幽☆遊☆白書〜2ND STAGE〜
□プロローグ
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――ここは何もない世界
美しい自然も水も大地も存在しない。
あるのは無限に広がる空間だけ。
そう、ここは人間が住んでいる世界ではない。
普通の人間では決して立ち入る事の出来ない場所。
この場所は一部の“人を超えた存在”が領域(テリトリー)としている世界なのだ。
その者達はこの世界の事を「亜空間」と呼んでいる。
――この何もない亜空間に一人の女性が歩いていた。
少し幼さが残るが、緑色の長い髪と大きな瞳が印象的な綺麗な女性だ。
女性はある場所で足を止めるとゆっくりと地面に腰を下ろす。
そこには一人の男性が横たわっていた。
男性は目を瞑っている。
眠っているのか、それとも死んでいるのか、それは分からない。だが穏やかな顔をしている。
年の頃は二十代半ばから後半ぐらいといったところか。
女性は男性の顔を覗き込んで声をかける。
「いつになったら目覚めるのかしら?眠れる亜空間の王子様」
女性はイタズラっ子のような顔で男性に声をかけたのだった。
「まっ、私から見れば貴方は王子様には程遠いけどね!」
だが、男性は女性の声に全く反応を示さない。
「フフッ……」
そんな男性に対して女性は小さい声で笑った。
その笑みを境に女性の表情がだんだん変化してきたのだった。
「貴方は何もしないでも彼を強く惹きつけている。私がどんな想いをしているか貴方には分からないでしようね…」
そう語りかけた女性の表情はさっきまでイタズラっ子の様な顔を見せていた女性と同一人物には見えないほど切ない表情へと変化していた。
そして女性には男性に対してだんだん嫉妬に似た感情が沸き起こっていた。
「私は貴方が時々本当に憎いと思う時があるよ。貴方は動かなくなった今でも彼を強く惹きつけている」
女性はフゥ〜っとため息を吐くとゆっくりと立ち上がって空を見上げる。
空には周りと変わらない空間が広がっていた。
それから一体どのぐらいの時間が過ぎただろう?
無限に広がる亜空間は何も変わらない。
女性は男性の傍に腰を下ろしたまま一時も彼から離れる事をしなかった。
ただ時間だけが静かに過ぎていた。
この二人の光景が永遠に続くのでないかと思えた。
しかしここでこの亜空間に大きな変化が起きようとしていた。
コツコツコツと亜空間の何処からか足音が聴こえてきたのだ。
「帰ってきたようね」
女性にはこの足音が誰か分かっているようだった。
聴こえてくる方向に直ぐに視線を移す女性。
女性の瞳には一人の男の姿が映し出されていた。
女性は男の顔を見るなり、穏やかな表情になっていく。
現れた男は女性と同じく緑の髪の色をした美しい男であった。
「皐月(さつき)」
男は女性の名を呼ぶとゆっくりと近付いて行く。
「お帰り…。待っていたよ」
皐月はゆっくりと近付いてくる男を待ちきれないのか、一気に駆け出して男に飛び付いた。
そして色気のある声色で男の耳元で彼の名を呼ぶと、その肩に手をまわして甘えるように寄り添う。
しかしそんな皐月とは対称的に男は表情を一切変える事はなかった。
「悪いがちょっと離れてくれないか」
男はそう言うと皐月の手を払いのけて彼女から離れる。
そんな男の態度に皐月の表情は曇る。
男は皐月の表情の変化など気にする事なく、地面に腰を下ろすと横たわる男性を抱き起こした。
「長い間離れてすまなかったな」
その言葉は皐月ではなく横たわる男性に向けられたものであった。
男は男性の髪を優しく撫でる。
その様子を皐月は切なそうに見守る。
「俺がここを離れている間に変化はなかったか?」
男性の髪を撫でながら問い掛ける男の目は真剣そのものであった。
皐月は少し唇を噛み締めて男に答える。
「…変化はないよ」
「そうか……」
男は皐月の言葉に一瞬だが落胆した表情を見せた。
皐月は男が抱いている男性を複雑な気持ちで見ながら心の中で強く語りかける。
(早く目覚めなさい。
私にはなくて貴方にあるもの…。貴方が彼を強く惹きつけているものが一体何なのか、私はそれを知りたい)
男は皐月に別の話題を話し始める。
「人間界に行っていた奴らがどうやら戻ってきたようだ」
男の言葉が何を意味しているのか皐月は直ぐに理解した。
「へ〜、思ったより早かったわね。それで彼らは目的は果たして戻ってきたの?」
「いや、“奴”を連れて帰っていないところを見るとどうやら失敗してきたようだ」
失敗という言葉に皐月は少し呆れ顔。
「フフッ、たかが人間の捕獲に失敗するなんて、あの人達は思ったより大した事はないわね」
男は皐月を諫めるような口調で言う。
「皐月、奴らを甘く見ると痛い目を見る事になるぞ」
「ご、ごめんなさい…」
「奴らの力は実際に戦った俺が一番良く知っている」
そう言うと男は自分の顔を触る。男は顔に違和感を感じたからだ。
「傷がまた痛んだの?」
男の顔には右目から頬に向かって、剣か何かで縦に斬られた傷があり、その傷が元で男は右目を失明していた。
「フッ、奴らの事を思い出すとこの傷が疼くな」
男は笑みを浮かべる。
その笑みはどこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。
「奴らとはまさかまた別件で関わる事になるとは思わなかった」
「フフッ、私も貴方から話しを聞いていたから、“彼”が重要な役割を担っているて知った時は驚いたよ」
男は男性をゆっくりと地面に寝かすと立ち上がった。
そして決意に満ちた声で言い放つ。
「今度は俺達が勝つ。俺の計画の邪魔はさせない」
この男の計画が、
後に全ての世界を巻き込む大きな戦いへと繋がっていく事になるのであった。
続く