幽☆遊☆白書〜2ND STAGE〜

□大会編05
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「へへへ、ようやく見つけたぜ。手間かけさせやがって」



私と九浄は恐怖で泣いていた。組み手とかを普段やっていたとても、所詮は幼い子供。



ただただ恐怖で固まるしかなかった。



「殺せ!!」



私たち親子に襲いかかる妖怪たち。



私は恐怖で目を閉じてうずくまった。



その時だった。



ドガッと何回かに分かれてにぶい音がした。



「ぐわっ!?」



あれっ?何も妖怪たちに
されなかった。私は恐る恐る目を開けてみた。



するとさっきまで恐怖で歪んでいた私の顔が笑顔に変わる。



「お父さん!!!」



私と九浄が同時に父を呼ぶ。



父が背後から妖怪たちに不意打ちをくらわしたのだ。



「てめえ……」



父を睨み付ける妖怪たち。



「お前たちこっちだ!」



「はいっ!」



父は私の手をとり、母は九浄の手を取ると家から飛び出した。



妖怪たちは叫ぶ。



「待ちやがれーーー!」



父に受けたダメージのせいか、妖怪たちは直ぐには立ち上がれなかった。



私たちは森の中に逃げ込んだ。



あの地元の妖怪ですら
殆ど近寄らないという、
あの森の中へ。



私と九浄はこの森の中に入る事は正直かなり怖かった。



魔界の空すら見えない深い深い森なのだから、子供心に恐怖を感じていたのだ。



しかし今はそんな事を言っている場合ではない。



私たち兄妹は必死に森の中を走った。



背後からは妖怪たちの気配がしていた。



妖怪たちも私たち親子を追いかけて森の中へ入ってきたのだ。



私たちは一体どのぐらい
森の中を走ったのだろう。


分かっていたのは私たちは森の相当奥深くまで入ってしまっているという事だ。



「お父さん、どこまで行くの?」



私の手を引く父に不安な声で問い掛ける。



ここで足を止める父。



「すまないな棗、九浄。私たちはあいつらが諦めるまで逃げないといけない。そして無事に逃げられたとしても奴らに居場所を突き止められてしまった以上、
ここにはもう住めない。
別の場所に私たちは行かないといけないんだ」



「ここにはもう住めなくなっちゃうんだ……」



生まれてからずっと住んできたこの場所から離れないといけないと思うと私は悲しくなり、目から涙が溢れでてきた。



父は指で私の涙を拭うと私の顔を見てすまなそうな顔をした。



「本当にすまない。父さんがあの妖怪たちとあんな
事さえなければお前たちをこんな目に合わせずにすんだものを…」



「お父さん…」



私は父の胸に顔を埋めて抱き付いた。



父は私の身体をギュッと抱き締めた。



温かい父の温もりが伝わってくる。



この温もりは私には本当に心地よい。



私は父に抱き締められて、父の温もりを感じた事で、ここを離れる事になっても大好きな父と母がいてくれるならきっと他の場所でも大丈夫だと感じた。



暫く抱き締められて、
私は安心したのか、
落ち付きを取り戻した。
そして父から離れて笑顔で言った。



「行こう、お父さん」



父も私の笑顔を見て安心したのか私に優しい笑みを返した。



その時だった。



突然、森の中から鋭利なナイフが凄まじいスピードで私に向かって飛んできた。


あ…!!?」



かわせない。ナイフは私の胸に突き刺ささろうとしていた。



そしてドスっと鈍い音がした。



「ぐっ!?」



父が呻き声を上げた。



父は咄嗟にナイフから私を庇ったのだ。



「お、お父さん!!!」



私は大声で叫ぶ。




父の背中にはナイフが深く突き刺さっていた。



私の目から涙が次々と溢れでてくる。



そしてガサガサガサと深い茂みの中から音が聞こえてきた。



そしてあいつらはやってきた。



あの妖怪たちだ。



母は悲鳴を上げて叫ぶ。



「ウォォォォォ!!」



父は私たちを守る為に重傷を負ったのにもかかわらずに必死に妖怪たちと戦った。そして母も妖怪たちから私たちを守ろうと必死に私たち兄妹を妖怪の攻撃から庇った。



そして父はなんとか妖怪たちを撃退した。



妖怪の最後の一人は死ぬ間際に恐ろしい言葉を言った。



「……仲間を呼んだ。そしてもうこの森に入ってる。ここに直ぐにやってくるぞ…お前たちはみんな死ぬんだ…」



父はその言葉を聞いて顔色が変わる。



そして私と九浄に向かって叫ぶ。



「お前たち…直ぐに逃げるんだ…!」



父はそう言うと力尽きるように地面に倒れた。



そして母も倒れている。



「お父さん!お母さん!」



私と九浄は倒れている両親のもとにかけよった。



私と九浄は両親の必死の働きのおかげで無傷だった。



だが両親は妖怪たちの攻撃を受けて瀕死の重傷を負ったのだ。



「まだ追っ手が来る。私たちはもうだめだ…。は、早くここから逃げろ!!」



「お願い…逃げて…」



両親は動けない自分たちを置いてここから逃げろと私たちを諭しはじめた。



父と母を置いて行くなんてそんな事を出来るわけがない。



「嫌だーー!!」



私は泣きじゃくって倒れている父にすがりくつ。



両親がこんな状態だから男の自分がしっかりしないといけないと感じた九浄は涙をこらえてぐっと倒れている両親を見ている。



父はそんな九浄の顔を見る。



「九浄、棗を頼むぞ…」



「父さん…分かったよ…」


拳をギュッと握り締めて、か細い声で、父に答える九浄。



ガサガサガサ



「クソッ!も、もう来たか…」



父の顔が険しくなった。




大勢の妖怪たちが私たち親子を取り囲もうとしていた。



父が叫ぶ。



「行け!九浄!!」



九浄は素早く父にすがりついている私を父から離すと私の手を掴んだ。



「棗、逃げるぞ!!」



九浄は私の手を引っ張り、走り始めた。



「嫌っーー!!!」



私はそれに抵抗して九浄の手を振り払う。



「棗!!」



こんな状態の両親を置いて逃げるなんて出来ない。



再び両親にすがりくつ私。



「棗、お願いだから…逃げて…」



「お前たちには…こんなところで死んでもらいたくないんだ…。逃げろ棗」



父と母は涙を流して私を諭す。



「お父さん…お母さん…」


両親の涙に私は唇をギュッと噛み締めると無言で頷いた。



そして九浄が再び私の手を取る。



「行くよ、棗」



そう言うと九浄は私を連れて行こうとした。



でも既に遅かった。私が駄々をこねている間に妖怪たちに完全に取り囲まれてしまったのだ。



「逃がすかよ!」



私たち兄妹の前に立ちふさがる妖怪たち。



そして妖怪は私たち兄妹に襲いかかってきた。



「危ない!」



妖怪の攻撃から私を庇って吹っ飛ぶ九浄。



「九浄ーーー!」



兄の名前を必死に叫ぶ私。


九浄は地面に倒れて殴られた痛みでうずくまっている。



「よ、よくも……」



私はさっきまでは襲ってきた妖怪たちに対して恐怖を抱いていた。



しかし大好きな父と母、そして九浄をこんな目に合わせた妖怪たちを許せない気持ちの方が恐怖心より遥かに強くなっていた。



そしてそんな私の心に何者かが語りかけてきた。



《憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎めまわりのもの全てを憎むんだ。そして殺せ。お前なら出来る》



その声は誰の声なのかは分からない。静かで誰よりも悲しい男の声。



そして恐ろしい。



私の心は一瞬でこの声によって支配された。



そう、この瞬間にもう一人の私が生まれたのだ。



そして私は意識はありながらも身体を別の者。そう、もう一人の私によって支配されたのだった。



そんな状況を全く知らない妖怪がもう一人の私に向かって殴りかかってきた。



「棗ーー!!」



父が叫ぶ。



だがもう一人の私は妖怪の拳を片手で軽々と受け止めたのだった。



予想外の出来事に驚く妖怪。



そしてもう一人の私は信じられほどのスピードでパンチを妖怪に繰り出す。



「ギャァァァァ!!!!!!」



もう一人の私の拳は妖怪の腹部を簡単に貫いた。



そして妖怪はその場に倒れた。即死だった。



もう一人の私は手についた妖怪の血をペロリと舐める。



起き上がった九浄は驚いた顔でもう一人の私を見つめる。



「な、棗……」



瀕死の両親も驚いている。


憎い。もっと血が欲しい。


もう一人の私の心の中を支配しているのは憎しみだけ。



予想外の反撃に驚いた妖怪たちはもう一人の私を殺そうと一斉に襲いかかってきた。



もう一人の私は妖怪たちの攻撃を難なくかわしながら一人、また一人と妖怪たちを血祭りにあげていく。



まさに殺戮のパーティーだ。



一部の妖怪はもう一人の私の強さに恐れをなして逃げようとしたが、もう一人の私は彼等を逃がさなかった。



そして全ての妖怪はもう一人の私によって皆殺しにされたのだった。



満足出来ない。
殺したりない。
憎い何もかもが憎い。



もう一人の私はなんと瀕死の両親に向かって殺気を放った。



「な、棗!お前まさか…。やめろーーー!」



ただならぬもう一人の私の雰囲気を察知した九浄が必死に叫ぶ。



九浄の声はもう一人の私には届かない。



父の前まで来るともう一人の私は手を上に振りかざした。



「な、棗……」



父が私の名を呼ぶ。



意識を持っていたとしても、身体の自由を奪われてどうしようもない私は今までのもう一人の私がしてきた事を黙って見ていた。家族を守る為だから仕方ない事だと割り切って。



だが、これだけはなんとしても止めないといけない。もう一人の私に向かって心の中で必死に叫ぶ。



《やめてーーー!お父さんを殺さないでーーー!!》


だが、私の声はもう一人の私には届かない。



もう一人の私は父の首もとを狙って手を振りおろした。



すると父の首が胴体から離れた。



血飛沫がもう一人の私の全身にかかる。



《嫌ーーーー!!》



心の中で私は泣き叫ぶ。



父の衝撃の最期を見た母が狂ったように泣き叫ぶ。



叫ぶ母の声を聞いたもう一人の私はイラつきながら母に近付く。



「うるさい…」



父と同じように母の首を切断するもう一人の私。



父と同じように母からの血飛沫がもう一人の私の全身に降り注がれる。



「後、一人いる…」



もう一人の私はそう呟くと次は兄の九浄に近付こうと動きはじめた。



九浄はもう一人の私の凶行にショックを受けて呆然としていた。


そしてもう一人の私は九浄に近付き、父と母と同じ事を九浄にやろうとしたその時だった。



「あっ……」



もう一人の私の身体に突然異変が起きた。



急に意識が朦朧としてきたのだ。



使いなれない力を幼い身体で使った為にその反動が一気に身体にのしかかったのだ。



そして私はこのタイミングを狙って心の中から必死にもう一人の私を封じ込めた。



そして力尽きたもう一人の私は九浄の前に倒れて意識を失ったのだった。



そして私はこの出来事の記憶を完全に封印した。



親殺しという恐ろしい事をしてしまった、私の精神のバランスを保つ為に。



一人残された九浄は両親の変わり果てた姿、そして意識を失って倒れている私を抱き締めて涙を流していつまでも大きな声で泣き叫んだのだった。



私の忌まわしき記憶……
それは大好きな両親を私のこの手で殺したという事。



そう、それは決して許されない罪。



――棗の過去の記憶・終



続く
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