長編D

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 ある人は、それを非現実的だと呆れるかもしれない。ある人は、それを夢の世界だと笑うかもしれない。
 それでも、俺は昔からどこか夢を見ていた。
世界の平和を守る為に悪と戦ったり、お姫様を助けたり。正義の剣で戦ったり、魔法を使ったり。時間を止めたり、空を飛んだりしてみたかった。
 勿論、夢で終わらせるつもりなんてない。同じような日々をただ繰り返すこんな平凡な毎日に、いつか終止符を打つ時が来る。そんな気がしてた。

 突然予告なしに異世界に飛ばされて、いろんな人と出会って、いろんな国に行って、いろんなものを見て、いろんな冒険をしたかった。
 『いろんな』ばっかりで、ちっとも明確じゃないって思うかもしんないけど、その中には俺が今まで夢見てきた数え切れないくらいの物語が詰まってるんだ。
 夢なんて、妄想なんて言いたい奴が好きなだけ言ってればいい。だって、本当になったらもうそれを夢とは呼べないだろ?

 高校を卒業して社会人になって、早数年。俺は、今でも信じてる。環境が環境なだけに、今となっては滅多に口に出すこともないけど、それでも俺はそんな現実離れした世界を頭ん中では求め続けていた。

 寝ても覚めても夢見てばっかの俺だけど、いくらなんでも夢と現実の区別ぐらいはつく。

 そう、例えばこんな時――





「……どこだ、ここ?」


 どこまでも続く空は、絵の具を零したかのように青い。そこに浮かぶ真っ白な雲は、この青空によく映える。眩しい太陽の日差しを、流れる風を、全身で感じる。
 そう。どこだかさっぱりわかんないここは、紛れも無い現実だ。

 そもそも俺は、なんでこんなとこにいるんだ?
 ここに来る前の記憶は、驚くほどすっぽりと抜けてしまっている。
 確か家にいたような気がしたんだけど、家の近くにこんな森はないし、知らない。記憶がなくなるほど衝動的にこんな森みたいな場所に駆け出すほど、俺は野生的な感性を持った人間じゃないし。まあ、田舎もんだから、都会に住む人間と比べたらちょっとくらい野生的な部分があるかもしんないけど。そもそも俺は典型的なインドア派だし。じゃあ何か、森の方から俺に歩み寄って……
 って、いやいやいや。
 なんだ、この思考回路は。これ、頭が混乱してるとかそういうことなんだろうか。

 ここがどこか、誰か近くにいないか、どうやったら帰れるか……考えることは山ほどあるけど、わかんないもんをいつまでも悩んでてもしょうがない。そういう、うじうじしたの俺にあってないし。

 にしても、携帯もない。財布もない。我が身ひとつで全く知らない場所にいきなり放り出された、か。だけど、不思議と怖くはなかった。
 ん、待てよ?これって……そうか。自分の口元が弧を描いたのがわかった。なんで気付かなかったんだ、俺は。むしろここは、この状況を楽しむべきじゃないか?
 気が付いたらそこは知らない森でした、なんて……それはまるで俺の求めていた――


「な、なんだ!?」


 がさりと、近くの茂みから音がした。音のした方を振り返り身構える。聞き覚えのある異常な数の羽の音と共に、目の前に現れたのは勿論人間じゃない。


「嘘だろ!?」


 蜂だ。しかも大群。蜂にしてはデカ過ぎやしないか!?なんだこれ、揃いも揃って一匹の残らず突然変異か!?ブンブンブン、蜂が飛ぶ……なんてそんな呑気なこと考えてる場合じゃない。第一、本当に蜂なのか、こいつら。一体、俺にどうしろってんだ!?
 どうやらターゲットを俺に絞ったらしい、蜂の群れは近付いてくる。次に起こることなんて、大体予想がつくだろ?いかにも毒がありそうなあの針で、ぶすりと刺されて一発でジエンドだ。

 その巨体に、ぎらりと光る異常に発達した鋭い針。
 誰でもわかる。ここにいたら絶対やばい。今の俺にできることはただ一つ。ここから逃げることだ。

 そうと決まれば走る。振り返ることもなく、ただひらすらに。だけど、その差は圧倒的。相手は、野生の昆虫。対するはただの人間。


「空飛ぶなんて卑怯だっての……!ついて来んな!バカヤロー!!」


 叫んだとこで通じるはずもなければ、止まってくれるはずもない。それはただ虚しく響いただけ。

 道らしい道もない。コンクリートや、整備されたグラウンドとは違う、不安定な足場に足が縺れた。


「っ、てぇ……」


 派手に転んだ。じわり、と膝には血が滲む。
こうしている間にも魔の手は確実に近付いていた。振り返ると、そこには飛び掛かる数十の影。その先で、ぎらりと鈍く光るものは死を予感させた。真っ直ぐに向かって来るそれ。
 動けなかった。その全てがスローモーションのようだった。






(こりゃ、いろんな意味で心臓が爆発寸前だな)


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