がこもる。



雪菜「おかしいわ……!?いつもの棗さんではない…」



棗からただならぬ何かを雪菜は感じ取っていた。


雪菜は直ぐに精神を集中し始めた。



それは桑原が武威と闘った時に送った念心を棗に送る為であった。



――選手達の休憩場



飛影「おい躯、気付いているか?」



躯「ああ。棗の妖気の気質が別人の様に変わったぞ」



躯はスクリーンに映る棗の顔を凝視する。



躯(以前の俺に似ている。痴皇に対して殺意の衝動に駆られた時の俺みたいだ)



才蔵「棗が立ち上がったぞ!?」



痩傑「信じられん……」


喧嘩仲間である二人も棗が立ち上がった事に驚いていた。



同じ驚きでもこの男だけは違った驚きをしていた。



九浄「まさか…!?」



棗の双子の兄の九浄である。



彼だけは変化した棗の姿を遠い遠い昔に見た事があった。



酎「おい!棗さんが何か変だぞ九浄!?」



九浄「あの時と同じだ…。何故、今になって…」


九浄の顔は青ざめていた。



――Bブロック



棗の目は虚ろであった。だが、その目はしっかりと目の前にいる鉄山に向けられていた。



雪菜《棗さん!!棗さん!!》



雪菜は必死に棗に念心で呼び掛ける。



棗(……… )



だが、雪菜の念心には応じずに棗は黙ったままだ。



雪菜《棗さん!!私です。雪菜です!!返事して下さい!!!》



何度も何度も雪菜の必死の呼び掛けは続く。



だが……。



棗(………)



棗がその念心に答える事はなかった。



(キッ)
棗(破壊してやる)


――メイン会場



雪菜「駄目だわ……。棗さんに私の声は届かない……」



雪菜は念心を中断してスクリーンを見つめた。



そこにはいつもとはまるで別人の様な顔をしている棗の姿が映し出されていた。



雪菜「棗さんの身に一体何があったの……」



――Bブロック



鉄山「おい棗!どうした?」



いつもとまるで違う様子の棗に気付いた鉄山。



スッ



棗は構える。



そして……。



ドォォォォォ!!!!!


一気に妖気を解放した。


鉄山(!!!?)



その妖気は今まで放っていた棗の妖気ではなかった。



鉄山「し、信じられん!?」



棗の妖気は鉄山の妖気を大きく上回っていた。



まるで負の感情を爆発させて武威の様な…、そんな妖気の気質だった。



棗(……倒す)



ズキューーン!!!!!


棗は目の前の鉄山に向かって駆け出した。



鉄山(!!)



――選手達の休憩場



スクリーンには鉄山に攻撃を開始した棗が映し出されていた。



「これほどの闇が彼女の中にあるとは驚きだ。だが、まだこれは序の口だ。これはほんのきっかけでしかない。フッ、意外な者ほど心に闇を抱えているものだ」



その時、アナウンスが休憩場に流れてきた。



次に出場する選手を呼び出すアナウンスだ。



「呼び出しまで時間が思っていたよりかかったな。試合だ。さぁ、行こーか」



男はそういうと闘場に向かって歩き出した。



――救護室



ここは救護室の中にある個室。



ベッドに女性が眠っていた。



その眠る女性を心配そうに見守る者が男女の姿が三つ。



酎と九浄と雪菜である。


そしてベッドに寝ている女性は棗であった。



パチッ



棗は目を覚ました。



「ここは……」



虚ろな瞳で部屋の中を見渡す。



棗(はっ!?)



ガバッ!!



棗は我に返ると直ぐに起き上がった。



酎「目を覚ましたかい棗さん」



棗に語りかける酎。



棗「ち、酎…」



酎に視線を向ける。そこには恋人の優しい顔があった。



そして棗は酎の隣にいる九浄と雪菜に視線を向けた。



棗「九浄、雪菜ちゃん……」



(ニコッ)
雪菜「棗さん、目を覚まして良かったです」



目を覚ました棗に安心した様な笑顔を見せる雪菜。



九浄「身体は大丈夫か棗」


妹の身体を気付かう九浄。



棗「大丈夫よ九浄。私の試合は…?」



九浄「ああ、お前の試合は…」



九浄が言いかけたが、棗は右手でそれを遮った。


棗「ゴメン。言わなくていい。思い出してきた。私は鉄山に負けたのね。鷹襲波を返されて……」


表情が曇りブルブルと肩が震える。負けた事が悔しいのだ。



酎「棗さん」



棗の肩に手を置いてゆっくりと語り始めた。



酎「覚えていないのかい棗さん…。試合はあんたが勝ったんだぜ」



棗「えっ!!?」



酎の口から語られたまさかの言葉に棗は衝撃を受けて驚いたのだった。



続く
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