短編集

□永遠の平行線
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 最近、あなたは遠くを見ることが多くなった。まるで、ここにはいない誰かを探すように。近くに、こんなにも近くに仲間が、そして自分がいるのに……そう思うと、己の無力さに胸が締め付けられた。


「アッシュ……」


 相変わらず視線は遠くに向けられたままで。まるで透明人間にでもなった気分だ。自分の掌を見つめる。透けてなどいない。確かに私はここにいる。だけど、今の私の存在は、彼にとって空気同然なのだろう。私が彼の想い人なら、彼はその目に私を映してくれただろう。
 こんな事ばかり考えていて、いい加減虚しくなってきた。


「……ねえ、」
「………」


 何度呼んでも、


「ねえってば!」


 叫んでも、


「アッシュ……」


 その翡翠の瞳に私が映ることはない。


「何かあったの?」
「……なんでもねえよ」


 嘘だ。そんなはずない。

 ああ、本当はわかってる。彼が空を仰ぐ理由も。何を考えているのかも。彼の頭の中を、心を支配してしまうほどのその人物が誰なのかも。
 だけど、わからないふりをした。受け止めるのが恐くて、自分を守るための選択だった。


「なら、いいんだ……」





 あれからどのくらいの時間が経っただろうか。一時間か、一分なのか……それすらもわからない。
 ただ、ずっと考えてた。彼と、それから自分のことを。頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。まだ整理のつかない気持ちの中で、闇が私の心を侵食していく。

 私じゃだめなんだ。

 そう思った瞬間、足が止まった。目頭が熱くなって、視界がぼやけてきた。自然と俯く。泣くな、泣いちゃだめだ。泣いたら自分が余計に惨めじゃないか。

 私より数歩先に見えていた緋色が止まったのがわかった。短い溜息の後、振り返ったその人。


「おい……、」


 呼ばないで。今呼ばれたら、押し込めていたものが溢れてしまいそうなの。

 だから、


「……ごめん。大丈夫だから。今……、今行くから」


 アッシュの言葉に被さるように、自分に言い聞かせるように『大丈夫だ』と言った。
 何かを感じとったのか、彼は何も言わなかった。それはきっと彼なりの優しさなのだろう。

 そして、再び歩き出す。少しずつ開くその距離が、私にはとてつもなく長く、遠く感じた。急に恐くなって、それを埋めるように緋色を目指して走り出した。



永遠の平行線
(交わらないとわかっていても、)
(どんな未来が待っていようと、一緒にいる)


初めて書いたアッシュ夢が悲恋だった件。


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